西洋風の街を行き交う人々は洋装の人も多い。女の人がふわふわひらひらしたものを身に纏っているのはフリルというものらしい。日中、こういう人が賑わう場所に鬼が出ることは稀ではあるけれど、それでもこの光景は鬼の存在すら忘れてしまうほどに平和な街並みだった。
「あ、これだ……」
煉瓦街で人の流れに沿って歩いていると、私が食い入る様に見ていたフリルのついた可愛らしいスカートを模型に着せて店前に飾るお店を発見。年がら年中隊服を着ている私には縁のないものだけれど、見るだけならタダだ。
「気になるのか?」
「……甘露寺さんに、似合いそうだなって」
これが似合う人はどんな人だろうと、思い浮かべていた。決して私ではない。ふわふわとした朗らかな柔らかい女の子が着て初めて意味を為すものだ。
「君にも似合うだろう」
「そういうことを言うから……」
私の気持ちには答えてくれない癖にすぐそういうことを口にする。嘘は吐かない人であるから本心であるだろうということは理解できるのだけれど、思わせぶりな言動は控えていただきたい。……いやでも、やっぱり嬉しいから控えてくれなくてもいいかもしれない。
ふう、と一つ息を吐いて、お店の人に見つかってしまう前に店の前から退散した。
「煉獄さんって、本当に煉獄さんですよね」
「俺は俺だ」
「んー……、形容できないんですよね、煉獄さんって」
煉獄さんといえば、と問われたら、強くて男前でかっこよくて逞しくて、それから、私の恋人で……、と、上げたらキリはないけれど、どれも取ってつけた様な言葉な気がした。あ、恋人は違うな。
「概念?煉獄さんは概念なんです!」
「前を見て歩きなさい」
ガタガタ、と、鈍い音が聞こえ、煉獄さんに顔を向けた私は慌てて人を運ぶ路面電車から避けた。危うく轢かれてしまうところだった。ぼうっと段々小さくなっていく電車の後ろ姿を見つめる。どこまで連れていってくれるのだろうか。
随分と街もこうして知らず知らずの内に変わっていってしまう。私は変わりたくないけれど。気付けば置いていかれてしまいそうだ。あのスカートだって、あれが当たり前の日が来たりするのだろうか。もし私がああいったふわふわした格好をしたら、煉獄さんはなんと言ってくれるだろうか。
「…………」
「ん?」
「なんでもないです!」
わかりきったことだ。さっきだって、履いてもないのに似合うだろう、なんて言ってくれるような人なのだから。私に首を傾げた煉獄さんに尋ねたりはせずに、早く帰ってご飯を食べようと帰路に就こうとした。
「よう姉ちゃんいい乳してんじゃねェかァ、ああ?誘い待ちだなァ?」
「えっと、その……」
野蛮な男というのは、田舎や都会に限らずどこにでもいるものだと辟易した。私も伊達に煉獄さんの下で鬼と戦ってきたわけではないし、煉獄さんの立ち振る舞いを見ていて自然とそれが移ってしまったのだ。
ケタケタと笑う男の声は数名。聞こえてきたやり取りに見過ごせる筈がなく、そちらに視線を向け悪漢から女の人を守ろうとした。
「この髪もわざと目立とうってしてんだろう、いいじゃねェかァ俺たちが付き合ってやるよ」
「つ、付き合う……?」
踏み出した一歩は、一歩で留まった。視線の先、他者を寄せ付けない悪漢たちに絡まれていたのは、鬼殺隊の柱、薄紅色の髪が淡く和らげな雰囲気を持ち合わせた甘露寺さんだった。
なんとも偶然、そして久しぶり。瞬きを繰り返した後に煉獄さんを見れば、口端を上げている。自慢の後輩の力量が見られるとでも思っているのだろうか。私もそんな気はするのだけれど。でも、だとしたらやはり私は助けなくてはならないのかもしれない。
危ないのは、
「うぶなフリしやがって、いいぜお望み通りに教えてやるよ、ほらこっち来、」
「ごっごめんなさい私にはそういうのはまだ早いと思うの!!」
男の方だ。
