「どうします?生きてますけど」
鬼を狩ることが俺の生きる理由だった。鬼のいない世界になった時、自分はどうなろうがどうでもよかったしそんなことは考えもしなかった。ただ、あいつさえ生きていればそれでいいと、そう思っていた。あいつの為に鬼の頸を刎ねてきたことは意味があったのかと時折考えさせられる。
やっと俺がこの組織に入る理由であった元凶も討ち破り、平穏な生活が送れると安堵したのも束の間、まだ鬼の存在は途絶えていなかった。しかし、どこかそれに生きる目的を見出していた自分がいた。
「よくこれで息があるもんだなァ」
そんな自分のめんどくせえ話はどうでもいい。ただ、恐らく自分で命を絶とうとしたであろう目の前で死にぞこなっているこの娘を見てそんな考えが頭に浮かんできてしまった。生きる目的もなくなったが故に、飛び降り自殺でも計ったんだろうが、そいつにはまだ息があったらしい。
「かろうじて…」
首元の脈を確認するのは俺の継子である雪生。何の役にも立てなくてすみませんと戦いの後、俺に泣きじゃくっていたのは記憶に新しい。
絶えない鬼を狩る為に継子であるこいつと共に鎹鴉からの命を受けて鬼の討伐に向かった山奥。苦戦を強いることもなくあっさりと頸を刎ねて今晩は麓の藤の家に世話になろうかと話をしていたところだった。鬼ではないが、こんな山奥に人がいる気配がした。その気配を辿って草原を掻き分けて探していると、見つけたのは一人の女だった。
生きているから気配はしたんだが、頭に血を流し、着ている衣服は木の枝に引っかかったのであろう引き裂かれて身体の傷が表に出ている。
鬼にやられたわけでもなければ、俺は医者でもない。こいつ以外に人の気配はなかったから突き落とされたわけでもないだろう。ここで死ぬのはこいつが決めたことだ。
「落ちた時はまだ意識、あっただろうな…」
雪生が呟いたそれは、幸か不幸か打ち所が悪くなかったということ。その分、こいつは今は気は確かではないが死ぬほど痛い思いをしたくせに死にぞこなった。大損だな。ただの馬鹿だ。
けど。
「連れてくぞォ」
死にたいなら、頭から落ちればよかっただけの話。頭を強く打ち付けりゃあ日の光を遮るよう生茂る木がその勢いを緩めたところで関係ねえ。少なからず、生きたいという意思があったはず。どうするもなにもそんな人間、見捨てることなんかできやしない。例え死んでしまおうと思った奴だったとしても。助かる人間を助けないなんてそんなことは、鬼がやることだ。一緒になんてならねえ。見殺しになんかさせねえ。
「まあ、そう言うと思ってましたよ」
最初からわかってましたと言わんばかりに息を吐く雪生を他所に、すぐにでも息が止まっちまいそうなそいつを抱え上げた。随分と軽い。こいつ自身まだ幼さが残る顔立ちをしているからそれなりの歳なんだろうが、それを加味しても多分平均よりは軽いだろう。痩せ細っている。抱え上げたことでこいつが今までどういう状況だったのかが薄々頭の中に浮かんできて、鬼を狩ろうともこうして一人の娘が死んでしまいたくなるほどの世であることに明るい未来だとか平和な暮らしだとか、そんなもんはあるのかと頭を過ぎった。
藤の家で休むと同時に、医者を呼んでもらった。そう長く待たずに現れた医者はまず俺たちを診ようとしたが診てほしいのはそっちだ、と親指で軽い手当てだけして寝かせたその娘を指した。すると医者はその重症さに見ただけで気付き手早く診察を始めた。途中、できれば部屋から退出するように、と言われた為その通り部屋を出た。部屋の外で壁にもたれながら窓から顔を覗かせる儚げな月を眺めていた。
「何で俺たち、部屋から出されたんですかね。感染症とか?」
「服」
「服?」
「脱がすだろうがァ」
「…ああ、なるほど!でも、まだ子供でしたよね?」
「そうでもねェだろ」
抱え上げる前は確かに子供かと思ったが、それなりに女らしい身体ではあった。血を流した頭部と着物が破かれたところだけは手当てしているが、他の部分となると多分あの娘が起きた時にそういうことを気にするだろうからと部屋から退出させられんだと予想がつく。
「終わりました。危なかったですが、もう心配は要りません。五日は安静にしていれば大丈夫でしょう」
「本当ですか!」
「はい。時期に意識も戻ると思いますので、その時は優しく声をかけてあげてください」
「わかりました!ありがとうございます!」
どれほど時間が経ったか、もう窓からは月が見えなくなった頃、部屋から医者が道具を持ってでてきた。無事に治療は終わったらしい。我先にと様子を見にいく雪生に俺も医者に軽く頭を下げて部屋に入った。
布団の隣には着物が畳まれているが、その擦り切れ具合が綺麗畳まれていることへの不自然さを物語った。どうやら屋敷の浴衣に着替えさせられたらしい。
「顔色良くなってる気がしますよ」
「そりゃよかったな」
雪生がそう言いながらその娘の頬に手を添えると瞼がぴくりと動いた。折角寝ているんだから無理やり起こすなよと告げようとしたが、その前に娘の瞼は開かれた。
意識が完全に戻っていないのか、ぼうっと目を瞬きさせている。
「……!っ…」
「ああ、まだ寝てた方がいいよ。三日は安静にしてないとって医者が言ってたからさ」
「……」
完全に目が覚めたのか、突然起き上がろうとしたそいつは脇腹を抑えていた。雪生が声をかけて息を整えるその娘の側に俺も近寄って目線を合わせた。
「お前、名前は」
「……」
「なぜ死のうとした」
「……」
「まあまあ実弥さん、細かいことはおいおいでいいじゃないですか」
「お前は何から逃げてきた」
「…、」
優しくするつもりなんざなかった。ただ、気になっただけだ。こいつが何から逃げてきてどうしてあんなところで死のうとしたのか。こっちは必死に人を助ける為に鬼を狩っているというのに、何があってその命を無駄にしようとしたのかが。
畳み掛けるように言葉を続けると、その娘は口を開いて何か言いたげに小さく動かした。が、言葉は何も出てこない。話す気はあるのかないのか、はっきりしない人間なのか、俺が嫌いなタイプの人間なんだろうかと思ったが、それは多分違った。
「声、でないのか?」
その娘は、その小さな手で己の首元を抑えて震えていた。
死にたいと思ったところで死ねなかった。その中で薄っすらと存在していた生きたいという希望の元、死に損なって運良く生き残ることができたのに。
残されたものが、無慈悲に奪われていくそれはいつだって残酷だ。
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