ア・ラ・モード
降り出した雨は止みそうになく、走って帰れるほどの穏やかさでもなかったから駅で雨宿りをしていた。タクシーは使いたくないし。栄純より早く帰れればいいし。
にしても、ちょっと寒い。この駅がもうちょっと栄えてて、中にショッピングモールがあったりしたら暇潰せたのにな。
雨が降るなんて知らなかった。天気予報を見ていなかった日に限ってこうなんだから。
携帯で天気を見てみると、あと一時間くらいで雨は止むらしい。
早まって止んでくれないかな、と壁に背中を預けていると隣にいる同い年位の女の人が誰かに電話をかけた。

「あーごめん、迎えに来て、ロータリーまでは走るよ」

多分、彼氏かな。車で迎えに来てもらうらしい。ちょっとがっかり。雨を止むのを待つ同志かと思ったのに。
しばらく経つと迎えが来たのか、ロータリーに止まる車まで小走りでかけて行ってしまった。
小さくなっていく車を見送る。さようなら、私は止むまでここで待ちます。

そりゃあ、欲を言えば私だって、彼氏が車で迎えに来てくれる、なんて出来事経験してみたかった。けどまあそんなことは中々ないわけで。
普通に普通の恋人同士だったらどういう生活を送っていたんだろうな。
例えば今日とか、もしかしたら帰りの時間が被って一緒に帰れたかもしれないし、もしくはあのカップルみたいに迎えに来てくれたかもしれない。
けど、今更そんなことを考えていたって仕方ない。
むしろ、普通のカップルじゃ経験できないことが私たちにはできるんだ。感謝しなきゃ。前向きにポジティブに。
明日は唐突だけど何かケーキでも買いに行こうかなと思っていたところ、片手で持っていた携帯の画面が光ったのを視界の隅で捉えた。

「えっ」

ロック画面に映った通知に驚いて、思わず小さく声を漏らしてしまった。

さん今日仕事終わるの遅そうですか?】
【もう帰宅しやした!】

続けて入った二つのメッセージ。
時間はまだ、いつもなら試合をしているであろう時間なのに……と、思ったけど。今日の試合会場は野外だ。そこでこんな土砂降りの中試合ができるわけがない。
ああ、栄純の方が先にいるとは。本当に、天気予報はちゃんと見ておくべきだった。

【ごめん、ちょっと遅れそうだから適当に食べててもらっていい?ごめんね】
【今どこにいるんすか?】
【駅】

送信してすぐに、画面に大きく沢村栄純の文字が映し出される。電話だ。
画面にタッチして耳にスマホをあてがう。

さん?』
「うん」
『駅ならそろそろ帰って来ます?雨すごいけど大丈夫ですか?』
「ちょっと弱くなってから帰るよ。今日試合中止だったの?」
『傘ないんすか!?』

私の質問には答えてくれないらしい。
聞かなくても今栄純が家にいるってことはそういうことなんだろうけど。
周りにも聞こえてしまいそうなくらいの声に私は変わらずのトーンで返した。

「ない。天気予報見てなくって…」
『じゃあ俺今から迎え行きます!』
「いいよ、その内止むらしいし。明日早いでしょ?先にご飯食べて、」
『嫌だ!』

言い終わる前に、ブチッと切れた。
明日はあなた、早い時間に集まるよう言われてるんでしょうに。備えて寝ればいいのに。
私がいてもいなくても、何も変わらないじゃん。

私は、変わるけど。

一人でいるより、ずっと栄純と二人でいたい。
休みの日だってオフシーズンのたまにしかないし、どこか遠出だってしてみたい。
最初は付き合えるだけで良かったのに、どうしてこんなに求めてしまうんだろう。
どうしてこんなに求めてしまう私のことを、栄純はわかってくれるんだろう。
本当は来てくれるの、すごく嬉しいのに一度クッションを挟んでしまう。
いい加減素直になれたらいいのに。

さーーん!!!」

遠くから、バシャバシャとかけてくる足音と私を呼ぶ声。人通りは少ないけど、こういうところが相変わらず。この間ショッピングモールに沢村栄純がいた!彼女か?って記事がネットの端の方でニュースになっていたのをご存知ないんですか。

「お待たせしやした!さ、帰りましょう!」
「……ねえ」
「はい?」
「傘、私のは?」

数秒の沈黙。何を言ってるんださん?って顔をしてから、言いたいことがわかったらしくこれまた大きな声を上げた。

「あぁっ!!」

どうやら傘は栄純が持って来た一本しかないらしい。確かに迎えには来てくれたけど、私の分の傘はないんだね。ほんと天然。いいんだけどね。やべえどうしよう、俺が濡れて帰るか…ってブツブツ言ってる。何言ってるのバカ。
栄純が持って来た傘を奪って広げた。

「入って。帰ろ」
「……持ちます!」

さっきよりは弱くなってきた雨。私は栄純に濡れてほしくないんだけど、栄純は私を濡れないように傘を傾けてくれている。
私が求めていることを自然としてくれる栄純に、益々溺れていく。
普通じゃなくたっていい。だからこそ、たまにある普通に特別感が味わえるのは私だけの特権だ。

「栄純」
「?」
「…夕ご飯何食べたい?」
「なんでも!」
「………栄純」
「はい!」
「ありがとう」

傘を持つ栄純の手に自分の手を重ねた。
どうにか、私の気持ちの大きさを伝えられたらいいのに。そうしたら、もっと栄純は喜んでくれるかな。
呟いた私に栄純が足を止めたので、私も止まった。

「っ、」

どうしたのかと、聞こうとした言葉は見上げたすぐそこの栄純によって飲み込まれた。
外でこういうこと、普段はしないのに。
離れた栄純はにか、と笑った。苦手だけど、大好きな笑顔だ。

「どーいたしまして!」

こうしてあなたがいてくれるのなら、車じゃなくたって、なんだっていい。
こんなことですぐに満足しちゃう私も私だ。