炎天の下、今日も変わらず

あ、痛い

断言しよう。私は、すぐ死ぬ。

!急げ!」

日は沈み、とっぷりと静まり返った宵だった。今日は満月だ。いつでも煌々と暗闇の中に光る丸は綺麗だなあ、なんて、蛍が飛び交う山道を歩きながら藤の家に帰っている途中だったのだ。
死に物狂いで鬼を倒したと言うのに今度は救援だ。少しくらいは休ませて欲しい。

「待ってください〜……っ!」
「気合いを入れろ!」

へろへろになりながら走る私の随分と先にいる、師範である煉獄さん。炎を模した羽織が揺らめき、後ろを向きながらも目的の場所へと向かう身のこなしは流石柱だ。
私は煉獄さんのような逞しさ、勇ましさは一寸も持ち合わせていない。成り行きで隊士にはなった。鬼は許せない。でも、だからと言って率先して鬼を狩りに行くのかと問われれば、尻込みしてしまうようになった。
そんな中途半端な志でいるやる気のない私のお尻を煉獄さんはこうして叩く。
もはや、私のことは置いて煉獄さん一人で行った方が早く着くし、鎹鴉からの情報によると鬼は十二鬼月でもない。だから私がいなくとも……とは思いつつも、流石にそこまでは言葉にできない。

「見えてきたぞ!あの廃墟だな」
「見るからに悍ましい……!」
「木材が腐っているだけだ。住んでいた人たちに失礼だぞ」

息を切らしながら、鴉の案内の下辿り着いた先に見えたのは今にも崩れてしまいそうな家屋だった。
物静かに佇んでいるあの家の中で、絶賛死闘が繰り広げられていようとは誰が予測しようものか。
誰かが住んでいた頃は、それなりに立派だったのだろう。大きな扉の前で一度深呼吸をする。音を立てないように数寸だけ開いて中の様子を伺えば、見える範囲には鬼も隊士もいない。そっと扉を開け切って、そろそろと中へと足を踏み入れた。

「失礼する!」

しんと物音一つしない静寂の中、突然私の後ろから声を張るものだから心臓が口から飛び出るかと思った。
ドキドキと嫌な意味で鳴る胸を押さえながら煉獄さんを凝視する。

「声大きいです!」
「人の家だ、当然の礼儀だろう。行くぞ」
「行きますが、っ!?」

何事もなかったかのようにスタスタっと私の横を通り過ぎ、先を歩く煉獄さんへ続こうとした時だった。暗くてよく見えないが、気配でわかった。大きな物体が私たち目掛けてどこからか飛んで来た。反射で良ければその物体は外の地面に打ち付けられ、低い唸り声を上げる。鬼殺隊の隊員だ。

「大丈夫ですか!」
「うっ、……、妙な、空間にっ……呼吸が上手く使えない……」

横たわる隊士に駆け寄り声をかけると、まだしっかり息があることに安堵しつつも、どうやら相手は異能の鬼らしい。
禍々しい雰囲気が滲み出るのはこの家屋から。外は恐らく安全な筈。一先ずここで安静にしてもらい、異能の鬼のことをできる限り頭に入れた上で、もう一度煉獄さんと家屋へと足を踏み入れた。
家中が怖いくらいに物静かなのは、鴉の情報によると他にも数名いるという隊士もその妙な空間とやらに閉じ込めらているからだろうか。


「っ!はい!」

声は大きくはないけれど、急に声をかけられると小心者の私には刺激が強いのだ。
振り返ると、煉獄さんの表情はまさに戦闘時のもの。すでにその目は怒りが現れていた。隊士を一人傷付けられているのだから、当然だ。

「二手に分かれよう」
「……本気ですか……!?」
「本気だ。この家は広い。闇雲に二人で一緒に行動していては助かる命も助からない」

淡々と私に指示を出す煉獄さんに、やはり柱であるのだと改めて実感させられる。確かに、おどおどとしながら私は煉獄さんの後ろをついていたのだけれどこれでは埒が明かない。
本当は、心底一人になるのは嫌だけど、渋々煉獄さんから手を放し、私はこっちへ、と指を差した。

