秋暁、揺らり旅

途中、景色が見やすいようにと煉獄さんは席を交換しようとしてくれたけど、頑なに首を縦に振らない私に折れてくれた。私がこっちの席でいい理由は、景色を見ているフリをしてただただこの人を見ていたいだけだった、というのもあるのだけど。

「旅館で頼んだりしたら出てくるんですかね」

笑っているところが見たかった、と、自惚れでなければあんなに慈愛に溢れた表情で言われてしまってはうだうだと旅行の意図を考えていた自分が馬鹿らしくもなってしまった。これも煉獄さんのお陰と言ってしまえばそうなのだけど、さっきまでの緊張が解けた私と煉獄さんの間に一日目のような重々しい空気はなかった。そんな空気を纏っていたのは最初から私だけだったのだけれど。

「季節柄あるかもしれないな」
「お味噌汁とご飯、どっちかにしませんか?」
「なら味噌汁だな」

自分でも驚くほどには、普通の会話ができていた。元々、私が屋敷を飛び出して煉獄さんに怒鳴りつけられる前まではこうしてたまにではあるけど他愛も無い話をしていた気がするのに、なんだか新鮮な感覚がしてしまった。
私の好きな食べ物や趣味、家族のこととか、目的地に着くまで沢山話をした。長い間一緒にいて稽古についてもらっていたけど、その時間ほどお互いのことを知らなかったのだと改めて感じた。

「お屋敷では頼まないんですか?」
「頼まない。食べたくなったら自分でどうにかする」
「……なるほど」
「そうだ、芋を植えるか」

なんとも彼らしい考えだと思いつつも、後者の言葉も彼だからこそでてくる発言だと思った。隣に座る煉獄さんは真っ直ぐ、どこを見ているのかはわからないけれど楽しげに口角を上げていた。
煉獄さんを見上げていた私の視線に気付いたのか、その瞳はどうだ、いい考えだろうと言わんばかりに私と交わる。

「や、屋敷に?」
「それ以外にどこがある。運動にもなる」
「運動になるほど植えるんですか?」
「皆で食べられるだろう。稽古が終わった後に芋を焼く」

ああ、この人はやっぱり、自分がどうこうという話ではなくて、自分のことを慕う隊士に世話を焼きたいのだと、根っからの長男気質であることが窺えた。
煉獄さんの生家に私は足を踏み入れたことはないけど、きっと弟の千寿郎くんにも柔らかい笑顔を向けながら、後ろ姿は凛々しく逞しい様を見せていたのだろう。自慢のお兄さんだ。そして私にとっても、煉獄さんは自慢の師範だ。

「来年が楽しみですね」

こうして和やかな雰囲気でいれることはこの先あるかはわからないけど、私はずっと煉獄さんの元で刀を振るっていたい。これも甘えになってしまうのかもしれないけど、来年も再来年も、その先もずっと、鬼が消えない限りは煉獄さんに稽古をつけてもらいたい。
あの時、屋敷を飛び出してしまった自分を戒めた。一緒にいることで気持ちは募らせてしまうけど、多分、その方が強くなれると思った。守られてばかりだけど、私もこの人のことが守れるくらいに強くなりたい。

「秋は毎年賑やかになるな」
「はい」
「刀を持つことがなくなってもだ」

穏やかに話す煉獄さんをそっと盗み見ると、その眼差しは自身の願う未来を見据えているような眼だった。
刀を持つことがなくなったら、私はこの人の側にいることができるのだろうか。鬼殺隊がなくなってしまえば、私は多分今は誰もいない実家に戻って一人暮らしていくのだろう。でも、一年に一度、そうしてまた煉獄さんと会えたりしたら嬉しいけど、もし煉獄さんの隣に煉獄さんが思う人が現れたりしたら、儚くもなりそうだ。
例えば、どういう人なのだろうと昨日煉獄さんが旅館の女性に話していたことを思い出そうとしたところで、独特な匂いが鼻を掠めた。

「温泉……?」
「そろそろだな」

腕を組んでいた煉獄さんが列車の窓を僅かに開けて風を通す。田畑が広がる景色の奥ではもくもくとそれらしい湯気が立ち上り、宇髄さんに教えられて目指していた温泉宿はすぐそこのようだった。
窓を開けたおかげで微量な風が窓際に座っている煉獄さんの髪を揺らした。温泉の匂いと、ちょうど私の顔にあたりそうな髪の匂いが混ざってこそばゆくなる。

