秋暁、揺らり旅

「休暇だ」
「え?」
「休暇だ!三日間。どこへ行きたい?」

縁側で刀の手入れをしている私に影が降りてきた。その人物を見上げると、彼、煉獄杏寿郎さんが腕を組み仁王立ちで私を見下ろしていた。
圧をかけられているような勢いに押され、瞬きを繰り返すことしかできない。
短い風が吹いて、手入れの行き届いた庭の木の紅く染まった葉が擦れる音に我に返った。

「は、はい?」
「休暇だ!三日間!どこへ行き、」
「いやすみません、聞こえてます」

聞き返した私にご丁寧に煉獄さんは一言一句自身で口にしたことを繰り返そうとした。
心苦しくも私がそれを遮ると、なんだそうか、と特に気にも止めない素振りで私の隣へ腰を降ろした。
何かの冗談なのだろうか。私は煉獄さんと休暇でどこかへ赴くような間柄でもない。

「ではどこへ行きたいのか、考えておいてくれ」

一体全体、どういう風の吹き回しなのか。清々しい笑顔を見せる煉獄さんに私は口を半開きにしたまま。そもそも、どこへ行きたいのかって、つまりは私とどこかへ赴くということなのだろうが、なぜそんなことを突然口走ったのか。

「あの、」
「なんだ?」

残暑も通り過ぎた乾いた風に、瞳を閉じて髪を揺らしていた煉獄さんへ問いかけた。力強くて燃えるような瞳は真っ直ぐに私を捉える。
何もできない私に、煉獄さんはいつも真正面から私に接してくれる。私は煉獄さんの継子でもなく、ただの弟子である。鬼に助けられて、行き場所もない私は煉獄さんへ頼み込んで弟子にしてもらった。それしか生きる意味もなかった。
だから、唐突にどこへ行きたいと尋ねられても特段行きたい場所などないのだ。強いて言うのであれば、鬼がいるところ、だ。

「どうぞ私のことは気にせずに、煉獄さんはお好きに過ごされてください」

確か煉獄さんは、能や歌舞伎が好きだと聞いたことがある。私など放っておいて、折角の休暇なのだから日頃出来の悪い弟子を指導している分、休んでほしい。
出来は良くなりたいのは山々だが、なかなかそうも行かず任務に駆り出されても私は煉獄さんの手助けさえできていない。私の出る幕もなく煉獄さんが鬼の頸を斬り落としてしまう。
もどかしい毎日を送りながらも、一歩でも早く命の恩人の手助けができるように近付きたい。煉獄さんは休暇に出ても私は鍛錬を続けたかった。

「ああ、好きにしている」
「はあ、」
「君と出かけたい」
「……」

面倒臭く、ないのだろうか。私に気を遣ってくれているのだろうか。穏やかにそう告げた煉獄さんから目を逸らした。
冗談を口にするような人ではないから、おそらく本当に私と出かけたいと思っていることは理解できた。ただ、その理由は理解できなかった。
けれども私は煉獄さんの要求に首を横に振ることはできない。逸らした先に見えた錦鯉が泳ぐ池に、ひらひらと紅葉が落ちて水面に浮かぶ。その光景を見て、安直だが行きたい場所が思い付き、控えめに呟いた。

「温泉に、行きたいです」

今パッと思い付いた行き先であったが、名案な気がした。煉獄さんはゆっくりと休むこともできるし、道中で能や歌舞伎をやっている町だって通る筈だ。
行き先は同じでも、別に私と四六時中行動する訳でもないだろう。視線を煉獄さんへ戻すと、柔らかい笑みを浮かべて頷いたので、思わず心臓が脈打ってしまった。
厳しい時は厳しいけど、この人は基本的には隊士みんなに優しいのだ。間違った行いをすれば本気で怒るが、それはその人の為であって、煉獄さんのそういうところに私は人として尊敬をしていたし、好きになってしまうのに時間はかからなかった。
勿論、気持ちを伝えるとか私のことを想ってほしいなどという浮ついた考えは持ち合わせていない。そんなことよりも私はまず、強くならなければいけないのだから。
つい先日、浮ついた気持ちを持つ自分が嫌になって屋敷を抜け出したことがある。勿論勝手にではなく、部屋に手紙を置いて。けれども気持ちをそのまま手紙に綴ることはできなかったから、“強くなるために一人で修行をしてきます”とそれっぽい理由を書き連ねた。その夜に鬼と対峙することになり、苦戦を強いられていたところ煉獄さんにまたもや助けられ、勝手なことは許さないとそのまま屋敷へ連れ戻されたのだが。
かつてないほどに物凄い剣幕で詰め寄られ、かなり私は身が震えた。
だから、私としては今の今まで正直気まずかったのだけど、煉獄さんはそうでもないようだった。終わったことを引き摺るような人でもないから、当然といえば当然だ。

