ア・ラ・モード
※ファンタジー



ほんの出来心だった。
休みの日、友達とのショッピングから帰って夕ご飯の支度も終えた時、つけていたテレビのバラエティー番組が途中で突然変わって、占い師みたいなのがでてきた。リモコンも触ってないのに、テレビの寿命ってどのくらいなんだろうと思いつつそのまま占いをボーッと見ていた。
するとその占い師が私に尋ねてきた。あなたはどうなりたいか、何になりたいかって。
ショッピングの帰り道、ペットショップに寄っていた私は、ぽそっと呟いたのだ。

『猫になりたい』

と。
すると突然、視界が暗くなった。
柔らかい何かに包まれている感覚から抜け出すと、なんか、周りが大きい。何これ。
状況を把握しきれていないままテレビを見ると、何事もなかったかのようにバラエティー番組へと変わっている。
数分固まっていたと思う。それから高いソファーから飛び降りて歩く。四足歩行で。なぜだかそれが一番歩き易い。まさか、いやそんなまさかと恐る恐る窓際に映る自分を目にすると、

「ただいま帰りやしたぁあーーーーあ、猫!?!」
「!!」

一歩大げさに後ずさる栄純に私も後ずさった。
栄純は私に驚いたのだ。私といっても、栄純は私を私だと思っていない。
栄純の言う通り、どこからどう見ても猫だった。誰がこんなことを予想できたか。

「なぜ猫が我が家へ!?さん猫飼ったんすか!ペットは大きくてうるさいのがもういるからいらないって言ってたくせに!!さーん!?」

さんは私だよ!という声は虚しくもみゃあみゃあと変換される。
私がいると思っている栄純は周りを見渡しながら私に喋っているのだろうけど、人間のさんはいないんですよ、気付いて!

「あれ?さーんいないんすかー?」

おーいって、そんなに探しても返事がないのならいませんよ。いや、いるけど。
私がいないことがやっと理解できたのか、栄純はソファーに座って何かを考え始めた。

「連絡はとくにきてねーし……遅くならない予定で出たけど長引いて携帯もいじれない状況とか!?先輩といると携帯いじれないって言ってたし、な!そうだよな!」

栄純の足元へ行くと私に同意を求めてきた。私の存在、あんまり気にしてないんだね、栄純……。思いっきり首を振ると栄純は顔を顰める。

「ちげーの?なんか知ってそうだなお前………、あれ?さんの服、」
「みゃあっ!!!」
「でっ!」

ソファーに座る栄純が気付いた。さっきまで私が着ていた服に。いや、服だけなら全然良いのだけれど、そこには勿論着ていたもの全部、つまり下着もあるわけで。
脱ぎっぱなしのそれを見られたくなくて、咄嗟に服に伸ばす栄純の手をソファーに飛び乗って引っ掻いてしまった。右手でよかった、なんて、そんな悠長なこと思ってる場合でもない。
手当てすることもこの姿じゃできなくて、栄純の膝に乗って自分がつけた引っかき傷をペロリと舐めた。

「な、なんなんだ?お前は?気まぐれなのか??猫は確か気分屋だと聞いた気が…」

ごめんなさい、ごめんなさい。
猫に対しても栄純は怒ったりしないんだ。
尚のこと申し訳ない。
傷口を舐めていると突然身体が持ち上がった。

「もういいぜ!ありがとな!」

私を高く高く持ち上げて、太陽みたいな笑顔。猫にだって見せるんだ、その顔。
向けられたのは自分なのに、なんだか妬けてしまう。ぷい、と逸らしたら栄純があれ、と声を漏らす。

さんみてぇ」
「……、」
さんもさ、よく目逸らすんだよ。恥ずかしがって。最初はなんで逸らすんだろーって思ってたんだけどな、照れてんだってわかったらそれがすげー可愛くてさ!」
「!!」
「ほんとどこ行っちまったんだろうな、コンビニ?」

膝の上に私を乗せて頭を撫でる。ここにいるよ、ここに。ていうか、心臓ばくばくしてるんだけど。なんなの、そんなこと思ってたの栄純。
そろりと栄純を見上げると、私を撫でる反対の手で携帯をいじっていた。連絡、してくれてるのかな。送信!と、と栄純が呟くと、鞄の中に入れていた携帯が震える音が聞こえた。栄純は聞こえてないみたい。自分の聴覚に驚いていると、ぐぅぅ、と今度は誰でも聞こえるような大きさで音が鳴った。

