炎天の下、今日も変わらず

あやつり人形

ミンミン……と、煩い蝉の声すら一つのことに集中してしまえば私の耳には入ってこない。
今日はとある人との共同任務だった。待ち合わせのために山の麓の茶屋で休憩をしながら和紙の端と端を合わせて丁寧に折りたたんでいく。こんな長閑で平和な夕暮れなのに、どうして夜は血が飛び交ってしまうのだろう。

「できた」
「上手いな!」
「時透くんに教えてもらいました」

店前の赤い敷布が敷かれた長椅子に二人で腰掛けながら、私が待っている間に暇だから、と折っていたのは紙飛行機だった。
前に時透くんが紙飛行機をぼんやりとしながら飛ばしていた。けれども手先から飛んだその紙飛行機は時透くんとは裏腹に下降することなくどこまでもどこまでも飛んでいっていたのだ。
いいなあ、どこまで行くのだろう、と、私もぼんやりそんなことを思いながら、私の存在に気付いた時透くんが教えようか?と直々に伝授してもらったのだ。
時透くんほどは多分飛んだりはしないけれど、これもなかなかの出来だ。

「結構飛ぶと思います」
「そうだろうな」
「ではいきます」

せーの、と、時透くんがやっていたような飛ばし方を真似て、手首を使って蜃気楼で揺らめく山道に向かって飛ばしてみた。
風はなくて、勢いは良くはない。夕焼けに照らされながらその羽はゆらゆらと進んでいく。やっぱり、私が作ったものだけどなかなかだ。
段々と小さくなっていく紙飛行機をぼうっと眺めていると、突如その動きは止まった。

「あ」
「うむ!不死川の元へ向かっていたんだな!素晴らしい出来栄えだ」
「じゃあ、紙飛行機職人とかになろうかな、私……!」
「どんな職人だァ」

私が真っ直ぐ道沿いに飛ばした紙飛行機は、こちらへ何かを食べながら向かってくる不死川さんの頭へとくしゃりと刺さったのだ。あれが刺さるなんて、随分とふわふわした髪の毛なのだろう。
聞こえていたらしい不死川さんが頭に刺さった紙飛行機を掴み、心底面倒臭そうな顔をしてこちらまで歩いてくる。

「似合ってましたよ、紙飛行機」
「縁起が良さそうだな!」
「喧嘩なら買うぞ」

ビキビキとこめかみに青筋を浮かべつつ、ハアッと小さく息を吐いてから不死川さんは私へ紙飛行機を手渡した。

「こんなとこで飛ばしてんじゃねェ」

ぐしゃりとされるかと思ったのに、意外と優しいのだ、不死川さん。意外と、なんて言ったら失礼だろうか。でも優しいですね、なんて素直に言おうものならそれはそれでビキビキとさせてしまいそうだ。
どかっと長椅子に座る不死川さんは大きな溜息を吐く。

「鬼本体は一匹で間違いねえ」
「ああ、そのはずだ」
「えっ待ってくださいもう任務の話ですか?あと不死川さん、ここは茶菓子を買った人が座る場所です」

私を置いて話を早速進める不死川さんを制止にかかる。今日の鬼の情報は鴉から聞いている。当然のことながら共同で動く以上打ち合わせは必要ではあるけれど、まだこの長閑な空気を楽しんでいたい。だって今日こそ私は死んでしまうかもそれないし。いつ最期を迎えるかはわからない。突然その時が訪れてしまうことを、私は知っている。
手の平を見せて待った、と止めた私に不死川さんは目を細めながらも一度腰を上げ店に入っていった。

「律儀な人ですよね、不死川さんって」
「そうだな」
「……私が不死川さんに靡いちゃったら、どうします?」
「どうもしない」
「……」

ぴしゃりと返された一言にわざとらしく唇をギュッと噛んだ。ちょっとくらい、継子が他の柱に靡いたら寂しく思うとか、そういうのを思ってくれてもいいのに。硬派だ。そこがまた好きなのだけれど。
煉獄さんは、どういう人が好きになるのだろう。今まで煉獄さん自身がそう思った人はいたのだろうか。聞いたことはないけど、聞けるわけはなかった。

