同じ場所に時を経たずして鬼が二体現れることもあれば、最近は鎹鴉からの指令も滅法ない。もう鬼は全滅したのではないかとすら考えることもあるが、そういう時に見計らうように鬼は現れる。鳥の囀りがやけに穏やかな空気を醸し出す。太陽の日差しが降り注ぐ中でいつ指令が来ても動けるよう素振りを繰り返していた。
「鬼、いない世界にならないですかねえ」
同じく鍛錬をしていた雪生が雲が流れる空を見上げながら隣で呟いた。流れが早く時たま太陽が隠れて日陰になり涼しい風が髪を揺らす。屋敷の縁側では俺たちの様子を何が楽しいのかずっと見つめているがいた。ここのところずっとこうだ。他にやることもないのだろうが、前に楽しいのかと聞けば首を縦に振ったのでそのままにしている。暇なら金を渡して町にでも遊びに行けと言うところだったが、ここで俺たちの様子を見ている方がいいらしい。
町に行けばその内ここでの生活なんて飽きて普通の暮らしに戻ると考えていた。未だに俺は、こうして鬼の出現が減っていくほどについて考える。今はここにいてもいいが、俺たちが必要なくなったその時、どうして行けばいいのか。
「そのために俺たちがいんだろォ」
「一体何体鬼を作ったんだか……。俺、鬼がいなくなったら絶対あの反物屋の子と結婚してやる…」
大切なものは全て失った俺に、残されたものはない。今はまだ、刀を振るう理由が存在しているが、例えば隣で戯言を呟くこいつのようにやりたいことやしたいこと、そんなものは俺の中に存在していない。帰る場所もない。帰りたいと思う場所もない。帰りたいと思う時間、ならあるのだが。
「あ…なんか持ってきましたよ」
頭上から羽を揺らして降りてくる鴉が地面の陰でわかった。何かが入った風呂敷を嘴に引っ掛けている。鴉が止まれるよう片腕を上げた。風呂敷を受け取るついでに足に手紙が引っかかっているのが目に入る。風呂敷を雪生に渡してその手紙を鴉の足から解くと頭上高く飛んで行った。
「なんですか?これ」
「に渡せェ」
雪生の方は見ずに指示だけしてしわしわになった手紙を開いた。縦書きも横書きも関係なく落書きのように言葉が三人分つらつらと記してある。あいつらも早く元の生活に戻りたいだろうに、相変わらず元気にやってそうなのが手紙から伝わってくる。怪我も追ってないから随分とあの屋敷には世話になってない。恐らくあの屋敷では、鬼がいなくなった後もあのまま残った人間達で暮らして行くんだろう。
「靴下だ!」
風呂敷と共に届いた手紙にある考えを張り巡らせていたところ、縁側に座るの隣でその風呂敷を広げた雪生の声が響く。五足程揃った丈の長めのそれはどうやら誰かのお下がりでもなんでもなく新しく買ってきたものらしい。
「実弥さんが頼んだんですか?」
「ずっとそのままだと風邪引くだろうが」
「俺が町に行って買いに行ったのに!!」
「お前は鍛錬に時間を費やせェ」
夜中、屋根の上で一緒にいた時からやはり気になっていた。ただし自分でまた真昼間の町に行って平穏な空気に浸るのも避けたかった俺は蝶屋敷の三人娘に鎹鴉を通して頼んだ。あればでいい、と俺は伝言を頼んだが見たところ新品。送られてきた手紙には”是非その方にお会いしたいです””かわいいの選びました””たまには遊びに来てください”とそれぞれ想い丈が綴られていた。
靴下を嬉しそうに一足一足見比べるに、今度連れて行ってやろうかと思い浮かべていた。
「俺があの子と逢引しながら探したのに…」
「めでてェ頭だな」
「……実弥さんはどうするんですか?」
少し離れた場所での様子を見ている俺に雪生が少し声を曇らせて聞いてきた。どうする、とはつまり鬼がいなくなった後のことだろう。一丁前に上官の心配なんざしやがって、偉くなったものだ。
「後のことなんざ知らねェ」
「……」
太陽が雲で隠れた。日差しが降り注いで来ない辺りは重苦しい空気が流れる。眩いほどの光よりも、俺はこっちの方が今は落ち着く気がした。
鍛錬の続きだ、と踵を返そうとしたところ、左手が緩く引っ張られる。だった。
また何か俺に伝えたいことでもあるのかと、掌を向けようとしたがそうではないらしく、力強く握られる。
「…なんだよ」
ただただ、俺の顔をじ、と見上げる。両手で握られている左手は一向に放す気配はない。真っ直ぐ曇りのない眼差しから逃れたいのに、何故か逃れられない。
「……一緒にいたいんじゃないですか?は。実弥さんと」
その眼差しから、俺はなぜ逃れたいと思ったのか。薄々勘付いていたからだ。言葉は発せなくても、文字をなぞらなくても、その瞳から感じ取ってしまったのだ。元々、ずっと一緒にいるつもりはない。ずっと一緒にいたところで、俺は必ずを残すことになる。
「俺といても仕方ねェだろ」
俺に、あの町のような平穏な未来なんてないのだ。だからこそここに身を置いて、その身が果てるまで刀を振るい続ける。
残された人間の傷は、どんな鬼の攻撃よりも痛いことはよくわかっている。それは永久に癒されることがないということも。
冷たく言い放って、その手を振り払った。いや、正確には振り払おうとした。しかし腕を振ってもは俺の手を放すことなく、身体をよろめかしながらも俺の腕に頭を擦り付けて首を横に振った。
「……俺が、お前にしてやれることはねェんだよ」
たとえ声が戻らなくても、ここにいる必要はない。現にこうして意思表示だってできてんだ。こいつにはまだ長い人生がこの先待ち受けているが、俺とこいつじゃ違うんだ。
「よく聞け」
腕に擦り付ける頭を右手で離した。は涙を目に浮かばせながら唇を噛み締めている。よく泣く。けど、俺とこのままずっと居たところでもっと泣くことになるだろう。
「俺は二十五になる前に死ぬ」
「……、」
「寿命があるんだよ、俺には」
ここまで俺に執着しているとは思っていなかった。それは俺の過ちだ。だからこそ、今の内に事実を伝えてその時が来るよりも前に離れなくてはならない。そして俺自身、俺にとって大事なものをこの先、生み出していきたくはなかった。
「だから……ってェな!何すんだァ!」
変に俺に執着してんじゃねェ、と、告げようとしたところ、あろうことか親指の付け根辺りに噛み付かれた。話聞いてんのかとキレそうになったが怒ったように俺を見上げるに言葉が出なくなった。それがどうしたと、言わんばかりの眼差しで。
流れる雲から太陽が顔を出し、辺りが再び明るくなっていく。
「…チッ、勝手にしろォ」
今度こそ、歯型のついた左手をも掴み続けようとはせず、その手を振りほどいた。縁側から離れて鍛錬を再開させようとする傍ら、を見れば太陽から授けられたような笑顔を向けていた。人の手に噛み付いといてなんて図太い神経持ち合わせてんだ、と思いつつ悪くないと思ってしまう自分に嫌な予感がした。
「、実弥さんちょっと嬉がってると思うよ」
「てめぇは余計なこと吹き込んでんじゃねェ」
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