あまりもの

後ろを歩くに声をかけて、この町を出てからずっと大事そうに抱えていた反物を鎹鴉に預けて縫製係の元へ送った。事情を伝言する姿に驚いていたが説明すればうんうんと頷いてすんなり受け入れていた。
屋敷に着くとはそのでかさに驚いていたようだがそのまま後ろを付いてきてほぼ使っていない空き部屋を今後使うように指示した。

「実弥さん、縫製係からもう届いてますよ、仕立てた着物!」

今は縫製係もそこまで忙しくないからか、複数人で取り掛かったのかは定かではないが、屋敷に到着して数時間、使用人にについて話している時だった。着物を受け取った雪生が駆け寄って来た。

「よかったな!」

ここで暮らすからには使用人と同じようなことは最低限してもらう、と話している間真剣な表情を見せていたは小さく頭を下げた後、仕立て上がった着物を見て喜んでいた。



はまだ起きてねェのか」
「あ、いえ、起きて早速お手伝いをしてくれたのですが…」

次の日の朝、朝食の時間になってもは俺達の前に姿を見せなかった。まさか初日から寝坊、と頭を過ぎったがそういうわけではなかったらしい。使用人も言いずらそうに口籠る為不審に思い部屋の前まで行って声をかければ襖が控えめに数寸開けられた。

「何してる」
「……」
「冷めるぞ、飯」

すう、とゆっくり開けられる襖から見せる姿に、なぜ目の前に出なかったのかがわかった。

「ご飯冷めますよーって、うわ!丈短い!!」

素足が膝上辺りから全て晒されていた。鎹鴉に俺はの身長も伝えた訳だが、誤って伝わったわけではないだろう。思い出した。確かいつだったかの柱合会議で胡蝶と甘露寺が騒いでいたのを。

「ぶち殺してくらァ」
「えええ物騒!」

確かそいつは、前田とかいう名前だった。
騒ぐ雪生を他所に俺はそいつの元へ向かおうとすると羽織の裾を引っ張られた。だ。
いじらしく俺をちらちら見るから反物屋の前でやった時のように掌を向ければ、一瞬ピクリと肩を震わせたけどすぐに理解して指で文字をなぞった。

“へんですか”

俺に言葉を伝えると、は様子を伺うように俺を見上げた。という事はつまり、自分自身ではその丈について、俺さえ良ければこのままで良いと思っているという訳だ。

「(気に入ってるのか…?)」
「……」
「…それが良いなら好きにすりゃァいいだろォ」

女が思う可愛いだとか洒落てるだとか、俺にわかる筈もない。ただ、冷えるから靴下くらい履けよとは思った。そうするとまた町に行くことになるが、それはさて置き本人が良いって言ったことでこの件は幕を閉じた。

「ほとんど冷めてるけどいただきまーす!」
「……」
「……」
「暗い!折角女の子もいるんだからもっと楽しくやりません?」

一悶着あったが、やっと屋敷でいつも通りの朝が始まった。配膳された朝飯を淡々と食べていると騒がしいのが一人湧くがこれもまあいつも通りだから無視。がいてもいなくても騒がしいのは変わらない。

も手伝ってくれたんだよな?美味いよ!すごく!ねえ実弥さん!」
「そうだな」
「ほら実弥さんも喜んでくれてるよ、やったな!」
「うるせェ、お前はこの前の反省したのかよ」

どこぞの家庭のように食卓を盛り上げようとする雪生を一蹴した。藤の家で鍛錬をしている中で技をかける前に隙ができること、その早さに対応できる鬼と対峙したらお前はやられてること等こと細かに時間の許す限り叩き込んだ。今は鬼の頭も上弦ももういないが、人を喰らう鬼がいる限りその強さの鬼はいずれ現れてもおかしくはない。こんな平和な家族ごっこしている場合でもないんだ。
それは…、と言葉を濁す雪生の隣で、息を漏らす声が聞こえた。

「……おい、何笑ってんだァ」

犯人はしかいなかった。声は出ないもののクスクスと口元を抑えて笑ってやがる。そんな表情は初めて見たものの俺と雪生のやり取りの何かがツボであったことに納得できなかった。
俺に目を合わせてわざとらしくなんでもない、とふるふる首を横に振って焼き魚を口に運ぶ。餓鬼の癖に大人ぶった態度で見られた気がしたが、ここで反応すると更に自分が子供なような気がしてもうやめた。

