秋暁、揺らり旅

通常、窓際の席というものは目上の人間が座るべきなのだろうけど、列車に乗ってそのまま煉獄さんへついていくように何も考えずに座ってしまったから、私の左側には深緑から真っ赤に染まった木々が流れていた。
黄金色になった稲穂が辺り一面に広がり穏やかな景色を私が独り占めしているような気分だった。
座席を変えるのは、今更だろうか。こんな時まで判断が鈍い自分が情けない。

「どうした?」
「えっ」
「気分でも悪いのか?食べすぎたか?」
「いえ、全然まだ……」

煉獄さんが私へ手渡してくれたお弁当はまだ半分も残っている。一人前の量を食べきれないほど少食ではないし、お弁当はむしろ頬がとろけ落ちそうなほどに美味しかった。

「溜息を吐いていた」

隣に座る煉獄さんからしかと小さく言葉が放たれた。煉獄さんの手にはすでに空のお弁当箱が持たれ、乗務員の女性に空箱はこちらへ、と柔らかく案内され袋へと捨てていた。その様子を呆然と見ている私に煉獄さんは再び私へ振り向き目を細めた。
煉獄さんが目を細める時は、無茶をする隊士に怒る時や鬼と対峙し、その標的を見据える時でしかないのだが、今の表情はそのどれとも違った。心なしか眉を下げ、都合のいい解釈だろうか、心配をされているように見えた。

「君が思っていることを教えてほしい」
「……」
「なんでも聞こう」

この旅の目的は、煉獄さんの屋敷から抜け出した私を気遣って立ち上げてくれたものなのだろうかと頭を過る。
もう煉獄さんへ面倒をかけることなんてしたくないと飛び出してしまったことで、反対に迷惑をかけている、そんな気がした。この人は優しいから、抜け出したことには多分もう怒っていなくて、逆に気にしてしまっている私を励まそうとしてくれている。真相はきっとこういったものなのだろう。

「わからなくて」
「何がだ?」
「その、煉獄さんの考えていることが……」
「ふむ、君は読心術を心得たかったのか?」
「そうじゃないです!ただ、どうして煉獄さんのような人が私に付き合ってくれるのかなと……」

面倒見がいい人だから、それこそ私なんかより見込みのある隊士は沢山いて、その隊士たちへ稽古につくことだって沢山ある。今のところは逃げ出してしまう人間が続出ではあるけど。
膝の上に置いたお弁当の端をギュッと掴み俯く私を見据える煉獄さんの視線が痛い。じっと見られると変に緊張してしまう。

「俺は、皆と変わらない人間だぞ」
「変わらない、は過小評価です」
「そうじゃない。例えば、君と同じように悩んだりだってする」
「……、何に悩むんですか?」

私が知る煉獄さんは、いつも堂々としていて隙のない人だ。だから、少しだけ驚いたけど、でも確かに悩まない人間なんているわけはないと瞬時に改めた。多分この人は、私のような人間に弱いところを見せていなかっただけだ。
教えてくれるなんて、そんなことは微塵も思っていなかったけど、尋ねながら控えめに顔を上げれば、数刻の間、その暖かい瞳とじっと瞳が交わる。

「…………」
「……?あの、」
「それはまだ早いな」
「はあ、?」

表情は変えずとも頭の中では何かを考えていたのだろうか。思わず怪訝な表情を浮かべてしまった。
そんな私に煉獄さんはうんうんと一人何かに納得するように頷いた後、息をゆっくり吐いて優しく笑ってみせた。

「俺は人並みに嗜好もあるし、変に溝を感じないでいい」
「いやっ感じますよ、というか立場が……」
「その栗の天麩羅、美味かったぞ。冷たくならない内に食べた方がいい」
「あっえ、はい」

私の膝下に置いてあるお弁当の中身を指差して、話はもう終わりだと言わんばかりに腕を組み目の前を見据え始めた。目の前は、何もないのだけれど。
結局、よくわからなかった。よくわからなくて、やっぱり私はふわふわしたままだけど、栗の天麩羅は本当に美味しい。
窓の外に広がる艶やかな景色に揺れる列車の音とお弁当の匂い、時折聞こえる汽笛の音が心地良かった。こうしてゆっくりするのは久しぶりだった。むしろ、鬼殺隊に所属してからは町へ出かける、なんて日常を送れるとは思っておらず。

