緑の葉を生い茂らせていた木も徐々に紅色に色付いてきた頃。今日もは透明の容器から見える未来のカブトムシを眺めていた。漸く慣れてきたようで、もう神妙な顔はしていない。
ここまで来れば、後は勝手に春になればサナギになるだけであるが、頻繁に様子を見ているところからすると母性でもでたのだろうかと考える。
「今日は非番だ~!!」
朝飯を一瞬で豪快に食べ終え、伸びをしながら雪生は畳の上に寝転がった。稀に定められている非番がある。担当地区で鬼の情報が入っても、その日だけは他の隊士に回されるのだ。
「任務が入ってこないって分かってる日ってなんか心穏やかになりますよね、実弥さん」
「まあ、そうだな」
「まあ今は基本入ってこないですけど。ゆっくり休むんですか?今日は」
「そうだな」
「町に行きませんか」
「そうだな……、はァ?」
ペラペラと喋る雪生の戯言に適当に返して俺は箸を進めていた。雪生は俺を寝そべりながら見て口の端を上げていた。してやったり顔に腹が立つ。
雪生は身体を起こしてに声をかけた。
「も一緒に行こう!聞いたよな、今!」
味方につけやがって、癪に障る。こくこくと頷くは俺を見る。一緒に花火をした日から、なんとなく俺はに今までと違う感情を持ち合わせていた。いや、実際には徐々にその感情は芽を出していたのかもしれないが。
「勝手に行ってろォ」
「……」
「……わーったよ行きゃいいんだろォ!」
不満そうに俺を見るに渋々折れてしまった。いつもいつも呆れたことに俺はこいつの望む通りにしてしまう。
大方雪生はあの反物屋に行きたいだけだろう。案の定、昼過ぎに町へ着くと俺行きたいところがあるんで、と俺とを残しそそくさと盛況している人混みの中へ姿を消して行った。
「(最初から一人で来ればよかったんじゃねェのか)」
意味もなく町に降りてきて、どうするかとを見て思い出した。羽織が必要であることを。今もそれなりに肌寒いはず。
「……どこか行きたいところ、あるか」
「……」
「ないなら羽織り見に行くぞォ」
「!」
一応、どうしたいのか意思を聞いてから、特に決まっていないようだったので俺は歩き出した。俺に続くはそっと左手に手を重ねてきた。何か伝えたいわけではない。人混みの中、逸れないようにと俺もその手を握り返した。
仕立てられた羽織を売っている店に入ると、羽織の他にも細々とした簪などの装飾品が綺麗に並べられていた。
「いらっしゃいませ。本日は何用で?」
「こいつに羽織りを用意してやってほしい。似合えばなんでもいい」
店の人間に繋いでいた手を放し、の背中を押した。俺は店の中に用意してあった椅子に座り外の景色を眺めていた。やはり、この時間帯はかなり賑やかな町だった。向かいの店では色取り取りの傘が並べられ、袴の女が年相応に品定めをしていた。本来なら、今羽織りを店の人間と選んでいるあいつもあっち側の女達のようにしているはずだった。
つんつんと腕をつかれ、そちらに振り向くと、温かそうな羽織りに身を包んだがどうですかと言わんばかりに俺を見ていた。
「ああ……まあ、いいんじゃねェの」
「似合えばなんでも、と仰られたのでかなりお迷いになられたんですよ」
一度、何のことを言っているのだと理解できなかった。が、数刻前に自分が言ったことを思い出した。多分無意識だった。別に似合う似合わないそんなものは関係なく寒さを凌げればそれでいいと思っていたはずだった。
そんな自分自身に驚きつつ、それで、と金を渡す。その間、は店み並べられた簪を見ているようだった。やることは、向かいの店にいる女達と変わらない姿にもどかしくなった。
「どれだよ」
俺に気付かないほど夢中で見ていたのか、後ろから声をかけると肩をビクつかせていた。首をぶんぶんと横に振っているが今更だ。
「いいから選べェ」
渋々だが、折角町に来たのだから、少しでも楽しませてやりたいという気持ちはあった。町にいる同い年くらいの人間を見てそっちの世界に戻りたくなったならそれはそれでいい。ただ、俺といてもそういう日常を味わいさせたいと、そう思ったのだ。
俺を見上げるの頭を掴んで半ば無理やり選ばせるよう仕向けると、の手は奥の方にある一段高いガラスケースに入る簪へと手を指差した。
「あら、お目が高いですね。ガラス細工でできてるんですよ、その飾り」
一目で、他の簪とは違う高価なものだとはそういうことに無知な俺でもわかった。窓から溢れる日差しのお陰で艶めいている。けど恐らく、はガラス細工でできた綺麗なものが良かったとか、そういう考えでこれを選んだわけではないことも俺には理解できた。
ガラスケースの中に見える簪の飾りは風車の形をしていた。
「ちょっとお高いのですが、お似合いになると思いますよ」
「じゃあそれももらっていいか」
「はい勿論でございます。ありがとうございます」
値段について店の人間が話せばは慌てた素振りを見せるが気にせずその分の金も渡した。小袋に入れようとするが、そのままでいいと断り簪を受け取ってさっき座っていた椅子のある店の端でに後ろを向かせた。
簡単に纏めてあるだけの髪の紐を解く。
「前向いてろォ」
動くに真っ直ぐ前を向かせ、さらりと解かれた髪に指を通らせる。元々結っていた髪の位置から多少高くしたところで纏め上げる。昔、妹にやってやっていたからこういうものには慣れている。右手のせいで多少やりにくさはあるが、最後に今買ったばかりの簪を挿して仕上げた。
できたぞ、と合図をすれば窓ガラスでそれをどうにか確認しようとしていた。
「とても綺麗ですよ」
ご丁寧に鏡を持ってきた店の人間には頭を下げて鏡を借りた。風車が光る纏められた髪を見て柔らかい表情を見せていた。
「とても仲のよろしいご兄妹なんですねえ」
兄妹。その言葉がやけに脳内に響いた。そう見られていても決しておかしくはないことなのに。前に反物屋の女にそう言われた時も、否定せずに何とも思わず肯定していたはずなのに。
「あら、違うんですね……、それは失礼致しました」
俺が否定するよりも前に、が首を横に振り違うと見せた。今、自分自身で兄妹であると見られていることに少なからず複雑な心境であった癖に、それをこいつに否定されると、繋がりを絶たれたような気がしてしまった。
何も間違っちゃいねえのに。
「……ああ、兄妹じゃねェ」
元々、こいつのいう通り、赤の他人なのだ。
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