ア・ラ・モード
「あ!」

のそりのそりと起き上がってきた栄純がリビングに入ってきておはよう、と声をかけてからすぐだった。私を見るや否や擦っていた目をぱちりと開いて楽しそうに笑いながら手を伸ばしてきた。

「わははー、寝ぐせ!」

ぴょん、と耳の後ろあたりから跳ねていた私の髪の毛を栄純がくるん、と弄ぶ。
直したはずだったのに、しぶとく生き残ってたか。栄純だって今日もいつものように寝癖頭なのに。ふい、と顔を背けて寝癖を抑えた。

「うるさいな、もう」
「えー、可愛いじゃないっすか!」
「う、うるさい!」
「ええ!?」

褒めてんのになー、とぶつぶつ言いながら栄純は冷蔵庫から水を出してお揃いのコップに注いでくれる。私も昨日の夕飯の残りを含めた朝ご飯を盛り付け終えて、テーブルに運んでせーのでいただきます。寝癖は気にしないことにした。可愛いって言ってくれたから。

さん!」
「ん?」
「今日も美味いです!」

天気予報を見ながら、今日は洗濯物がよく乾きそうだなあ、なんて考えているとごくりと飲み込んだ音が聞こえた後に栄純は私を呼ぶ。いつもだ。別に感想なんていらない、と言いつつ言ってもらわなかったら多分満足できないんだろうけど、栄純はいつもいつも美味しいって言いながら食べてくれる。

「……いいよ、そんな一々言わなくて」
「自然と出てくるんですよ!」
「昨日と同じなのに?」
「美味いもんは美味いんで!」

昨日の残りを温めただけなのに、大げさな。けど、こうして何でも喜んで食べてくれるから朝も夜も私が作りたいって思っちゃう。
最初の頃は栄養面を考えた寮の食事に比べると…って思ってたけど、私もそれなりに腕が上がってきてる、はず。

「なんですか?」
「なんでもない」

もしかして気を使って美味しいって言ってくれているのかも……?と脳裏を過ぎったけど、栄純に限ってそんなことはないか。納豆が嫌いって知らなくて出した時はすごいしかめっ面されたし。

「今日晴れるって、良かったね」
さん見に来てくれます!?」
「行けません。仕事」
「じゃあ帰ったらテレビで見ててくださいね!俺出るんで!」
「今日は出ないでしょ」
「出ます!!」

わかったわかったと栄純を宥めてチャンネルを回す。野手じゃないんだから貴方は。あ、御幸の盗塁阻止率が3割超えたらしい。すごいな。けどチャンネル回すんじゃなかった。
それを見た栄純は、今日は別に御幸がいる球団との試合でもないのに負けられんと言いながら食器を片して支度を始めた。
家を出る前、玄関で見送る時。すでに栄純は燃えていた。試合始まる前に燃え尽きないかな。

「勝ってきてね。投げないと思うけど…」
「いいえ投げます!絶対投げます!!」
「じゃあ、昨日も投げたから無理せずに」
「わかりやした!」

調子良く頷いちゃって。野球やってる時は目の前のことしか考えてないくせに。まあ、そういうところが好きなんだけども。
元気よく飛び出していった栄純を見送って私も洗濯物をベランダへ干してから仕事に向かった。

残業も特になく定時で上がれ、今日の夕ご飯の材料を買ってから家に帰ってテレビをつける。試合中盤で点差は一点差。負けていた。気になるけれど洗濯物を取り込んで夕ご飯の支度をしながら耳だけ傾けていると、どうやら逆転したらしい。きっとヒーローインタビューは逆転の一打を放った選手だろうな。
結局、やっぱり栄純は出てこなかったけどベンチでチラチラ映る監督にアピールする姿はお馴染みの光景だった。昔から変わらないな。

試合が終わって帰ってきた栄純はやっぱり煮え切らないようで。朝のニュースがなければきっとこんな風にはなってなかったと思う。

「アピールが足りなかったか……!」
「アピール成功したことあるの?」
「ないです!」

ないのね。でもするのね。それでこそ栄純だけど。
今日もハンバーグが美味い、と平らげる姿を見ればもう切り替えて明日のことを考えているらしい。明日は出るかな、栄純。
にしてもちょっと作りすぎてしまった。ご馳走様でした、と先に栄純は食べ終わってお風呂へ向かう。
おかわりいくらでもしていいようにって思って余分に作って、結局いつも朝に回っちゃうんだよなあ。もはや三人くらいが丁度いい量を作ってるかもしれない。
三人……。

「あ、さん…」
「!!」
「?」
「あ、……な、なんでもない馬鹿!」
「馬鹿!?え!?シャンプー無くなりそうなの今買いに行った方がいいですか!?」
「いいよ明日買ってくる!」

私も食べ終わってキッチンで後片付けをしながら考えてしまったこと。絶対気付かれたくない。なんでこういう時に突然現れるのよ、心臓止まるかと思った。
頭にクエスチョンマークを浮かべて上を着ていない栄純をいいからと脱衣所へ押し込めた。
色々すっ飛ばして三人って考えた時に出てきた子のことは忘れよう。今はほら、大きい子どもがいることだし。
栄純がお風呂から出た後に私もお風呂へ入って寝室に入る。今日は栄純、すでに爆睡だ。気持ち良さそうに寝息を立てる隣に起こさないように静かに布団の中に入る。
目覚ましをセットして、オレンジ色の灯りを消して目を瞑る。そういえば、明日は雨の予報だったけど、投げる以前に試合、あるのかな。

さん……」
「?ごめん起こし、」

不意に名前を呼ばれて、もしかして起こしちゃったのかと思って目を向ければ暗闇に慣れた視界からはいつもと変わらぬ寝顔。寝言か。寝言で名前呼ばれるの、嬉しいな。栄純の方に体を向けると、少しだけ空いていた隙間が私に腕を回す栄純によって埋められる。ほんと、大きい子どもだなあ。
綺麗な肌。頬に手をあてて、本当に寝ているのを確認してから顔をゆっくり近づけて唇に触れた。
当分、川の字にはなれないかもしれない。まだこの人の隣は、私が独り占めしていたい。
一日