ア・ラ・モード
外の雰囲気はピンクとブラウンで彩られる中、きっと向こうはなんの装飾もないグラウンドで練習をしているのだろう。
栄純にバレンタインチョコを渡したことは高校の時、一度だけ。私が卒業する前に渡したけど、それ以来この時期に会えることはなくなって、漫画のようなエピソードなんて一度たりともない。だって渡せないんじゃどうしようもないし。栄純が戻ってくることだってないし。

「会いに行けばいいじゃん」

は手作り?買うの?と同期に聞かれて、私の答えは『渡さない』の一択だった。渡すにしたってバレンタインなんてとっくに過ぎてるし、キャンプ場まで郵送するとか?いやいや栄純の手元に届くのか?って感じ。だから仕事の帰り際、聞かれた質問にそう答えて、えーなんでと食いつかれた。沖縄に出張してるって言えば、キョトンとしながらサラッと、それが当たり前でしょ?な雰囲気を醸し出しながら一言言われた。

「………いや、仕事あるし、」
「有給有給!サプライズで会いに行っちゃえば?泊まってるところは知ってるんでしょ?」
「知ってるけど……」
「だったら行きなよ。ついでに黒糖と紅芋タルト買ってきて」

なるほど、そっちが目的……?
駅で別れて電車に揺られる中、考えていた。私が突然キャンプ場に現れたら栄純、どう思うだろうか。喜んでくれるかな。喜んでくれそうではあるけど。けど、迷惑にならないだろうか。きっとファンの子だって沢山いる。その中で私を見かけたら変に気を使われてしまいそう。
でも、なぜか思いつくことができなかった選択肢を選びたい気持ちが大きくなってきてしまった。仕事も閑散期。行かない理由は………、考えれば色々出てくるけど……。

行こう。そう決めたら行動に移すのは早かった。2月14日と15日には仕事は絶対に入れないようにして、同期の求めるお土産リストを貰って、プチ旅行な気分で荷造りをして飛行機へ飛び込んだ。
天気もちゃんと見てきたから服装は大丈夫。お昼過ぎに到着したそこは暑いだろうなあって思ってたけど、そこまでじゃなかった。少し涼しいくらい。
目的のキャンプ場まで行く前に一人で観光を楽しんでいたら、いつの間にかに日が暮れていた。練習も終わっている頃かな。栄純達が泊まっているホテルへと向かうと人だかりができていた。あれが俗に言う入り待ちってやつですか。栄純のユニフォームを着ている子達もちらほら見かける。なんだか鼻が高くなってしまう。その子達の手にはサイン色紙が用意されているし、プレゼントも。何をプレゼントするんだろうか。………プレゼント……。

「来た!!」
「沢村くんいる!?」
「いるいる!」

一気にざわつき始める周りに、私は大事なことを今まですっかり忘れていたことに気付いて呆然としていた。大事なもの。私がここへ来た意味。それがなくちゃ、ここへ来た意味が、会いに来た意味がない。

「沢村くん受け取ってくださいー!」
「サイン貰ってもいいですか!」

せっかく来たのに、合わせる顔がないとはこういうことで。なんで、何の為に来たんだ、私は。栄純に会いに行くってだけで舞い上がってしまっていた。
ありがとうございます!って元気のいい声が聞こえる。人と人の隙間から、ちらりと見えるその姿。ああ、すっごく嬉しそう。そういえば、こうして栄純がファンの子と触れ合っているのを間近で見るのは、初めてかもしれない。
栄純と会ってから、明日はどこへ行こうかな、なんて考えていたけどもう、帰ろうか。飛行機の最終便、間に合………

「……!?」
「沢村くん?」

ずっと、遠目だけど栄純の姿を見ていたら、不意に目が合った。一回目が合ってから離されて、すぐ二回目だった。やばい。女の子達が栄純の視線を辿る前に私はその場から早足で逃げた。バレただろうか。そっくりさんじゃ済まないかな。お前特に用事もなく仕事休んで何しに来たんだって、いや、栄純はそんなことは思わないだろうけど私の中で持ってくるべきものを忘れてしまったことがもう失態なんだ。一人で浮かれすぎてた。
キャンプ場から駅までの道を歩く中、鞄の中で携帯が鳴っていた。でない。絶対でないからね私は。いや、でもでた方がいいのかな、しれっと東京にいますよ的な雰囲気で出ればいいのかも。鞄の中から携帯を取り出す。表示されているのはやっぱり栄純で。通話ボタンを押して電話に出ようかどうしようか迷っていた。

