「ほら、早く行きなよ!」
「ちょっ押さないでよ……!」
青道高校野球部の部活は終わる時間が遅い。夕方はギャラリーが沢山いるのだけれど、流石に照明をつけるくらいの時間になると大体みんな帰ってしまうわけで。こんな部活終わりの時間にコソコソしているのなんて私たち位しかいない。
なんでコソコソしているのかって、別にそんなつもりはないのだけれどやっぱり勇気が出ないのです。ただ落し物を渡すだけなんだけど。それでも勇気が出ない。何しろ好きな人だから。全然喋ったことはないんだけど。同じクラスなのに。最近隣の席になったのに。
「はやくしないと自主練はじめちゃうよ!」
「わかってるけど……」
私だってそんなことはわかってる、けどあと一歩が踏み出せない。ちなみに落し物というのはこれおそらく寮の鍵。だから今日中に渡さなきゃ困ると思う。
放課後、私も部活へ行こうと身支度をしていたらチャリ、と隣から音が聞こえてきて、そこを見ればこれが落ちてた。落とした本人はすでに倉持くんに呼ばれて早々に部活にいってしまったし。好きだけどなんだか話しかけ辛いし。
同じ野球部の人に渡してもらう、という手もあったけどせっかく接点が生まれるチャンスだったから、どうにか自分で渡したかった。
部活終わりに、野球部の部活が終わるのを同じ部活の子と一緒に待っててもらったのだけれど私の勇気のなさに友達ももう呆れ気味で。
「だっ、誰だ!そこに隠れているのは!!」
「ひぃっ!!」
見つかった!そりゃ大して隠れるところもないからすぐ見つかるけれど。しかもコソコソしてたらそれはそれは怪しい。確か煩くて有名な沢村くんとやらに大声を出されて見つかってしまった。
「むむむ……あなた方は……??」
「えーと、そのーー」
「まさか!偵察!?」
「何で同じ高校の奴が偵察すんだバカ村!」
「あでででで」
沢村くんに気づいた倉持くんが関節を決めてた。倉持くん、やはり部活でも喧嘩っ早いというか、こんな感じなんだ……。
倉持くんは沢村くんに関節を決めながら私たちを見た。
「じゃん、どうしたこんな遅くまで」
「あのねこの子御幸くんに用事があってさ!」
「ちょっと!!」
「御幸?なら呼んでくるけど」
待って、待って、まだ心の準備が。告白とかするわけじゃないけどさ、好きな人前にするのなんて心臓に悪い、ましてやちゃんと話したことがない人!
そんな私の心の叫びも虚しく沢村くんを解放した倉持くんはおーい御幸ってありがたくも呼んでくれた。ていうか近くにいた!
キャッチャー用具を付けたままの御幸くんがここまで歩いてきた。
「何?」
「がなんか用あるってよ」
ドキドキする、ただ御幸くんが目の前にいるだけなのにドキドキする。何これ、やだこれ。助けてほしいと友達の腕を掴もうとすれば空振りして、友達がいたはずの方を見た。あれ、いない。
「じゃあ私もう行くわ!」
「ええ!?」
「お一人で大丈夫ですか!」
「え、沢村くん優しいね。でも大丈夫ーチャリだから!」
軽快にじゃーねーと手を振って行ってしまった。なんてこと……。私に勇気がないの知ってるのにどうして置いてっちゃうの……!
友達が早々に立ち去ったのを見てか倉持くんも何かを察して沢村くんを引っ張って連れてってしまった。いや察してほしくなかったんだけど!倉持くんって空気読むの上手いの下手なの!?
「俺に用って?」
うわー、うわー、初めてちゃんと話す。ただ落し物渡しにきただけだけど。なんかちょっと大事になってしまって申し訳ないです。早く渡して私も帰ろう。
なくさないようにと鞄に入れていた鍵をゴソゴソと取り出した。
「これ、御幸くんのでしょ……?」
「え、まじ、落とした?俺」
首をブンブン縦に振って鍵を手渡した。ちょっと御幸くんの手に触れただけでドキッとした。ああ、なんだか私が御幸くんのことを好きになった日を思い出した。御幸くんはそんなこと知らないのだろうけど。
「なんか懐かしいな」
「うん、本当に懐かしい………え?」
「入学式の時みてえ」
入学式、それはもう一年も前のこと。私は入学式の日の帰り、自転車の鍵をおそらく朝に落としてしまったことに気付いた。まあ、徒歩でも帰れる距離だしいいか、と諦めていたら、どこの誰かも知らない人が突然、これ君のでしょって鍵を渡してくれた。同じクラスでもないし職員室とかに届けてくれればって言ったのに鍵についてる野球ボールを見て、野球好きなら直接渡そうかなって思っただけ。って、ニカって笑って手を振って行ってしまったのだ。所詮一目惚れで。
後から御幸くんはとんでもなく凄い選手なのだと知って、私のこの思いは儚く散ることなると思ってた矢先、1年後に同じクラス、そして今は隣の席になって。
それだけで嬉しかったのに、御幸くんがそのことを覚えてくれていたなんて。う、嬉しすぎる。
「家近いの?今日チャリ?」
「今日は、歩き……」
「じゃあ送ってくよ、もうおせーし」
「いっいいの!?」
あ、今のは普通は大丈夫だよってまず断りをいれるべきだったかな。つい嬉しすぎて。
御幸くんは折角だからちょっとはなそーぜってキャッチャー用具を外しながらそう言った。
「わ、わたし、御幸くんと話したいなって、思ってた!」
「ほんとに?」
「はい!」
「なんで敬語なんだよ」
ふは、って、笑う御幸くんに私も笑ってしまった。さっきまでの緊張が少し解れた。御幸くんって、好きだけどなんだか話しかけにくいオーラはあったんだ。でも、そんなこと全然なかった。偏見だった。
これからは、クラスでもちょっとずつ話していってみよう。
スタートライン
back