「ほらよ」

つまらないなあ、と足元を揺らし乾いた砂をジャリジャリと言わせていると、隣に置かれたお盆に載せられた水羊羹。

「……いいんですか!?」
「俺は食ってきたからいらねえ」
「ああ、おはぎ食べてましたよね!どこのおはぎですか?私も行きたいです」
「うるせェ」
「ええ……」

紳士だと思った直後にすぐこれだ。
紙飛行機に気付かないほど美味しいおはぎだったと思うのに。私も煉獄さんと食べに行きたいのにこの様子では教えてはくれなそうだ。

「さっさと食え」
「いただきます」

爪楊枝で瑞々しく光る羊羹を刺して口元に運ぶ……前に煉獄さんへ目配せしたけれど、その瞳はまさしくいつもと同じだったのでそのまま私の喉を通した。太陽はもうすぐ沈みそう。

「で、まずは二手に分かれる」
「俺と、不死川だな」
「わかりました!」

仕切り直し、そろそろ目的の場所へ向かわないと守れる命も守れなくなる。ただ、柱が二人もいるのだから今日は安泰だ。
嬉々として頷く私に不死川さんは疑いの目を向ける。

「本当に大丈夫かよ」

そんなに私がすぐやられてしまいそうに見えるだろうか。
これでも階級は煉獄さんに扱かれ甲なのだ。柱との技量はこの間しのぶさんに見せつけられたばかりではあるけれど。

「大丈夫です、なんたって私にはずっと煉獄さんがついてるんで!」
、君も弱くはないだろう」
「……お前、それでよく続けてられるなァ、鬼殺隊」

怒っている、というわけではない声色、表情だった。ただ哀れむような、心配するような、否、呆れられているのだろうか。そんな、一言では表せない雰囲気だった。
なんて返せば良いかわからずに、とりあえず、曖昧に笑い返した。

「行こうか、そろそろ」
「はい!行きましょう不死川さん!」

妙な空気になってしまったのを破るように煉獄さんが立ち上がる。続いて私も長椅子から立ち上がり前を歩く煉獄さんへ続いた。

「不死川」
「……?不死川さん?」

羽織を揺らす煉獄さんが立ち止まり、不死川さんを呼んだので私も振り返った。足音がないからその場にいるのはわかってはいたけど、未だ長椅子に座り何か言いたげに私を見据える。

「足手纏いにだけはなるなよ」

けれど一度視線を落とし、ぽそっとつぶやいて立ち上がった。
そのまま私たちを抜かしずんずんと薄暗くなった山道を登っていく。

「なる前に逃げるので!大丈夫です!」
「ふざけんな」

あ、今のは本気で怒っていた。
女の子には優しいって、煉獄さんも言っていたはずなのに。

「煉獄さん。今日頑張ったら、ご褒美くださいね」

打ち合わせた通り二手に分かれて鬼の気配を探る。
周りは月明かりも届かない森林だ。薄気味悪さに怖くなる。きっと煉獄さんがいなければ腰を抜かしている。

「何が欲しいんだ?」
「煉獄さんの気持ちです」
「それで貰って嬉しいものなのか?」
「……ぐうの音もでません」

頑張ったところで、継子という関係性から脱却するわけでもない。
だったらもっと強くなれば、それこそ柱になれたら、とも思うけどそれだと甘露寺さんも好きになってしまうことになる。
だったらほら、煉獄さんの唯一の、誰にも負けない絶対的な存在になるにはそれしかないんじゃないかって、そう思うのだけれど。どうだろうか。答えはわからない。


「……」
「君が頑張ることは、俺も鼻が高い」
「……そういうこと言うのやめてください……」
「俺の正直な気持ちだ。この気持ちは貰ってくれないか?」

眉を下げて笑う煉獄さんに、心臓がギュッとする。手のひらで踊らされているような気がしなくもないのだけれど、今日は頑張れてしまいそうじゃないか。
本当、こういう人だと知ってはいるのに、厄介な人だ。
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