秋暁、揺らり旅

鬼殺隊に入ったのは、女性としての身だしなみや風貌を気にしだす前の話で、一心不乱に鬼を追ってからはこうして町の女の子のように店を渡り歩くことができるとは思ってもみなかった。それも、柱である煉獄さんと一緒に。

「決まったか?」
「!」

こんなに私の自由にしていいのだろうか、と思いつつ煉獄さんは君の行きたいところへ行こう、と促してくれて、私も煉獄さんの様子を窺いつつあっちこっちへと連れ回してしまっていた。人並みに興味のそそられるものがあったことに自分でも驚いた。
途中、煉獄さんも好きなところへ、とは聞いてみたけど返答は『好きにしている』だった。もしかしたら、私のことを知りたいと思ってくれているのだろうかとほんの少しだけ自意識過剰になりつつ入った反物屋で、折角だから羽織にできる生地を買っていこうと私が悩んでいる間、煉獄さんは店の人と仲睦まじげに会話を進めていた。この反物屋だけではなく、煉獄さんはよく店の人へ自ら話しかけている。そしてあらゆるところを褒めちぎる。その社交性の高さに私は感心させられていた。
ただ、ずっと私の隣にいるわけではないことにほんの少しだけ安堵していた。やっぱりずっと隣にいられてしまうと緊張してしまうし、何よりまじまじ見られていると恥ずかしい。
そんなわけで、この広い反物屋では畏ることもなくゆっくり過ごせていたのだが、ゆっくり過ごしすぎたのだろう。私が意識していなかっただけだけど、音もなく現れた煉獄さんにあからさまに肩を震わせた。

「ああ、急に声をかけてしまったな。すまない」
「いえ、こちらこそ……!」

悪気はなかったのに、謝らせてしまった。肩を竦めながら私もぺこりと頭を下げると、煉獄さんは私が手にしていた生地をそっと奪い取った。視線の先の生地がなくなり、パッと顔を上げると煉獄さんは畳んであった生地を広げ始めた。

「いい生地だな。軽くて動きやすそうだ」
「はい、とても」
「柄はこれでいいのか?」

大きい反物屋なだけあって、柄も豊富に取り揃えられていた。どこかで見たような市松模様の柄や亀甲柄まであってその人たちを思い描いてしまう。彩り豊かな生地が広がる中で選んだのは、深い紅に染められた紅葉が散る様に刺繍されている生地だった。
こうして煉獄さんと休暇に出ることなんて、この先ないだろうと決めつけ思い出に残るものがほしかった。この模様を見ればこの日のことを思い出せそうな、そんな意味を込めて。
我ながら安直だとは思いつつも、今日のことはきっと私の中でかけがえのない思い出としてずっと心の中に残る気がした。

「はい」
「なら、早速仕立ててもらおうか」
「はい……、えっ?」

思わず流れで返事をしてしまったけど、私が決めた生地を持って背中を向ける煉獄さんにその場で立ち尽くしてしまった。
ついてこない私に気付いた煉獄さんは振り返り、何をしている、と一言告げる。それは、断然こちら側の台詞なのですが。

「すぐ着たくないのか?手にしていると荷物にもなるだろう」
「あ、なるほど……」
「すみませんが、彼女の寸法に合わせこれを仕立てていただきたい」
「かしこまりました」

テキパキと進めていく煉獄さんに中途半端に口を開いたままついていき、店の人へ生地代を支払うのを呆然と眺めていた。それでは失礼します、と測りを身体に当てられ流される様に腕を上げた。

「……えっ?」
「なんだ?」

寸法を測られながらも、止まっていた頭を回転をさせ我に返る。さらりと煉獄さんは今、私の代わりに懐から出した小銭で生地代を払ってくれたけど、決して私は代わりに払ってもらう様な人間ではないしその理由もない。

