ア・ラ・モード
今日もきっとお腹を空かせているであろう栄純の為に、帰って来る前に夕ご飯の支度を済ませる。多分そろそろ帰ってくるはずの時間。
スープがいい匂いを漂わせてきたところでインターホンが鳴った。
栄純…?な、わけはないか。液晶に映っているのは宅配の人だった。印鑑を持って扉をあけて荷物を受け取る。栄純の実家からだ。
なんだろう、そんなに箱は大きくないのに重い。
とりあえずソファーにそれは置いておいて、明日は栄純は朝遅いはずだから何か飲むかな、ていうか飲ませたい、とお酒を選んでいたところでただいまとお馴染みの大きい声を出しながらやっと帰ってきた。


「んーーいい匂い!!今日なんですか?」
「オニオングラタンスープ」
「オニオン……?」
「あ、栄純の実家から何か届いてたよ」

何回か作ったことあるんだけどな。覚えてないか。いや、きっと食べたら思い出してくれるはず。
首をかしげる栄純にさっき届いた荷物を指差す。爺ちゃんからだ!と、なんだか嬉しそう。年に数回しか会えないもんね。お正月には私も栄純もお互い実家に帰る。私は正直帰らないで栄純とずっといたいんだけど、地元に帰る時のウキウキした栄純を見ているとそんなことは言い出せない。

「こ!これは……!!」
「何だった?」

酔わせたいなあ、だったら日本酒か、でも残念ながら用意していなかった。焼酎でいいかも。蕎麦焼酎がある。栄純がこの前先輩からもらったーって言って持って帰ってきたやつ。

「蕎麦!」
「え!?」
「蕎麦粉です!!」

箱から取り出して私に見せてきたのは、蕎麦粉。私が手に取ったこの焼酎のことかと思った、びっくりした。
どうやら実家から届いたのは長野で有名な蕎麦粉だったらしい。やけに重かったわけだ。にしても、蕎麦粉なんてどうしたらいいんだろう。蕎麦粉・レシピ、で調べてみよう。

「『ちゃんにお前の腕を見せてやれ!』……爺ちゃん……!」
「……?」
さん!俺、明日蕎麦打ちます!」
「……はぁ?」
「出るの昼過ぎだし、朝打って昼食べましょう!」
「え、待って打つって……蕎麦を?」
「はい!」

お酒をテーブルに用意する私の傍で栄純は瞳を輝かせる。いやいや、ちょっと待ってよ。それって本当に蕎麦を作る為に送られてきたものなの?

「高校の頃も送ってきたんすよね爺ちゃん。最初はどうしようかと」
「どうしたの?」
「打ちましたよもちろん!」
「打ったんだ……ていうか、打てるの?」

野球部の息子に蕎麦粉を送るとは、流石沢村家。血筋だ。
聞けば金丸くんや東条くんまでもが一緒になって打ってくれたらしい。高校の時私が知らないところでそんなことが繰り広げられていたなんて。

「そりゃー地元ではみんなして打ってましたからね!」
「……へえ」
「なんで、今日は早く寝て、明日早く起きやしょう!」
「え、飲まないの……?」
「飲みません!明日は早起きしますよ!」
「ええ……」

明日は私は休みだし、酔わせれば夜構ってくれると思ってたのに。あなた近々遠征じゃないですか。なのに、これはすぐ寝るパターンだ。
まあ、いいけど。すごく嬉しそうだし。
栄純の提案通り早めに布団に入って、休みの日なのにいつも通りの時間にアラームが鳴る。自分から早起きしようと言っていた栄純は隣で爆睡。別に私はこのままでもいいんだけど、起こさないと後々うるさくなりそうだから柔らかいほっぺを摘んで起こした。
なんすか、今日は遅いのに、なんてねぼけたことを。蕎麦、とだけ言えば突然勢い良く飛び起きた。お揃いにしたパジャマのまま、キッチンじゃ狭いから、とテーブルの前に栄純と並ぶ。
まずは、と淡々と準備を進めて行く栄純を私は隣で見ているだけ。
なんか、楽しそうだなあ。

「昔はみんなでやってたの?」
「しょっちゅうやってましたよ!釣りの次くらいに!」

ああ、釣りか。そういえばこう見えて栄純の趣味は釣りなんだった。
栄純が地元の話をするときは本当に楽しそうなんだよね。実家に帰るってなった時は寂しいけど、自然に送り出してしまう。私も行きたい、なんて、言えたらいいけど。栄純が誘ってくれたことなんて一度もないし、私を実家へは連れて行きたくないのかなって、なんとなく。みんなと遊んでいたいのかな、と。

久しぶりに蕎麦を打つのが楽しいのか、昔を思い出しているのか、わからないけど、羨ましいのは確か。私の方が年中一緒にいるのに地元の子に嫉妬しているなんて…。

「私もやってみようかな……」
「蕎麦を?釣りを?」
「……両方」

そんなに楽しそうにされてしまうと、私もやってみたくなってしまう。きっと栄純は何をやらせても勉強以外は自分なりに楽しみながらやってしまうような人だけど。
栄純は蕎麦を打っていた手を止めて、じゃあ、と口を開いた。

「次の正月はさん一緒に長野来てください!」
「……え、」
「えっやっぱさんはさんで正月過ごします……?」
勢いで言ってしまったと言わんばかりの栄純は肩をすくめている。ぼと、と持ち上げていた蕎麦生地を落としたことに気づいているのかな。

「行きたい」
「やっぱ田舎になんてきたくないっすよねーさん都会ええ!?」
「なっ、なに」
「来たいんすか!?ど田舎に!?何もないっすよ!?」

蕎麦粉まみれの手で肩をガシッと掴まれる。ああ、これは洗濯しなきゃだ。と頭の片隅で思いつつ、真ん中はもしかしたら栄純はそんな単純な理由で私を実家に連れて行きたくなかったのかな、という考えが占めていた。

「行くよ、行きたい」
「……さん……!!」
「連れてって」
「自慢の彼女だって紹介します!綺麗で優しくて料理上手くて…」
「それは普通でいい……」

あまり大げさに言って貰っては困る。大した人間じゃないし。栄純がそう言ってくれるのは嬉しいけど。
来年が楽しみだーって、蕎麦を打つ栄純の横顔はずっと見ていたい。なんか、私も嬉しくなる。

「あ、さん」
「?」
「麺棒あります?」
「ないよ」
「……!!!」

事件だー!と声を上げる栄純のおかげで周りの部屋の人に心配されたのは言うまでもない。
田舎