あまりもの

はやると決めたからには徹底的に妥協せずにこなす人間だった。勝手に面倒を見ろ、と押し付けも甚だしい俺の命令に渋々了承をしていたものの、いざ飼育を始めようとすれば蝶屋敷から昆虫図鑑を掻っ攫ってきたらしい。
あれだけ俺に付いて回っていたが飼育を課せられたことで安堵しているのか、蝶屋敷へも時折一人で遊びに行っているようだった。
掻っ攫ってきた図鑑通りに庭で捕まえた二匹から卵を孵化させ、透明の容器の中、畝る幼虫をは怪訝な顔して見つめていた。ここから更にでかくなっていくことは図鑑で理解しているから故の面持ちであるようだった。

「お前、それでよく蝶屋敷に行けるな」
「……?」
「蝶も虫だろうがァ」

日が沈みかけて辺りが薄暗く、涼風に髪を揺らしながら縁側で刀の手入れをしていた俺はいつまでも容器の中にいるそれを見つめている丸まった後ろ姿に声をかけた。
は背筋を伸ばして俺に振り向く。
虫が駄目なら蝶屋敷に嫌でもかというほど飛んでいる蝶はどうなるんだと尋ねれば、首を横に振った。
どうやら蝶は別だということらしい。

「見た目で判断とはなァ」
「……」
「まあお前はそういう奴だったな、俺の顔にビビってたしよォ」
「!」

勿論、俺のこの傷だらけの顔に慄くのはだけというわけではないが。適当に言い放てばは目を丸くしてから眉を下げる。立ち上がりとぼとぼと畳の上から縁側の板の上へ歩みを進め隣に腰を下ろした。
言いたいことはあるんだろうが、刀の手入れをしているから待っているのだろう。正座して申し訳なさそうに俺を見つめている。

「別に謝ってほしいわけじゃねェよ」
「……」

手入れを終えて、刀を鞘に仕舞ったところでは俺の手を求めようとしたがそれを交わした。
伝えようとしていたことなんて手にとるようにわかる。それは今この瞬間だけではない。俺に嫌われるようなことは是が非でも避けたいという思いは十二分に伝わっているから、だったらこう思うだろう、と仮定して予想を立てれば大体いつも合っているのだ。
ただ、どうしてわかるの、という表情を見せているにそんなことは伝えない。

「顔に書いてあんだよ」

コツンとおでこを人差し指で小突くと目を瞑っておでこを両手で抑えた。恨めしそうに俺を見上げる
そろそろ飯の支度する時間だろと告げると納得してないような面持ちを残しながら立ち上がり厨房へと向かっていった。
その途中、こんばんは、と陽気な三人娘の声がまたもや入口の方で聞こえた。おそらくが対応しているようだったが気にせず俺は自室へ戻った。

夕食も済ませ、風呂にも浸かりすでにでかいいびきをかく雪生の部屋を通りすぎて俺も今晩は早めに床につこうとすると、トントンと襖を叩く音が聞こえた。声をかけずに音を出すということはつまりあいつしかいない。
布団の中に沈ませようとした身体を起こし、襖を開いた。そこには勿論がいたのだが、あるものを手にしていた。

「…花火?」

うんうんと楽しそうに頷いている。手にしていたのはこの屋敷には縁のない花火。夕食前に来た三人娘はこれを届けに来たのかと察した。時期も過ぎているのに、大方掃除をしていたら余ったものが見つかって折角だから、と持ってきたのだろう。
は俺の手をおずおずとしながら握る。俺と一緒にやりたいのだと察した。断ることもできたのに、断る意味も特にないと考えた俺はに行くぞと声をかけ静まり返る屋敷を歩き庭に続く戸を開けた。

「寒くねェか。……ならいい。おら、花火だせェ」

とっぷりと日が沈んだ夜はもう随分と涼しかった。その内羽織も用意してやらねえとと思い起こしながら、庭には出ずに縁側に腰をかけマッチを使って火を起こす。は俺の言う通りに抱えていた花火を一本だけ持ち火で先を炙った。すると先に火が灯り、丸みを帯びていく。それを見ながらをちら、と見ると楽しそうに眺めているもので、無意識に花火よりもそっちをずっと見ていた。

「……?」

視線に気付いたから咄嗟に目を逸らす。いつの間にかバチバチと花火は音を立てて火を飛び散らせていた。は器用にそれを持ちながら床に置いた花火の一本を俺に差し出す。流されるようにそれを受け取り、火をつけた。

「……お前、自由にしていいんだぞ」

特に会話もなく、ただひたすらに花火を減らしていった。それだけで何が楽しいのかと思ったが、決して悪い気はしなかった。ただ、わからないままであったのだ。
同じようなことを何度言ってもが俺に拘る理由が。

「ここは多分、お前にとったら自由でいれる場所じゃない」
「……」
「残されるんだぞ、お前」

俺は知っているのだ。残された人間の息苦しさが、痛みが。守りたいものも守れずにやるせなさと不甲斐なさでいっぱいだった。
バチバチと鳴らした花火は鎮まり、小さい火の玉だけが先に残る。

「もう数年の内に俺はいなくなる」

ポトリと地面に落ちて、光は消えた。が持つ手の花火は今から音を鳴らして火を飛び散らせようとしているところだった。

「同じ目に合わせたくねェんだよ」

ここにいるよりもどこか別の場所の方がいい。そんなことはもう何度も話してきた。だから、俺が側にいさせたくない理由を話さない限りは、こいつの考えも変わらないと思った。
焦点の定まらないまま庭を眺めていると、視界の端に映るまだバチバチと燃え盛っていた花火は下に落ちた。それと同時に俺の右手には文字がなぞられる。

「……はァ…?」

つい先程まで花火を持っていた手を離し、俺の手に表したそれは”余り物には福がある”と、あまりにも不透明な内容だった。顔を上げて俺を見て、更に文字を綴った。
最後まで綴り終わらずとも、内容を理解した俺は口を開いた。

「お前も余り物になんだぞォ」

私が福になります、と全て伝え終える前に発した俺にはあろうことか、俺に向けて笑ったのだ。
なぜ笑えるのか、わからない。わからないことを聞けば、わからないものが増えていく。
月が雲から顔を覗かせ、辺りを程よく照らした。固まっている俺には更に続けた。

”その時は、私に福が来ちゃいますね”

綺麗事だと思った。よくそんなことが思い付く。ただ、定められた未来に対し、俺よりもこいつの方が逃げていないのではないかと、そう思わされた。
何も返せずにいる俺に、は床に膝を立てたかと思えば俺の頭を抱えるように身を寄せた。その時俺は何を思ったのか、柄にもなく甘えるようにの腰に腕を回し、暫く温かいその中にいた。


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