炎天の下、今日も変わらず

仮面の下には

柱の人数が揃わない、半年ぶりの会議が開かれたが揃わないのは柱だけではなく鬼殺隊を支える産屋敷耀哉もだった。
鬼の出現が減る一方で刻々と迫るその何かを感じ取るものは少なくない。普段のならまた、それを感じ取ることができただろうとしのぶは考えていた。

「柱稽古が……必要だな……」

“痣”について知見を得た後、緩やかになった鬼の出現頻度の今、隊士の地力の底上げをすべきだと改めて九人揃わない中で会議が開かれていた。数珠を擦り合わせながら鬼殺隊最強の呼び名を持つ悲鳴嶼行冥が呟くと、それに対抗する声は出てこない。

「柱の席が空いたってのに実力が伴う奴が一人もいねェとは、鬼殺隊も落ちたもんだぜェ」
「……まあ、候補はいますがね。ただ……」

実弥の吐き捨てた言葉を聞いたしのぶは口元に手をあてその後の言葉を濁した。
訪れた沈黙で浮かんだ隊士は皆同じなはずであった。ただ、やはり誰も柱へ推薦するものはいない。
静寂を破るように実弥が短く息を吐いた。

「鬼殺にやる気のねえやつなんて柱にできるか」
「胡蝶、お前が救援に呼ばれた時もほぼ自滅しそうになってたんだろ」
「私がそう見えただけだと思いたいのですが……さんが倒せないような鬼ではなかったので、おそらく」

しのぶがの救援に駆けつけた時。鬼は下弦でもないとは鴉聞いていた。その為迎え討っている隊士の階級は癸辺りだろうかと、そうでなければこれはまた指導が必要だと鬼の気配のする方へと木を伝い飛ぶように目指していた。緑が揺れる中で捉えたのは、鬼に攻撃されとれたはずの受け身もとらないだった。


──私も、人のことを言えたものではありませんので


倒せる鬼であったはずなのに、戦線から離脱しようとした。鬼殺隊としてあるまじき行為だ。だから、鬼殺隊の柱として彼女を指導しなければいけなかった。
けれど、できなかった。
あの人、の元へ行った方が彼女は幸せなのかもしれない。ほんの少しでも、鬼殺隊である前に一人の人間としてそんな思いがあったからだ。
上限の弐を倒せれば自分は死んでも構わない。絶対に姉の敵討ちをとってやる。そう思いはするものの、姉をなくしたという現実を受け入れたくない自分もいる。それと同じだと感じ取っていた。
彼女が煉獄杏寿郎という一人の男に好意を持っていたのは知っていた。
杏寿郎の生前、蝶屋敷へ二人訪れた際に、あまりにも真面目すぎる彼女へからかいがてらに『鬼殺隊にいるからといって、誰も恋をしてはいけないなんて言ってませんよ』と話しかけたのだ。すると顔を真っ赤にしながら『煉獄さんは違います』と、予想とは真逆の反応が返ってきたことは鮮明に覚えていた。

さんは、現実を見ていないわけではないんです」
「つっても全員気づいてんだろォ、あいつが周りにもバレねェように煉獄がその場にいるかのように振舞ってんの」

違和感があった。
家族も鬼に喰われ、鬼殺隊であった最大の恩師であり愛した人を亡くしたというのに、あまりにも普通であることに。けれど、普通ではなかった。人目がない場所では、彼女はいつも独り言をぼやいていた。それも、誰かと会話をしているような話し方だった。
しのぶがそれに気づいたのはたまたまではあったが、違和感には気付いていたからおそらく他の柱も、今しがた声を上げた実弥のようにの変わり様には気付いているのだろう。
そもそも、生前どがつくほどの真面目で恋愛のれの字もなかったが今はその思いを赤裸々にしているのだ。
おそらく、“言えなかったこと”を後悔しているのだろうと勘付いていた。

「いない現実突きつけたところで話聞かねえェしなァ」

実弥が一度、柱の穴が埋まらない時にへいい加減にしろと叱責したことがあるのを知っていた。
自分にはできなかったことだが、それが正しいともしのぶは思っていた。だがその時のは実弥の話す通り、何も話を聞いていなかった。否、しっかりと会話はするのだが、まさしく『現実を見ていない』の言葉の通りだった。

「その時だけ、頭を空にしているようですからね」

今のは、煉獄が生きていた頃とは別人だ。一言で表すとすればそればそれは、「壊れてしまった」が当てはまるのだろう。
だが誰も彼女を治そうとする人間は現れない。気付いているのはこの数人のみ。だがこの数人は、大事な人を亡くした痛みを誰よりもわかっている。そういう場面に幾度となく出くわしてきた。心配はするが、ここまできて彼女の中から煉獄杏寿郎を奪おうとはしないのだ。

「彼女のような人が、“普通”なのかもしれませんね」

大事な人を亡くして、その敵討ちで鬼に刃を向ける。鬼殺隊ではそんな強い意志を持った隊士がほとんどだが、誰しもがその限りではない。
大切な人がいない世界であるならば、生きること全てに意味も見出せない人間が一人いたって不思議ではないのだと、しのぶはそう感じ取っていた。
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