「くっ、腹減った……」

食べればいいのに。もう出来上がってるから温めるだけ。栄純から飛び降りてキッチンまでトコトコ歩いてみゃあ、と鳴いた。
すると栄純もキッチンまで来て出来上がっている夕ご飯を確認。

「美味そう!けどさんいねーしな…」
「………」
「先に食べるわけには…!」

……いいのに。食べて。そういえば、私のダイエットやお互い外で食べてくる日を抜かせば二人で食べなかったこと、ないかも。
栄純の帰りがどんなに遅くても待ってたし。

「連絡したの、見てないっぽいしな、どこ行ったんださん…………まさか…………」
「……」
「誘拐!?!」
「みゃっ、」
「そうか!!誘拐されたのか!?!おかしいもんな連絡ないのも出来上がったままどっか行ってるのも!!」

突如取り乱した栄純は血相を変えて頭を抱えてる。部屋をウロチョロウロチョロして、どうすればいいのか考えた先に導き出した答えは、まさに栄純らしい、自分で探しに行く、だった。

「とりあえず!スーパーとコンビニ見てくるから!お前は留守番だ!番犬してるんだぞ!」

私、猫なんだけど。っていうツッコミは置いといて。バタン、と乱暴に閉められた扉。
行ってしまった。どこ探してもいるわけないのに。ここにいるから。けど、あんなに必死になってくれているのに、何もすることができないのが悔しい。戻りたい。戻って安心させたい。
いつまで続くのよ、これ!
こうなったらどうにかペンで私がさんだってことを栄純に知ってもらおう。
玄関から部屋へ戻ってくると、さっきぶりの光景が飛び込んできた。
また、胡散臭い占い師がいる。
テレビの前に張り付いてその占い師に懇願した。みゃあとしか声が出ないけど、ふっ、と笑われる。いいことあっただろう、なんて余計なお世話。戻して、戻して、

「戻して!!………、」

突然、また目線が変わった。自分の顔に手を当てて、両手も見る。
テレビはバラエティーに変わってる。
戻った……。
安心するのも束の間、着ていた服に着替えてから鞄の中の携帯を取り出した。めっちゃ電話かかってきてる。
私から栄純に電話をかけると、すぐに栄純は出てきた。

さん!?』
「栄純、」
さんどこにいるんすか!!すぐ行きます!安心してくだせぇ!!』
「いや、家にいるよ……」
『よっしゃ家っすね!わかりやした!すぐに……、家!?』

素っ頓狂な声を出して数秒の沈黙。え、あれ、大丈夫かな、と声をかけようとしたところ通話が途切れた。まさか怒ってる…?連絡が今までなかったのにいざあると思ったら家にいるっていうんだもんね、怒るな、私なら怒るかもしれない…。
連絡、しなかったというかできなかっただけだけど、できなかった理由が猫になっていたからなんて誰が信じますか。
なんて言おう、栄純が怒ったこと、今までで一度しかない。その時は大変だった。普段怒らない人が怒るのって相当許せないことだし、本当に嫌われたかと思ったし別れるかと。
あの時ほど怒ってないことを祈りつつ、外で待っていようと玄関まで来たところ、私が開けようとした扉は先に外から開けられる。
肌寒さを感じたのは一瞬だった。

さん!!!!」
「は、はい」
「よかった!!!無事で!!!!」

ギュウッと抱きしめられたまま耳元で栄純が叫ぶ。
心配してくれていたのは知ってたけど、家にいることで怒ってるのかと。電話切られちゃったし。

「ごめん、連絡してなくて……」
さんが無事なら良いです!!」
「……ありがとう」

こういうことで怒るわけ、ないか。栄純が。
私も栄純に腕を回すと、更にギュッとされる。苦しいんですけど。でも言わない。嬉しいの方が勝ってる。
ずっとこうしていたい。……って、しみじみ思っていたけど、さっきぶりに聞いた音が。お腹の音だ。栄純の。

「ご飯食べよっか」
「食べやす!!」
「ありがと、待っててくれて」
さんと一緒に食べたいですし、……あれ、そういえば」
「?」
「猫」

私を解放して栄純は部屋をキョロキョロと見渡した。
猫って、私のことか。さっきまでいたはずの猫がいないんだもんね。そりゃあ気になるよね。

「猫飼ったんじゃないんすか?」
「飼ってないよ。いたの?」
「いやした!さん似の猫が……」
「私似?」
「そうっすよ!すげー可愛いの!」

だから、その顔やめてってば。
猫の自分に嫉妬しちゃうじゃん。
またそっぽを向けば、ほらそういうところ!って指摘されてしまった。
猫の日