「寒くないか?」
「っ!、あ、」
「どうした?」
「はい、あの、刀鍛冶の里みたいですね」

ぼうっと、そのまま花の蜜に誘われる虫のように顔を近付けてしまっていた。こちらへ顔を向けた煉獄さんと至近距離で目が合い即座に距離を置いたはいいものの、あからさまに狼狽えた。
気が動転したまま、一度だけ訪れたことがあるその場所を口にすると、煉獄さんは瞬きを繰り返してから口の端を上げる。

「ああ、あそこの温泉もいいな」
「はい」
「そこにも行こうか」
「……あそこは旅行のように行ける場所ではないですよね?」
「はは、そうだったな!」

快活に笑う煉獄さんにつられ、私も自然と笑みが溢れてしまった。
今のは、冗談だったのか、本当にまた私を誘ってどこかへ行こうとしてくれたのか。思いつきで口にした前者なのだろうけど、その思いつきであっても私の名前が上がるのであればそれは光栄なことだった。煉獄さんさえよければ、私はどこへでもついて行きたかった。
山奥の町の手前で列車が止まり、温泉宿には山道を歩いていくようだった。
観光名所のようで、町までは少し歩くようだけどその道中も出店がや屋台が立ち並んでいて足を止めてしまうようなものばかりだった。

「あ、煉獄さん」

温泉卵や温泉饅頭、といった如何にもな食べ物が沢山ある中で歩みを進めていると目に入ったものがあった。今の時期に来てよかった。
隣を歩く煉獄さんへ声をかけて見かけた屋台に指を差す。

「食べて行きませんか?」
「名案だな!」

名案、は、大袈裟な気がしてしまうけど。
折角煉獄さんの好きな食べ物が焼き立てで食べることができるのだ。もしかしたら宿でも食べることができるかもしれないけど、折角だから。一日目の自分よりも随分と周りも見えていて、この雰囲気も心地が良かった。
『焼き芋』と木の板で立てかけられた屋台へと足を進め、手早く勘定を済ませて煉獄さんへ一つ手渡した。これは羽織のお礼。比べてしまうと、些細な金額ではあるけど貰いっぱなしでは気が引けた。

「払わせてください」
「ああ、では有り難く頂こう」
「……、どういたしまして」

私の思いを汲み取ってくれたのか、予想外にすんなりと了承してくれた。ただ、その表情だけはやめていただきたい。
稽古の時では考えられないほどに穏和な面持ちを見せてくるものだから、私の心臓が忙しくなってしまう。目を逸らしてから、簡易的な休憩所のような場所を指差しあそこに座りませんか、と一声かけた。
胸の鼓動が煩くなってしまうと、折角落ち着いて周りが見えるようになってきたのに何も考えられなくなってしまう。
空いている椅子に腰を下ろして一口ほくほくとしている焼き芋を頬張った。柔らかくてあったかくて、甘い。

「うむ、美味いな!」

充満している温泉の匂いと穏やかな周りの会話の声に頭を空にして食べ進めていると、どうやら煉獄さんはもう食べ終わったらしかった。
ぼうっとしていた意識を戻せば、煉獄さんの手にそれはもうない。相変わらず早いなと思いつつ、我に返った先の視線で、甘い雰囲気を醸し出す男女も同じく私たちのように焼き芋を食べていて、その近さと自分と煉獄さんの近さを見比べてしまった。
同じだ。
あまり意識はしていなかったけれど、私たちもああいう風に見られていたりするのだろうかと不意に脳裏を過る。列車では座席自体が狭かったからあまり気にしなかったけど、すぐ近くで女の人が男の人へ焼き芋を食べさせている恋仲であろう二人と座っている距離感は煉獄さんと一緒であった。
それを思うと、今更ではあるけど無性に恥ずかしくなってきて、そっと距離をとって座りなおしてしまった。
けれど、そんな私の行動に不思議に思ったのか、はたまた私が何か理由があって少しずれたと解釈したのか、煉獄さんは当然のように少しだけ離れた距離を詰めて座りなおした。

「……あの」
「なんだ」
「近く、ないですか」
「近い?何がだ」

まだ温かいままの焼き芋の包みをギュッと握った。
私は、別にいいのだけど。煉獄さんがそう見られてしまってははた迷惑だろう。

「距離が……」
「……」
「そういう風に、見られてしまいます」

視線を泳がしながら、前方に座っている男女へ視線を運んだ。私が目を向ける先を煉獄さんも追って、私の言いたいことを理解してくれたのか、ああ、と声を上げた。

「それは光栄だな」

焼き芋の美味しさと温泉の香り、平穏な日常を思わせる会話に私の心は穏やかになったと思ったのに、きっと今煉獄さんを見てしまえば私の心臓はまた煩くなってしまう。
俯いた足元に、ひらひらと真っ赤に染まった紅葉が舞い落ちた。  


されど散らぬ想い