炎天の下、今日も変わらず

いつか会いたい人の為に

夢だったのかなと思ってしまう。夢の中ではとても実際の出来事のように感じていたけれど、あくまでもそう感じていただけ。
だとすると、私はとんでもなく小っ恥ずかしい夢を見ていたということになるのだけれど。

「冨岡さん」

お館様から召集があり、願ってもみないことを告げられた後に屋敷を後にすると、偶然だろうか、冨岡さんの姿を発見。
声をかけた私に冨岡さんは視線だけこちらへ向ける。

「この間はありがとうございました」
「もう平気なのか」
「はい、お陰様で」
「回復が早いな」
「全集中、耳にタコができるほど極めろと言われていたので」

煉獄さんに、と付け足す私に冨岡さんはそうか、と短く返す。
あの日私を助けてくれた冨岡さんは、すぐに巡回へと向かったらしい。なかなか機会がなくてお礼を言えなかったから良かった。
相変わらず冨岡さんは表情が変わらない。

「あ、そうだ、これから煉獄さんの元へ行くんですけど、冨岡さんもどうですか?」
「俺は用事がある」
「そうですか」

今日は炭治郎くんと、煉獄さんへ会いに行こうと話していた日だった。人数は多い方がきっと煉獄さんも喜ぶと思うし、冨岡さんも煉獄さんのことが好きなのはなんとなく見ていてわかるし、一緒に来てくれるかと思ったけど残念。
……用事があるということはつまり、今日わざわざここでまで私に会いに来てくれたということだろうか。

「おめでとう」
「は、え?あっ、……行っちゃった」

残香を漂わせながら、目の前から一瞬でいなくなってしまった。どっちの方向へ行ったのかはわかるけど、もう目では見えない距離だろう。
体調の気遣いと、あの一言だけを伝えにきてくれたのかと思うとなんだかこそばゆい。でも、人から言われたことで改めて実感した。
深く息を吸って青空を見上げた。煉獄さん、見ているだろうか。

「あ、さーん!」

待ち合わせ場所に向かうと、私の姿にいち早く気付いた炭治郎くんがブンブンと腕を大きく振る。

「あれ、炭治郎くんだけ?二人は?」
「しのぶさんを怒らせて、今日は蝶屋敷から出れないって言ってました」

あはは、と苦笑しながら頭を搔く炭治郎くんにつられて私も苦笑した。一度二度、蝶屋敷で会ったくらいだけど、それでもあの二人の印象は強い。善逸くんは隠の人へ療養中にも構わず声をかけていたし、伊之助くんは厨房で盗み食いをしていたし。
道中で炭治郎くんは楽しそうに、二人のことや禰豆子ちゃんのことを話す。こういうところ、煉獄さんに似てるかもしれない。煉獄さんもよく、楽しそうに千寿郎くんのことを話していた。

「相変わらずなんだね、みんな」
「はい。さんは?」
「……私も、相変わらずだよ。何も変わらない」

ずっと、煉獄さんを好きでいること。その思いは何があったってずっと変わらないのだ。夢の中では、他の誰か、なんて口走ってしまったけれど、きっと、いや絶対、煉獄さん以上の人が現れることはないと思っている。

「何も変わらなくはないですよね?」
「?」
「だって、」
「炭治郎さーん!さーん!」

言いかけた言葉に、私たちを呼ぶ声が被さった。千寿郎くんだ。そろそろかと外で待っていたのか、屋敷の前で先ほどの炭治郎くん同様手を大きく振っている。見ない間に少し、背が伸びた気がする。
煉獄さんがいなくなってから、私はこの屋敷へ訪れていなかった。
煉獄さんがいないことを、目の当たりにしたくなくて。現実を突きつけられたくなかったのだ。
だから、今こうして煉獄さんの前でお線香を上げることは初めてだ。今まで来なかったこと、煉獄さんはどう思うだろうか。
夢の中で出会った煉獄さんは、お盆に来ないことに少し不貞腐れていたようにも見えたけど、あくまでもあれは夢の中かもしれない話なのだ。実際のところはわからない。

「兄上、喜んでいると思います」
「そうだといいな」

お線香を上げた後、ゆっくりしていってくださいと出された抹茶に羊羹を一口頬張る。

「そうださん。渡さないといけないものがあります」

甘露寺さんと伊黒さんは二人揃って明日来る予定だとか、冨岡さんが炭治郎くんが水の呼吸を極めないことに拗ねているらしいこととか、一頻り雑談を交えた後に千寿郎くんがそう切り出し、部屋から出ていった。廊下の奥で、『父上もほら』なんて声が聞こえてくるけど、襖を開けて戻ってきたのは千寿郎くんだけだった。見覚えのあるものを、抱えながら。

「それって、煉獄さんの!」
「はい、さんへ」

目を丸くする私の隣で炭治郎くんが身を乗り出した。代々受け継がれてきたという、炎柱の羽織。

「羽織ってください」
「…………」

柱になることを目指していたわけではなかった。ただ、大事な人を守りたいと、その意志を持って鬼殺隊に入った。
煉獄さんは、私のように全員守ってくると最期に話していた。でも、それに自分自身は含まれていなかった。
だったら、私は、自分自身も守る柱になる。煉獄さんにできなかったことをやり遂げたい。ただただ継ぐだけじゃない。いつかまた会えたその日に、あなたに胸を張って生きましたと、そう言えるようにしたいから。

「羽織に羽織られてないかな……」
「そんなことないですよ」
「かっこいいです!俺も早く追いつかないと。『竈門少年も後を続け!』って、今にも聞こえてくる気がします」

羽織っていた元々の羽織を脱いで、新たに、私の肩に千寿郎くんからかけられた羽織。炎柱である証だ。
まだ実感が湧かなくてふわふわとしているけれど、でも、この空のどこかで見てくれている煉獄さんに……、

「……『竈門少年』?」
「?はい、そう呼ばれていました!」
「……そっか」
「?」
「そっか、そっかそっか……」
「?なんだかさん、羽織を羽織った時より、嬉しそう……?」

顔を見合わせる千寿郎くんと炭治郎くんの傍らで、私は口元を両手で抑えた。
外では蝉が忙しなく鳴いている。広がる青空は雲一つない。私がどんな毎日を送っていようと、こうして季節は巡る。時間の流れが止まることはない。
たまに会いたいと、そう思うことはあるかもしれない。否、たまにどころか、ほとんど毎日だ。
でも、私にあの言葉を残した煉獄さんは何年、何十年経ってもずっと待ってくれている。
そう思えば、もうずっと長生きを目指してしまおうと、私に首を傾げている二人を抱き寄せた。
戻る