炎天の下、今日も変わらず

ほろ苦い

「心配しますよ、煉獄さんが」
「やっぱり?そう思います?」

手当を受けている間、ずっと私はその美貌に見惚れてしまっていた。けれどその人から煉獄さんと口にされてしまえば私の脳内は愛しい人でいっぱいになる。
腕に巻かれた包帯はぐるぐると何重にも巻かれて固定されている。それほどの怪我ではないのだけれど、私が無茶をするから、とおそらく牽制も込められている。

「ええ、なので無茶はしないでくださいね」
「無茶すると煉獄さんが褒めてくれる気がして」
「そんな人ではないでしょう」

先の任務ではかなり苦戦を強いられた。久しぶりに、もうここまでかと思ってしまうほどには追い詰められたのだけれど、そこへ救援に飛んできたくれたのがしのぶさんだった。
文字通り、軽やかに羽織を揺らし飛んで私の前に立ちはだかったと思ったら、私では到底なし得ない速さで一突きだ。そのまま鬼は毒で腐敗を始め、塵となって消えることはなかったけれど討伐は完了した。私も階級は甲なのに、柱との技量の差を見せつけられた気がした。
しのぶさんの言う通り、煉獄さんはそんな人ではない。鬼を倒す為なら死んでもいいだなんて思ってはいない。でもそれは、煉獄さん自身は対象外だ。私としては、それだけはいまだに煉獄さんを理解しかねるところだ。
ぶんぶんと腕を振って包帯がしっかり固定されていることを確認する。大丈夫そうだ。

「救援並びに手当て、ありがとうございました!」
さん」
「はい?」

煉獄さんのように、溌剌と立ち上がり頭を下げてきっと私を震える思いで心配をしてくれているであろう煉獄さんの元へと向かおうとした。
背中を向けた私を呼び止めるしのぶさんへ振り返る。藤色の眼差しは、……綺麗だ。

「……いえ、なんでも」
「……」
「私も、人のことを言えたものではありませんので」

小さく息を吐き、肩を落としたしのぶさんは私から藤色の瞳を逸らす。しのぶさんも、結局のところ無茶をする時はするからだろう。
なぜ無茶をするか、までは聞いたりはしない。お互いに。もう一度、軽く頭を下げてから今度こそ診療室を後にし、外で待ってくれていた煉獄さんと合流した。

「お休みですね!」

腕に纏わりつこうとすれば軽やかにかわされてしまった。怪我をしていても煉獄さんは変わらない。
かわされたせいで少しだけよろけ、体勢を整える私の様子を見て目を細める。

「休みなのだから安静にするべきだろう」
「じゃあ一緒に温泉にいきましょう」
「脈絡がないな」
「効能があるんですよ、温泉には色々と!宇髄さんも言ってましたよ」

ガチガチに固められた包帯を解くのはほんの少し罪悪感が残るけど、元々そこまでの怪我をしているわけでもないのだ。ちょっとしのぶさんが怒っていただけで。むしろ、このくらいの怪我なら温泉が治してくれるかもしれない。
ね、行きましょう、と顔を近づける私に煉獄さんは顰めっ面を見せた後、ふ、と小さく笑う。

「仕方ないな」
「やった!小旅行だ!」
「疲労回復が目的だぞ」
「はーい!」

なんだかんだ、こうして煉獄さんと旅行、なんて初めての話だ。成り行きで決まったけれど、もっと前からこうして理由をつけて誘えば良かった。その分煉獄さんとの思い出が増えていたと思うと少しだけ後悔が残る。
宇髄さんに『とっておきだぞ』と教えて貰っていた温泉があった。いつか行こう行こうと思っていたのが、随分と先になってしまった。
切符を買って列車に乗って、温泉街を見て回る。ずっと、ずっとこうして何もない毎日がいいのにな、なんて、長閑な街並みを眺めて思う。

「……美味しそうな匂い」
「屋台だな」
「『さつまいもバター』……美味しそう!」

温泉の匂いと一緒に鼻を掠めたのは、食べ物の甘い香りだった。しかも、煉獄さんが好きなさつまいもだ。ちょっと私は今までに聞いたことのないさつまいもを使った食べ物だけど、煉獄さんは食べたことあるだろうか。

「お嬢ちゃん、食べていくかい?」
「食べます!」

屋台のおじさんをじっと眺めていると、その人は私の視線に気づき手招きをする。迷わず頷いた私は懐から小銭を取り出した。

「はい、一人前」
「ありがとうございます」

受け取ったそれには細切りされたさつまいもにそのままバターがかかって焼かれていた。コクのある甘い香りに食欲がそそられる。
一度屋台から離れ、人の少ないところでさつまいもを一切れさして、煉獄さんの口元へ運んだ。けれどそのさつまいもは煉獄さんの口に含まれることはない。

