秋暁、揺らり旅

「ああん?ぶつかってきたのはお前だろうが」
「私は避けました。そちらがわざとぶつかってきたのでしょう」

遠目でもわかるほどに、綺麗に仕立て上げられた高そうな着物に身を包んだ女の人だった。歳は多分、私と変わらないくらいだけれど、髪も綺麗に纏められていてその身なりは私とは似ても似つかなかった。鬼殺隊に所属して、身だしなみに気を使うほどの余裕がないといえばそれまでだけど、例えば、胡蝶さんや甘露寺さんはいつだって綺麗で“女性らしさ”というものが会えばいつだって窺えていた。かっこよくて強くておまけに美人で可愛らしさも兼ね備えている。刀を持っているから私は見窄らしくても仕方ない、という言い訳はできない。
ただただ私は誰もが振り返って二度見てしまうような美人ではない、わざとぶつかって男に手を引っ張られて何処かへ連れて行かれてしまうような美貌を持ち合わせていないだけである。けれども道の少し先で繰り広げられている揉め事を目の当たりにしていると、それほどの美人でなくてよかった、なんて思ってしまう自分もいた。美人には美人なりの気苦労がある、といつしか胡蝶さんが話していたのを思い出す。町で輩に声をかけられていた胡蝶さんへ「綺麗だから」と話せば返ってきた言葉だった。その輩は胡蝶さんの手刀で一発気をやっていたのだが。

「失礼!困っているようだが」

そんなことをたらたらと思い出していれば、隣にいたはずの煉獄さんがいつの間にか調剤屋の前で腕を掴まれていた女の人を庇うように割って入っていた。男がやけに大柄であった為か、町の周りの人たちは誰も助けることもできずにいて、周辺に微妙な距離感だけが生まれていた。

「ああん?誰だおま……っでえ!!」
「みだりに女性に触れてはいけない」

突如割って入った見ず知らずの男に対し、それ相応の反応だった。不機嫌そうに顔を歪ませながら煉獄さんへ食ってかかろうとすれば、煉獄さんは男の腕を掴んで女の人から手を放させた。煉獄さんは顔色一つ変えていないけど、腕を掴まれた男の表情からするに、骨が軋んでいそうだ。
鬼に襲われている人は、それが使命であるから当然助ける。目の前に立ちはだかる。けれども、煉獄さんは“鬼殺隊であるから”人を助けるのではなく、困っている人がいたら助けることが道理なのだろう。そんな人だから私も憧れて、それだけでは抑えられないくらい好きになった。

「うるっせえよ放せ!関係ねえだろうが!」
「あるな。見ていてとても不快だ」
「ならさっさと消えろ!」
「“俺が”か?」
「……っ!!」

いつも人一倍大きくて温かい声のはずが、冷えてきた空気に浸透するように煉獄さんから零れ出た。
しん、とその場が静まり返り、パッと煉獄さんが男の腕を放すと悔しそうに頬を引きつらせながらもその男はそそくさと細道へと消えていった。徐々に足を止めていた群衆も各々動き出しいつもの日常へと町が戻っているようだった。
私と煉獄さんとの間には行き交う人で遮られ、煉獄さんが女の人へ声をかけているその隙間から見ていた。

「怪我は」
「ありません。ありがとうございました」

確か私も、あんな風に最初は煉獄さんに声をかけられた。鬼の姿を見て腰を抜かした私に、大きな手を差し伸べてくれた。目の前で起こったことに頭の整理が追いつかず、手を取らない私を煉獄さんから引っ張り上げてくれた。
もう大丈夫だと、笑いかけてくれたあの笑顔に心臓に渦巻いていた不安も怖さも拭われて、感謝してもしきれなかった。去ろうとする大きな背中に、ついていきたくなるのも今思えば必然であった。ただそれは、私のように鬼に襲われそうになったところを助けられた状況でなくても同じのようだった。

「それはよかった!では俺たちはこれで、」
「あの」

お約束だ、なんて、少し先で煉獄さんに腕を絡ませる女の人を見てそんなことを思ってしまった。

「この辺りで見かけませんが、町の人ではございませんよね?」
「ああ!観光に来ている」
「まあ、宿はお決まりで?」
「今探しているところだ」

刻みよく会話が進む。絡まれた腕を煉獄さんは無理やり解こうとはしない。話が終われば放すのだろうと、そう考えているのだろうけど、私にはわかった。あの女の人の瞳は、獲物を狙う目だ。易々と会話さえ終わらせる気もないのだろう。

「でしたら、今日はうちの宿に泊まって行ってくださいな」
「うちの宿?」
「ええ。ここから少し見えるあの宿です」

片手で指をさしたその場所は、さっき私も目にしていた外装の凝った町の中心部に位置する旅館だった。
ずっと煉獄さんから手を放さないでいるその人は、高級感がひしひしと滲み出ているあの旅館の、娘さんということだ。
美人で、瞳は獲物を狙っているように煉獄さんを見据えているけど物腰は柔らかい。旅館を指差した時の仕草もどこか上品で、ああ、なんだか煉獄さんの隣に合っているな、とも勝手に思ってしまった。
今まで、煉獄さんとそういう話なんてしたことはないしできるような関係でもないけど、ふと煉獄さんにはそういう人はいるのかとこんな時に気になってしまった。鬼殺隊に所属していたって、宇髄さんなんかはお嫁さんが三人もいるし色恋沙汰は珍しくはない。私のような出来損ないはそんな暇はないのだけど、明日の命だって保証されていない毎日で大切な人ができたっておかしくはない。私に見せていないだけで、そういう人がいてもなんら不思議ではないことなのだ。

「お部屋も空いてますので」
「それはありがたい!

私とは違う人なのだ。同じ、と話していたけど、やっぱり横に並ぶことなんてできなくて。
この場にふさわしくもない考えを振り払い、呼ばれた声に我に返れば煉獄さんは私を手招きする。同時に旅館の娘さんも私を見やり、僅かに小首をかしげた。

「部屋、空いているようだ!」
「あ、でも私は何もしていないので」

きっと、部屋は同じというわけでもないし、同じ宿に泊まる必要はない。そもそもあの旅館は見るからに高そうで、高貴な人たちが泊まるような旅館のようで私はそんなところに泊まれない。煉獄さんもずっと私につきっきりであったから、これで一人になれる理由もできた。私は私で小さい宿でいい。
それから、煉獄さんが誰かに言い寄られているところをあまり見たくない、なんていじましい自分もいる。
だから、明日の時間だけ決めてここで私は頭を下げようとしたけど、私が思っている以上に旅館の娘さんは気立ての良い人だった。

「お連れ様がいらしたのですね」
「ああ。いいだろうか」
「勿論です。お代も要りません」

私はここから離れようとしたものの、物腰柔らかくそう言われてしまえば断りづらくもなってしまい、そのままの流れで人生で一度や二度あるかないかの豪勢な旅館へ泊まることとなってしまった。
こちらです、と案内を始める娘さんはさりげなく煉獄さんの手を握る。恋をしているのだと見て取れる。その中で、煉獄さんの連れだという私に対し敵意も何も向けられていないのは、そういう目で見られていないからだろう。
煉獄さんが優しいのは、私にだけではない。わかってはいるし、それが当然であるけど、胸の中に冷たい風が吹いて葉を散らしていくようだった。
 


数歩前で舞う