「でもあの、煉獄さん」
「なんだ?」
「何か、何かがある前に、助けに来てくれますよね……?」

すぐに死ぬだろう、もはや、いつ死んだって今の私には特に大きな後悔もないのだけれど、あわよくばもう少しこの世界で煉獄さんと一緒にいたい。何しろ私は煉獄さんのことがこの上なく好きなのだ。それはもう、鬼殺隊を辞めない理由の一つになっているくらいには。
細々とお願いする私に、煉獄さんは小さく息を吐いた。

「ああ、勿論だ」

ぽすん、と大きな手のひらが私の頭を撫でる。
ああ、頑張ろう。これが煉獄さんとの最後にならないように、今日も私は生きよう。煉獄さんの言動一つでこうも私は左右されてしまうのだ。
へろへろだった身体ももうどこかへ消えた。私は強い。そう言い聞かせれば、数名の隊士を守ることだってお安い御用だった。

さん!本当にありがとうございました……!!」

劣化して傷んだ畳の上で、三人の隊士に私は頭を下げられていた。
事の成り行きを全て説明するとこうだ。
煉獄さんと分かれた私は、こんな任務早く終わらせて、愛しの煉獄さんと藤の家へ戻りさあ大人の愛を育む時間ですと意気込んでいた。怖さを和らげる為でもあったけど、鼻歌まで歌っていたら鬼は私の存在に気付き、私も異空間へと飛ばされそうになったが、外に放られた隊士が話していた鬼の血鬼術の特徴、琴が頭に入っていた私はその根源に一太刀入れた。
それからはもうこっちのものだった。異空間に飛ばされていた隊士もどこからか姿を現し、逃げようとする鬼の頸を刎ね任務遂行。

「いえいえ……」

誰も死なずに済んだことは良かったけど、私としては煉獄さんに守られる脚本もアリだと思っていた。絶対に言わないけれど。

「流石は炎柱の継子!」
「ううん、まあ、継子というか……恋人?」
「えっ……そうだったんですか?」

継子は継子なのだけれど、と、口元に人差し指を当てた。
私は誰よりもお似合いだと思っているのだけれど、その丸々とした瞳、ちょっと失礼ではないですか。

「そうだよ、私と煉獄さんはあっつあつ、それはもう炎の如く燃える恋を、」


後ろから降ってきた声にヒヤリとした。
だって煉獄さん、何度私が好きだと伝えても振り向いてはくれないし、だからこうして外堀を埋めていくしかないではないですか。けれど、後ろからチクチクと背中に刺さる視線は耐え難い。

「……えっと、燃える恋を……?」
「私はしているつもり」

心の中で大量に冷や汗を流しながら、わざわざ復唱する目の前の彼へ笑顔で答えた。君まで苦笑するのは辞めてほしい。

「俺も、さんのように早く甲までなれるように、そして柱になれるよう頑張ります!」
「俺も!」

私の階級が甲なのは、煉獄さんのお陰だけど。だから、みんなも煉獄さんの元で鍛錬を繰り返せばきっとすぐに上り詰められるだろうけど、尋常ではない稽古の日々が続くから多分、煉獄さんも人を選んでいるのだと思う。

「いい心掛けだな!」

両手を握られる傍らで、煉獄さんを見ればさも自分のことのように嬉しそうにしているものだから、私まで素直に嬉しくなった。

「それでですね、煉獄さん」
「どうした?」

帰り際、今度こそ藤の家へと向かう途中、山道を下りながら煉獄さんへ両手で拳を握った。

「私、頑張りました!」
「ああ、そうだな」
「だから、ご褒美が欲しいなあ……」
「褒美?」

元々大きい目を更に丸々とさせる。
隣を歩く煉獄さんの羽織をくい、と引っ張りながらもう片方の手で唇を指差した。

「ここに、欲しいです」

ほら、ここに、さあ、と、踵を上げ近付く私に、煉獄さんは訝しげな顔をする。それから、私の頬へ手を伸ばした。ダメ元だったのに、まさか今日は、と期待を込めて瞳を瞑れば私の希望通りにはならなかった。

「い、いひゃい」
「寝言は寝て言うんだな」

私の頬を軽く、それでいて優しくつねってから、すっと私から距離を置き颯爽と歩いて行った。

「なら、一緒に寝ましょう!同じお布団で」
「寝ない」

放たれる一言はいつもつれなくて、お堅い。そういうところが好きなのだけれど。
それでも、煉獄さんが私に愛を囁いてくれない限り、私のやる気は今日も変わらず出ないのだ。
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