華奢に見える腕を男が掴んだ瞬間、甘露寺さんは顔を真っ赤にしながら片手で軽く突き返した。ように見えた筈が、実際はその男はぶっ飛んでいったのだ。線路の上まで弾き飛ばされ、丁度走ってきていた路面電車が止まる。
「でっでもそう、お茶とかなら……」
「なっ、なんだこの女!」
「やべえ、行くぞ!」
顔を赤らめたまま、自分がなぜ絡まれていたのかの真意を理解していない甘露寺さんは男二人にあろうことかお誘いをしているが、二人は吹っ飛ばされた男一人を抱え一目散に逃げていった。
「この辺りにパフェを出している西洋料理店があって……あら?」
「甘露寺!流石だな!」
もじもじと足元も見ていて、漸く視線を上げた甘露寺さんの前に男たちはいない。なぜか群衆から拍手を受けて、さらに甘露寺さんは顔を赤らめているけれど、その群衆の中にいた私たちを見つけ三つ編みを揺らしながら駆け寄ってきた。やっぱり、あのスカートが似合いそうな人だ。
「偶然ねえ!なんだか変なところを見られちゃったわ」
「はは……」
「相変わらずで何よりだ!」
呼吸を使っていたわけでもないだろう。なのにあの怪力だ。感服せざるを得ない。怒ったところは、鬼に対してしか見たことはないけれど絶対に怒らせないようにしようと改めて誓った。
「そうだ!これから一緒にパフェを食べに行かない?」
「「パフェ?」」
声を揃えた私たちに、甘露寺さんはうんうんと大きく頷く。そういえばさっきも男たちにそんなことを話していたけれど、その『パフェ』とはなんなのだろう。
「この辺り西洋のお店が沢山できたでしょう?お料理も今まで食べたことがないものに沢山出会えてお店の人に聞いて回ってるの!そうしたらね、パフェっていう果物が沢山盛られた甘い食べ物があるみたいで」
今日はそれを食べに来たのよ!と、鼻息荒く興奮気味に私に伝える甘露寺さんに少し身を引いた。
「ね?一緒に行きましょう!美味しいものは一人より誰かと食べた方がもっと美味しいから!」
「ふむ、気になるな」
ちらりと視線を斜め上へ向ければ、口元に手をあてている煉獄さん。
「えっと、じゃあ、行きますか」
「行きましょう行きましょう!」
果物が沢山盛られたそパフェを食べて、私は今日の夕ご飯が食べられるか少し不安になったけれど、そんな私の不安なんてこの二人にはわかるまい。
私の手を意気揚々と引いて歩く甘露寺さんについていった。
そして、目の前に出されたパフェ。アイスクリームって、高いから鬼殺隊にいなければ生涯食べることはなかっただろうなと思いながらサク、と掬った。
「ううん、美味しい!」
「美味い!!」
素直に感想を、それも大声で述べる二人に私は心からその味を愉しむことができなかった。なんていったって、人の視線がとても気になるのだ。果物は鮮やかで、それにアイスが絶妙に合わさっていて美味である筈が。
「どうした、手が止まっているぞ」
「ちゃん、大丈夫?お腹痛い?もしキツかったら、私食べるわよ?」
大食いらいのその言葉は、自分が食べたいがための言葉に捉えられてしまうこともありそうだけど甘露寺さんの場合そんな気配が微塵もしないのは日頃の振る舞いの所以だ。
あはは、と苦笑いを浮かべながら視線を隣の卓へと流した。すると、目に飛び込んできたのは男女が仲睦まじげに、所謂『あーん』をしている最中であった。公衆の面前でそんなことをしてしまうなんて、強者だ。
いいな、なんて頭に浮かべながら再び視線を戻すと、どうやら甘露寺さんも私の視線を追ってそれを見ていたようで、私に耳打ちをする。
「ああいうの、良いわよね」
「私もそう思います」
二人して硬く頷いた後に、私は煉獄さんへといつになく真剣な眼差しを向けた。
「やらないぞ」
「……美味しいなあ〜!」
「良かったわ!また来ましょうね!」
私の自己肯定感は容易く上げてくれるのに、今日も煉獄さんは私の思いは受け取ってはくれない。