「では行こうか」

休暇を貰った当日、それまでに煉獄さんは宇髄さんへこの辺りの温泉宿を聴取してくれていたらしい。本来ならばそういった下調べは弟子である私がしなければならないのに、宇髄さんとのやり取りを聞かされてから気付いた自分が情けない。
休みとは言え、いつ鬼が現れてもおかしくは無いので隊服のまま、少し遠出する際と同じような荷物を持ち屋敷を出る煉獄さんの後に続いた。
着物や袴で行こう、と提案されたところで持っていないから、私にはこの方がありがたいし、なんとなくだが落ち着けた。
列車が止まる近くの町へ赴き、切符を購入して重々しい乗り物へと足を踏み入れた。
鬼殺隊に入る前も、私は列車に乗ったことがなく、初めて見る列車の光景にキョロキョロと眺め回してしまう。

「列車に乗るのは初めてなのか?」
「あ、はい。すみません」

あからさまな反応をしていた私に振り向いた煉獄さんは小さく笑った。子供のようだっただろうか、恥ずかしい。とは言え、煉獄さんは私を子供のように扱っている気もしていた。
屋敷から飛び出した私に詰め寄ったのも、きっと私にはまだ早いということを伝えたかったのだろう。一人前にはほど遠い。早く、早くもっと強くなりたい。

「ほら」

が、そんな私の気持ちとは裏腹に、動いた列車に揺られる中で煉獄さんは私に香ばしい匂いを漂わせるお弁当を差し出した。
列車が動いた後、どこかへ行ってしまったと思えば、これを調達してくれていたらしい。朝早かったから、どこかで食べようと言われ、朝食という朝食は食べていなかった。

「すみません……」

これも、本来ならば私が気を利かせないといけないものであるのに、まるで役に立てていない。
謝りながら差し出されたそれを受け取ろうとすれば、そのお弁当は引っ込められた。私に渡すつもりではなかったのだろうか、とんだ勘違いをしてしまったのかと煉獄さんを見上げた。

「違うな」
「え、あ、すみませんでした……」

やはり、私へではなかったらしい。であるならば、煉獄さんが『ほら』と私に差し出した意味に疑問が残るのだけど、こういうものがあると教えてくれただけだろうか。都合よく解釈してしまってことに居た堪れなくなり俯いて謝罪した。穴があったら入りたい。席も、隣でない方がいい気がしてしまう。車内は空いているし、一人で広々と座れそうだった。

「どこへ行く」

ガタゴトと揺れる列車に揺られながら、移動を試みようとすれば、私の腕はがっしりと掴まれ座席に座らされる。

「……広々と使った方がいいと判断しました」
「なるほど。ではその必要はないと伝えておこう。それと、『すみません』ではなく『ありがとう』が正しい返答だ」

見上げた先の煉獄さんは、いつものように私へ指導する声色とは変わらないのだけれど、表情はその時よりも幾らか柔らかい気がした。
口をギュッと噤んでいる私に煉獄さんはやり直すように私の目の前へお弁当を差し出した。
煉獄さんとその手に持たれているお弁当を交互に見比べる。

「ありがとうございます」
「ああ、どういたしまして!」

お礼を言った私へ煉獄さんは満足そうに笑い、自分の分のお弁当を食べ始めた。美味い、と度々大声で感想を述べる煉獄さんを横目に私もお弁当へ箸をつける。確かに美味しいのだけれど、未だに煉獄さんと休暇を共にしているという事実に慣れず、私はずっとふわふわとしたままだった。  


彷徨う紅