「……えっと、」

ふと、視線を感じて隣を見上げれば、バチっと大きい瞳と目が合い口籠る。やはり席を変わった方がいいのだろうか。そもそも視線を感じていたことも自意識過剰だろうか。悶々と頭の中を張り巡らせていると、口角を上げ柔らかい表情を見せた煉獄さんに心臓がどくりと飛び跳ねた。

「普段の君を知れたようで嬉しい」
「普段の私……?」
「あまり笑わないだろう」

穏やかなその表情と声色に胸が騒つくけれど、それどころではない。数刻前の自分を必死に思い出そうとするけど、笑っていたかそうでないかは定かではない。美味しいものと眺めのいい景色に知らず知らずの内に笑ってしまっていたのだろうか。それってかなり気色悪かったんじゃないかと途端に恥ずかしくなってきた。

「すみません……」
「なぜ謝る」
「その、色々と。気を遣っていただいたりと」
「遣っていない。俺がそうしたいだけだ」

普段、凛々しく戦場に立ち刃を振るうその姿とは一転、煉獄さんのいう『皆と変わらない人間』のように、年相応の男の人のような笑顔に見えてしまった。
そんな笑い方もするんだなと、胸の奥にむずむずとした感覚が染み渡った。
それ以上煉獄さんの顔を見ることができずに、小さく頭を下げて残りのご飯へありついた。
多分今の私は、この紅に染まった外の景色に紛れることができそうだと思った。
早く目的地に着いてほしい、と心臓を煩くさせながらやっと止まった駅で降りると、人の乗り降りも盛んなかなり大きな町だった。

「賑やかな町ですね」
「そうだな」
「人が沢山……」

宇髄さんに教えてもらったという温泉はもう少し先で、今日はここで一泊して行くらしい。私が漠然と決めてしまった目的地ではないけれど、ここだけでも十分に休暇が楽しめそうだった。
行き交う人は洋装で着飾っている人が多く、その華やかさに無意識に目で追ってしまう。子供のように興味のそそられるものへと視線を運ばせ、その人が私の目の前を横切り真横を向いたことで隣にいた煉獄さんの存在が目に入り、はたと追うのをやめた。

「……すみません」
「君はすぐ謝るな」

田舎から出てきたばかりのような反応で、恥ずかしいところを見られてしまったと肩を竦めて呟けば、暖かい声が頭上から降ってくる。
多分、今顔を上げてしまえば、折角おさまった列車での胸の騒つきが瞬く間に戻ってきてしまうだろう。

「空いている宿を探さないとな」
「あ、私が探します!探してきます!煉獄さんはゆっくりされていてください」
「断る」

ずっと気を遣ってもらっていたのだから、ここぞとばかりに役に立とうと居た堪れなさに伏せていた顔を上げ、私を見据えていた煉獄さんへ名乗りでるように声を上げた。のだけど、煉獄さんは私の主張を一言で一蹴した。
いつも、必要最小限の使用人が仕えている屋敷でなら私がしようとすることに『それはありがたい』『頼む』と頷いてもらっていたけど、あからさまにはっきりと言葉通り断られたことはなくその勢いにたじろいだ。

「離れたら君と休暇に出た意味がないだろう」
「休暇に出た意味、」
「折角だ。町を回りながら探そう」
「…………」
「回りたいのだろう?」

その優しい笑顔に、顔に熱が走るのを感じて目を逸らしてしまった。ただ、滲み出る懐の広さに優しいだけではなくて、包容力のあるお兄さんのように見えて。
煉獄さんには弟がいるけど、途端にそのように扱われてしまっているのかと心の中で息を吐いた。

「ありがとうございます」

謝ったら、また指摘されそうだと教わった返答をしたけど、その時煉獄さんがどんな表情をしてくれたかはわからない。
 


決して染まりすぎず