さん!」

まだ通話ボタンは押していないのに、ハッキリと私を呼ぶ栄純の声が聞こえて肩を震わせた。
恐る恐る振り向けば、片手に携帯、片手に多分さっき女の子達から貰っていたプレゼントをぶら下げている栄純だった。

「やっぱさんだ!」

どんより曇り空な私とはまるで違い、瞳をキラキラさせて尻尾を振っている、ように見える栄純。

「…………何貰ったの?」
「貰ったって、これですか?」

ポソリと呟く声はしっかり栄純に拾われる。
右手にぶら下げていたその紙袋。あ、義理チョコ云々で話題になっていたブランドだ。携帯はポケットにしまってその紙袋から小さな箱を取り出す。チョコレートだ。
もしかして、毎年栄純はこの時期ファンの子からこうしてチョコレートをもらっていたのかな。手紙付きじゃん。

「チョコレート!食べれないですけど」
「…………」
さん?」
「……ごめん」
「??」

純粋に嬉しそうにしていた栄純は唐突に誤った私に首を傾げた。

「忘れた」
「忘れた?何を?」
「………チョコレート…バレンタイン……」

私がここへ来た理由は、バレンタインチョコレートを渡す為。なのにその一番大事なものを、栄純に会えるってことで浮かれてその事がすっかり頭から抜けていた。
栄純が持つそのチョコレートを見つめていると、箱の蓋をぱた、と乱雑に閉めた。

「い!いや!!俺!別にチョコレート嫌いですし!!」
「……いつも食べてるじゃん、ていうか高校の時渡したよね私」
「あー、あれめっちゃ上手くて、また作ってほしーなーって」
「ごめん」
「いやそうじゃなくて!!!」
「私だけのこのこきちゃった、何の用事もなく……」

バレンタインということを抜きにしても、キャンプって言うなれば高校の時の冬合宿のようなものでしょう。差し入れの一つもない彼女ってどうなの。自分が情けない。

さん」

チョコレートを肩に下げる鞄に仕舞い込んで、栄純は私の手をギュ、と握った。見上げた先の栄純は、勿論瞳はキラキラしているのだけれど、柔らかくて穏やかで、見ていると優しさに包み込まれるような表情だった。

「俺、さっきさんいるのに気付いた時、夢でも見てんじゃねえかって思いました」
「…………」
「だからさんが来てくれたことだけで、すっげー嬉しい!」

へへって笑う栄純に、私は包み込まれている手にほんの少し力を入れた。なんだか、いつもとは立場が違う。栄純は本当に私に会えたことに嬉しいって思ってくれているだろうけど、きっとそれだけじゃない。ファンの子達は、知らないだろうな、こんな一面も持っている栄純を。
でも、そのファンの子が渡して、私が何も渡していないっていうのはやっぱり嫌。

「過ぎてもいい?」
「、?」

もう片方の手で私の頬に手をあてて近付いてくる栄純。あと少し、というところで私は呟いた。とてもいい雰囲気だった、けど私は別のことを考えていた。
え?と顔に書いてある栄純。

「作っておく。チョコレート」
「……!!!」
「だから早く帰って来てよ。……は、無理だと思うけ、」
「帰ってきます!!!」

最後まで言い終わる前に、栄純に包み込まれた。ああ、安心する。この匂い。体温。胸の音。
久しぶりにお菓子作り、頑張ってみよう。

「ちなみに、明日は俺調整日で練習ないんすけどさん予定は?水族館でも行きます!?」
「ある」
「え!!誰かと来てるんすか!お友達!?」

ガバッと両肩を掴まれて離れてしまった。離れると涼しくなるけど、今はその涼しさはいらない。予定があるなんて言われると思っていなかったのか、オドオドしている栄純。

「ううん、水族館デートする」
「デート!?誰と!?!」

目の前にいるその人の名前を言えば、再び思い切り抱き締められた。
私も手を回して、寄りかかる。私の肩に顔を埋める栄純の猫っ毛がくすぐったくて、空を見上げれば、星が綺麗なことに今気付いた。余裕なかったんだな。あ、流れ星。
チョコレート