「……やらないと言っただろう」
「ええ、そういう雰囲気なのに」
「どういう雰囲気だ」
「誰も見てませんよ」
「誰かが見ているか見ていないかという問題ではない」
「なら私をお嫁さんにしてくれたらその問題は解決します!」

なんてことない、簡単な問題だ。煉獄さんが私の気持ちに頷いてさえくれたらこういうやり取りも、こうしてわざわざ人通りの少ないところへ行かなくてもできるようになるのだ。
口角を上げて、どうです、と迫る私に煉獄さんは難しそうな顔をしている。

「嫁にはしない」
「炊事洗濯、それから鬼も狩れます!これほどのお嫁さんはいないと思います!」
「ああ、でもしない」
「えっ肯定してくれるのにお嫁さんにはしてくれな、えっ?ああ!」
「ん、あっま」
「宇髄!」
「何してんの」

今日こそは、私の気持ちを受け取って、受け取ってもらうだけではなくその先へと進みたいと思ったのに、突如現れた宇髄さんに私が煉獄さんへ差し出していたさつまいもが平らげられてしまった。
もぐもぐと口を動かす宇髄さんは目を細めて私を見やる。隊服ではなくて、髪を下ろした姿だ。ジャラジャラと宝石もつけていない。たまに見るこっちの姿の方が私はかっこいいと思うけど、それを本人に伝えたら地味だなんだと話していた。

「何って、煉獄さんに私の愛を届けていたんです」
「……お前、派手にすぐ死にそうだな」

呆れたような表情を見せる宇髄さんに口を尖らせる。宇髄さんの背中越しに雛鶴さんたちがこっちを心配そうに見ている姿が目に入る。私、そんなに危ない人に見えただろうか。

「煉獄はそれで良いのかよ」
「愚問だな、良いわけあるまい」

ふう、と息を吐いて話す宇髄さんに煉獄さんが即答する。私のお嫁さんとしての能力は肯定してくれる。すぐに死んでしまうことも否定してくれる。それほど私のことを思ってくれているのに、どうして好きになってくれないのか。

「私は煉獄さんが私にやる気をくれるのを待ってるんです」
「へーえ、くれんのか?」
「…………」
「……もう!お嫁さんが三人もいる宇髄さんに私の気持ちはわかりませんよ!勝ち組なんですから!」

無言を貫く煉獄さんに雲行きが怪しくなるのを感じ、なんとか話を変えた。そう、宇髄さんはこの世の勝ち組なのだ。恋愛面において。相思相愛の人が三人もいるのだから、羨ましい限り。

「もう宿に行きます!これは差し上げます!いい場所を教えていただいたお礼です!」

手にしていたさつまいもバターを宇髄さんへ手渡し、雛鶴さんたちへも会釈をしてから宿へと向かった。一口も食べていないけど、帰りにまた買おう。帰るときには温泉宿で一夜を明かした私と煉獄さんとでほら、関係性が変わっているかもしれないから。

「そうだ煉獄さん」

とった部屋が一部屋なことはいつも通りだ。藤の家でもそうだったし、今更二部屋とる必要もない。
布団に寝転がって、巻かれた包帯を見ながら羽織を脱いでいる煉獄さんへ声をかけた。

「しのぶさんが、私が無茶をして怪我をすると『心配しますよ、煉獄さんが』って。どう思います?」

細くて柔らかなしのぶさんの声色を真似てみた。重々しい刀を床に置いてから、煉獄さんは特に考えたそぶりもせずに淡々と答えた。

「無茶は良くない。だが無茶に関わらず怪我はつきものだ。極力しないよう鍛錬を積むべきだな」
「……無茶しないと勝てない相手には、無茶しますよ。煉獄さんみたいに」
「君と俺は違う」

そういえば、私が納得すると思うのだろうか。私には、私に無茶させない口実にしか聞こえない。

「煉獄さん」
「なんだ?」
「……お願いがありまして」
「聞こう」

煉獄さんが私に一向に振り向いてくれないのは、この煉獄さんとの相容れない溝があるせいだろうか。
上体を起こし、私を見下ろす煉獄さんと目を合わせる。

「温泉から出たら、包帯巻いてください」
「自分でやりなさい」

煉獄さんとの関係性が変わることは、今日もなさそうだ。
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