「疲れた……!」
「まだ休憩しろなんて言ってねェぞ」
「いやいや、もうかれこれ十時間はぶっ通しですよ?こんなに長く敵と対峙している時間ないですよ?」

屋敷では、指令が入らない間もずっと鍛錬を続けていた。いつ鬼が現れても対応できるように、身体を鈍らせない為に。それほど強い鬼は現状いないとわかってはいても、それ以外にやる事はなかったのだ。それくらいしか、やる事がない。
這い蹲っている雪生に竹刀を向けると息も絶え絶えながら立ち上がる。ここで逃げないのは評価している。逃げる奴らが多いから継子も一人だけなのだが。
そのまま刀を打ち合って、使用人からのそろそろ夕ご飯の支度ができたという声に嬉々とした表情を見せる雪生に一先ず今日は終わりだと告げた。藤の家ではあまり広く庭も使えなかったから久しぶりに身体を最大限動かせたような気がする。
飯だ!と稽古場を飛び出していく雪生の後を続いて朝と同じく夕飯を食べ終わる。

「あれ実弥さん、どこ行くんですか?」
「鍛錬」
「まだ動くのか…付き合います!」
「いやいい。一人で集中したい」
「…わかりました」

一足早く食べ終わった俺は稽古場ではなく屋敷の屋根に登り一人静かになれる場所に腰を下ろした。
感覚が鈍った気がする。五日も一般人が体力作りにやるような稽古だけしていたらそれもそうだ。一度目を閉じて深く息を吸って吐いて、を繰り返す。目で見えなくとも肌に感じるもので周りの状況をある程度察知できる感覚を取り戻したい。恐らく雪生も俺が一人で集中したいと言った理由を察してどこかで同じ事をしているだろう。
目で見えずとも音や空気の流れで伝わる空間。禍々しい威圧感があるとしたらそれは鬼。そうして鬼の出現にいち早く気付き討伐してきた。勿論この周辺にはいないのはわかっているから、今俺の後ろにそろそろと近付いてくるのは鬼ではない事は明白。

「何しに来たァ」
「!」

気付かれていないとでも思ったのか、梯子を伝って屋根の上まで登ってきたは声をかけた俺に目を丸くして驚いていた。その手には包みのようなものが下げられていた。
肩を竦めて困ったような動作をしているから、別に邪魔じゃねェよと言えばのこのこと隣に脚を崩して座った。
その膝の上には手にしていた包み。若干、甘い匂いが香ってくる。は俺ににこりと屈託のない笑顔を向けた後、その包みを開くと箱が出てきて、更にその箱を開けた。香りで薄々予想はできていたが、その箱の中身はおはぎが二つ並べられていた。

「…雪生の差し金か」

呟く俺には楽しそうに頷いた。
どうぞ、と俺に一つそれを差し出した。穏やかに夜風が吹いての髪を揺らす。どこから調達してきたのかわからないそれを受け取って口に運んだ。甘いものは昔から好きだったけど、お袋が作るおはぎが俺にとってはご馳走だった。今はもうそれは食べる事はずっと前からできなくなってしまったけど、なんとなく、似ているような気がした。
俺が食べ終わると同時に残っているおはぎもまた間髪入れずに突き出してきた。餌付けされているような気分になったが、月明かりに照らされたの弾んだ表情に、別にいいかとそれを受け取った。

「どうしたんだこれ」

風に吹かれて前髪を揺らしながら、頭上に広がる星を眺めて二つ目を頬張った。長い事ぶっ通しで鍛錬していたからその間何していたかは知る由もない。町に置いてくればそれなりに年頃の町の娘のように友達でも作って楽しい生活を送っていただろうに。返事のしないは代わりに俺の右手に触れた。掌を上に向ける。何がしたいのかはすぐに理解できて、そのまま好きにさせた。

「手作り…?が?」

なぞられた文字を口にすると、こくこくと機嫌良さそうに頷いた。使用人に教えられつつ、米を炊くところからほとんど自分で作ったらしい。
じ、と俺を物欲しげな表情で見つめる。手は使わずとも、何が言いたいのかはわかった。

「ああ、美味いよ。ありがとなァ」

真っ直ぐ俺を見るの揺れる髪に手を伸ばして頭を撫でると、照れるように俯いた。朝までは、こんな平和ごっこしてる場合ではないと思っていたのに、鬼の気配がどうとかとは別の感覚が疼いていくような気がした。


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