仕事帰りに、今日は遠征から帰ってくる栄純にちょっと美味しいアイスを買っていこうかなと、コンビニに寄ってふと目に付いた雑誌。ていうか、目に付かないわけがないか。
いるんだもん、表紙に。栄純が。
栄純はこういうことに無頓着で、取材を受けてもなんの雑誌に載るんだか自分でわかっていない。だからこの写真も、自分が表紙になるなんてことは知らなかったんだと思う。
かっこいいな、いつの試合だろう。
モデルのように決めている写真ではなく、多分試合終わりのヒーローインタビューの後とかだと思う。背景球場だし。
折角の表紙だし、買っていこうか。いやでも、彼氏が載ってる雑誌買うって、どんだけ好きなの、って感じじゃない?好きだけど。恥ずかしくない?
どうしよう。買うか、買わないか……、
「あっ沢村くんだ!」
なんだか可愛らしい声が聞こえたと思ったら、トコトコ二人組の女の子たちが雑誌コーナーに歩いてくる。手を伸ばそうか伸ばさないか迷っていたところ、なんとなく私は向かいの化粧品を見ているフリを始めた。
「沢村くん?誰?」
「高校の時から地味に応援してるんだよねー甲子園でも投げてたし」
……へえ。高校の時から。私は栄純が中学の時から知ってるけどね。夏に道場破りのように東さんと対峙してた時だけど。
バレないようにその子たちを盗み見ると、その雑誌を手にとってペラペラ捲っている後ろ姿。
「やっぱかっこいい!」
「そう?この人の方がかっこよくない?」
「うわー、一般人はみんな御幸一也って言うんだよそうやって」
これだからにわかは……って、ため息吐いてる。その気持ちはわかるけど。御幸より栄純の方がずっとかっこいい。野球してる時はかっこいいとは思うけど、それ以外じゃ栄純の足元にも及ばないからね。
「にわかでもなく全然知らないけどね私…。一冊しかないじゃん。買ってけば?」
「!」
「?」
ボト、と手に持っていた別に興味のない日焼け止めを落としてしまって慌てて元に戻した。
視線を感じて今度は少し離れて携帯の充電器ゾーンへ。姿は見えないけど声は聞こえる。
一冊しかなかったのか、あれ。
「んーちょっと考える。とりあえず飲み物」
雑誌コーナーから飲み物が置いてある場所へ移動する。私は何事もなかったかのようにその子たちとすれ違って雑誌コーナーに戻った。なかなか可愛い子だった。可愛いのは声だけじゃなかった。
そのことで、私の中の何かが加速してそそくさとレジに並んだ。
コンビニを出て自動ドアが閉まる瞬間、あれ、ない、と微かに聞こえた可愛い声。
……あ、アイス買うの忘れた。
*
「負けたーーー!!さーーん!!!」
扉が開く音が聞こえるなり、ドタドタ廊下を歩くうるさい足音。バンッとリビングの扉を開ける乱暴な音。
「うるさい」
「ただいまっす!」
「おかえり」
この調子じゃ今日も靴が玄関に転がってそう。揃えてって言ってるのに。
栄純は荷物をソファーの横に置いてから洗面所に向かった。手を洗わないと私が怒るから。
戻ってきた栄純はキッチンのカウンター越しに今日もブツブツ私に話し始める。負けた時はいつもこう。私には大したアドバイスはできないけど、言うだけ言えば満足するらしい。
相槌を打ちながらカウンターに夕ご飯のごはんとお味噌汁とおかずを置けば、栄純がそれをテーブルに並べる。
「もっと球に磨きを…………、あれ?」
「?」
用意したご飯がテーブルに出揃って、さあ食べよう、とキッチンから出たところ、栄純がソファーの前の小さい方のテーブルに置いてあるものを見つけて、私は思い出した。やばい、出しっ放しだった…。
「さんが雑誌読むの珍しいっすね」
「………う、うんまあね。ほら、食べよ」
「何の雑誌?」
「ちょ、栄純!」
ああやばい、と思った時には時すでに遅く、栄純は雑誌を手にとって開きっぱなしのページを読み始めた。ファッション雑誌でもグルメ雑誌でもなんでもなく、スポーツ。それも野球オンリーの。
栄純が顔の前で雑誌を持っているから、私の目の前には表紙を飾った栄純の姿が。うわ、うわあ、恥ずかしい。
「………さん」
「……な、なに」
スッ、と私と栄純を隔てていた雑誌を下ろすと、目を細めて眉間にしわを寄せている栄純。しかめっ面してる。
それが予想外だった。喜ぶと思ってたから。それが私にとっては恥ずかしいから隠そうとしてたんだけど。
「なんでこれ買ったんすか」
「え、なんでって、一つしか、ないじゃん……」
「一つ……」
「うん……」
普段雑誌なんて読まない私がわざわざ買ったんだよ。そんなの、興味のある人が載ってたからに決まってるじゃん。なのに、なんで若干怒ってるというか、不貞腐れているというか。
じゃあ私はどうしたらよかったんだ、あの可愛い子に譲ればよかったのか、いくらなんでも独り占めしすぎ?変に対抗心燃やしすぎ?
「そんなに御幸先輩の記事が読みたかったんすか!!」
「………へ、」
「確かに前は打たれたしまだ完璧に抑えらる人じゃねーけど、でも!」
フルフルと震える手で持っている雑誌のページ。あ、そういえば御幸のインタビューのページでちょうど洗濯が終わったから、そのページのままだった。
「いつか御幸先輩よりかっこいいと思われるようになります!!」
「……」
「だから、読むのはそりゃさんの自由だけど、なんつーか……えーと……、」
「栄純」
言葉が中々まとまらないらしい雑誌を持ったままの栄純の手に自分の手を重ねた。
耳と尻尾が見える。もれなくどっちも垂れてるけど。
栄純は私と目を合わせない。下を向いている。
私から言うつもりなんてなかったのに。一つ息を吐いて雑誌を持ち上げた。
「表紙見て」
「表紙?」
「表紙買いしたの」
言われるがまま、栄純は雑誌をパタンと閉じて表紙を見る。
ふると細かった目が丸く戻って行き、数回瞬きをしている。表情も明るくなってきて、あ、耳もたって、尻尾はブンブン揺れている。
「さんが!俺のことを思って……!」
「た、たまにはと思って!」
「~~さんっ!」
栄純が私に抱きつき、ボトリと雑誌が落ちた音が聞こえた。苦しいけど、私は栄純にあんな萎れた顔をしてほしくないから、たまーに、たまになら本音で、素直になるよ。
雑誌