「あの、」
「ああ動かないでくださいね、腕は上げてて」
「あ、すみません。あの煉獄さん、お金、」

一歩、煉獄さんへ歩み寄りながら自分の懐からお金を出そうとしたけど、寸法を測るのに私の動きはそぐわなかったらしくやんわりと制され、ピシ、と腕を上げたままにした。
私の片言な単語に煉獄さんは口角を上げたまま、ああ、と意図に気付いてくれたようだった。

「記念と礼だ」
「“礼”?」

聞き間違いだろうか、けれどもそうではないらしい。復唱した私に煉獄さんは大いに頷いていた。

「はい。では明日にはできますので、明日以降取りに来てくださいね」
「ありがとうございます。では行こうか」
「あっ、ありがとうございます」

全くもって意味がわからないと首を傾げていれば寸法を測るのが終わり、引換券のようなものを手渡され、お店を出ていく煉獄さんの後へ慌てて続いた。
外に出ると辺りは薄暗く、昼の穏やかな町並みから夜の奥床しい町へと移り変わる頃だった。からっとした風が吹いて前を歩く煉獄さんの羽織が揺れる。

「煉獄さん」
「どうした?」
「どうしたもこうしたも、お金、払います」

意図はわからないけど、自分が今後使うものなのだ。それに、あの生地は結構した気がする。いい反物屋であったしそれなりの値段であることは記念ということもあり私も覚悟していた。
柱である煉獄さんからすれば痛くも痒くもない額だろうけど、私の為に使うものではない。
斜め後ろを歩きながらおぼつかない手つきで大体の額を出そうとすると、立ち止まって大きな手でそれを止められた。

「今更受け取ると思うのか?それを」
「……受け取って、いただきたいです」
「嫌だな」

確かに、一度なにか考えがあって払ってくれたものを後から払いますと言われたところで受け取りたくはないだろう。それでも、ここに来て私は良くしてもらってばかりだったし、何しろ、煉獄さんから何かを貰う、ということに浮ついた私の心情が募りに募ってしまう。色恋に惚けているなんて恥ずかしいことこの上ないのに、常時羽織るつもりだったものにそうして付加価値が足されると、羽織ることなんてできなくなってしまいそうだった。

「礼だと言っただろう」
「私、煉獄さんに礼を言われるようなこと、してもらうようなこと、一切してません」
「休暇に付き合ってくれた礼だ」

凛としていた表情が、包み込んでくれるような穏やかなものへ変わった。胸の奥からじわじわと熱がこみ上げてくるような表情に、返そうと思って出したお金も仕舞わざるを得なくなる。
まるで、私が煉獄さんの我儘に付き合っているような言い方だ。誘われたのは私であることに間違いはないけど、それは煉獄さんの気遣いが大半であることは私の頭の中から拭えない。上手く言いくるめられているような気もしてしまうのだけど、煉獄さんの口にしていることが嘘とも思えない。複雑な心境を抱えつつ、お言葉に甘えて、と小さく呟けば煉獄さんの手は私の手からそっと離れた。

「仕立て上がるのが楽しみだな」
「はい」
「日も暮れてきたことだ、宿を探すぞ。この辺りに二軒、町の中心部に大きい宿が一軒あるようだ」

歩きながら話す煉獄さんに、訪れたお店でただ話をしていただけではなく宿について触れていたらしく、つくづく私は呑気に一人で楽しんでしまっていたのだと思わされた。
大きい宿となると、ここからでも景観の一部が垣間見える背の高い旅館のような建物だろうか。
外観からして高級感を漂わせているけど、その分静かに過ごせそうではあった。

「この辺りの宿を回ってから……、」
「やめてください!」

一先ず教えてもらった二軒に足を運んでから、と煉獄さんの指示を最後まで聞いていたが、それは途中で女の人の声に掻き消された。
意思をハッキリと示したその声を辿ると、調剤屋の前で男の人二人に手を取り絡まれている綺麗な女性だった。
 


その身を包み込む熱