ア・ラ・モード
茹だるような暑さに道端に落ちたアイスの如くソファーでぐったりとしている男がいた。

「大丈夫?」
「だいじょうぶ、炎のサウスポー沢村栄純はこれしきの暑さに……」

冷房の温度、もう少し上げればいいのにと思いながらお風呂上がりに入った部屋でピピ、とエアコンを操作した。
音に気付いた栄純はむくりと起き上がる。

「いいんすか?」
「なにが?」
さん寒くないですか?」

小首をかしげる姿はさながら飼い主を心配する大型犬のよう。
下げすぎた時、私がパーカーを羽織っていたことを気にしているのだろうか。別に、そうして着込めばいいだけだから私は気にしないけど。
身体を意図的に冷やすことなんてできないから暑いのはどうしようもないし。

「大丈夫だよ」
「あ!」
「?」

エアコンのリモコンをテーブルに置いた私に栄純は何か思いついたような声を上げてから私を手招きする。
一体なにを思いついたのだろうか、招かれたそこへ歩み寄ると栄純は私の腰に腕を回してぐい、と引き寄せた。

「ちょ、」
「あったかいですか?」

少し苦しいくらいに栄純は私を逃さないようにと抱きしめ首元に顔を埋める。
そういうことか、と心の中で納得した。今は寒くないし、あっためてもらわなくたって平気なのだけれど。あと、やっぱり少し苦しい。でも嫌ではない。
私を膝の上に乗せたままの栄純に私も背中に腕を回した。逃げないと判断したのか、腕の力が少しだけ緩まる。

「暑い」
「俺平熱高いんで!」
「そういうことじゃなくて」
「俺こうしてるの好きなんで!」
「…………」

心のままに言いたいことを言っているだけなのだろうけど、私が喜ぶことをあえてしているのではないかと勘ぐってしまう。たまに妙に頭が働くときがあるし。
私だってこうしてるの、嫌いじゃない、というかむしろ好き。暑さとは違う温もりで胸がいっぱいになるから。

「水、飲みたい」

しばらくお互い黙ったまま、エアコンと胸の音だけ耳にしていた。
もう満足です、と顔を上げて部屋に入った目的を口にすれば栄純ははっとあからさまに目を見開き私を膝から降ろした。

さんが干からびてしまう!!」
「大袈裟だよ」
「いいえ!この暑さは洒落になりません!」

そう言うのであれば、さっきまで密着していた熱さはなんだったのか。
栄純はソファーから立ち上がり、私のグラスを戸棚から取り出し冷蔵庫を開けコポコポと水を注いだ。

「さあどうぞ!たんまりと!」
「ありがとう……」

そんなになみなみ入れられても飲み干せないのだけれど。キッチンについてきた私に栄純はグラスを差し出した。
ゴクリと喉を潤すと火照っていた身体が冷めていくような気がした。火照っていたのはお風呂上がりなことが半分、目の前の男のせいであることが半分だ。
そんなことも知らないだろうに、栄純は俺の飲もう、とお揃いのグラスに水を注ごうとしたのでこれあげる、と栄純から受け取ったグラスを差し出した。一気に飲み干している。

「生き返った!」
「生きてなかったの?」
「暑くて」

さっき大丈夫と溶けそうになりながらも口走っていたのは誰なんだ。見るからに大丈夫そうではなかったけれど。

「でももう大丈夫なんで!」
「…………」
「大丈夫なんで!」
「あ、そう」
「ああ!さん!」

また、私を腕の中に閉じ込めようとしたかったのか、グラスを置いた栄純は私に両手を広げて笑顔を見せた。
私から求めてしまっているようなことになるのは慎みたい。あと、こうして私が背を向けても、結局栄純は私を捕まえてしまうのだ。

「歩き辛い」
「運び屋沢村にお任せつかーさい!」
「っ、」

運び屋って、あなたはプロ野球選手でしょうがという私のツッコミが言葉になる前にひょいと抱えられお姫様抱っこでソファーまで運ばれた。
どうせなら私はこのままベッドに連れていってほしかったのだけれど。
膝の上に座らせたままの私に栄純はおでこをコツンとぶつけた。

「なにしてるの」
「熱がないかと」
「ないよ」
「でも顔赤い」
「それは……!」

誰のせいだ、と、言わずともわかっているような顔付きだった。
ああ、なぜだか今日は栄純の方が一枚上手な気がする。
口籠る私に栄純は私の前髪を掻き分けて唇で触れる。

「俺もさんといるといつも熱くなります!」
「ほんとに?」
「わかってらっしゃらない……!?愛が足りないのか……」
「足りてる、足りてるから」

本気であたふたとしだした栄純を宥めるように猫っ毛に触れた。いつ触ってもふわふわとしている。でも本人は犬のようだからまたおもしろい。
清々しい笑顔で熱くなります、なんて言われたところで、私の方が絶対にいつもいつもあなたに熱くさせられている。
私がそれを素直に伝えたら、栄純はどんな反応を見せてくれるのだろうか。気になるけど口にはできず、その代わりに私も同じように額へ口付けた。
おでこ