あまりもの

店を出て、どこに行きたいかと尋ねれば”どこへでも”と意思表示をされたので特にどこへ向かうわけでもなく、かと言ってこんな人混みの中彷徨いているのも煩わしかったので人通りの少ない通りに向かった。
ああ、そういやここは…と、閑静な辺りを見渡せば、前見たときと同じように店と店の建物の間でこじんまりと花札を切っている占い師がいた。

「あら、また来たのかい」

ここに来ようと思ってきたわけではないが。年相応に華やかな小物が好きだったりかるたで遊んでいたりする奴が、占いに興味がないわけなかったということが今になってわかる。
相変わらず表情の見せない怪しさ全開の占い師には乾いた地面を蹴って歩み寄っていく。

「占い当たっていたようだねえ」

コクリと頷くの後ろ姿に俺はまたどうせ占って貰うのだろうとその場で待っていた。あの時、確か愛情運がいいと占い師は言っていた。当たっていたとが言うのであればそうなのだろうが、何を持ってして首を縦に振ったのか甚だ疑問だった。

「今日はもう一人の兄さんはいないのかい?ああそう、向こうにいるのね。また手相を見てやろうと思ったのに」

まるで興味のない俺は早く終わらせろと内心思いながら行く末を見ていたが、は俺に振り返り、俺の方へ戻り両手で俺の手を掴み占い師の元へ引きずっていこうとした。

「俺はやらねェよ、っおい、」

動かない俺には後ろに回って背中をグイグイと押す。まただ。こうしていとも容易く俺はの思惑通り、事を進めることとなる。わかったから押すな、とを制して占い師の元に歩み寄った。占い師は俺の手を取ろうとするが反射的に手を引っ込めてしまった。

「……?」
「あー、いや、なんでもねェ。人に触れられんのが苦手だっただけだ」

不思議そうに俺を見るを横目で見て、俺は占い師へ左手を差し出した。そうだ、俺は勝手に人に触れられるのに嫌悪感を抱く。だとすると、俺の中ではもう他人ではなかった。言葉でいくら否定しようとも、それは紛れもない事実であることを物語っている。
占い師は俺の左手を触り幾らかじっとする。見ず知らずの、それも俺が嫌いな事を今からしようとしている奴に触れられることにやはりいい気はせず、むしろ不快感だけが残っていた。

「まあ、あなた……」
「……」
「大事なものがあるのね」

随分次の言葉までに沈黙が続くと思えば、やはり俺は占いを好きになることはできないと思った。占い師の発言に俺は手を振り払って否定した。

「ねェよ」

今までは、自分にとって、自分の命よりも大事な奴がいた。絶対に死なせたくない奴がいた。それを失った今、俺にとってそんな奴はいない。その筈なんだ。

「……奪われないようにね」
「はァ?」
「ちゃんと、見ていないと駄目よ」

何かの忠告のつもりだろうか。何にせよ、俺にとって癪に障るその占い師の元から離れるようにの手を引いて歩いた。
何を奪われるっていうのか、誰をちゃんと見ていないといけないのか。
いや、占い師は誰を、だなんて言ってはいなかった。大事なもの、と、そう言っていただけだ。だったら俺は今なぜそれが”人”であると考えたのか。

「実弥さん!」

答えは、玄弥のことを思い浮かべていたからであろうと勝手に片付けて、どこに向かうかも決まっていないまま一心不乱に歩いていると聞き覚えのある声に名前を呼ばれる。
足を止めてそっちへ見やると、雪生といるであろうと思っていた反物屋の女だった。
大層な日傘を差してこちらまで駆け寄ってくる。個性的な絵柄が描かれている、あの向かいの店で見た傘だ。

「今日はどうして町に?」
「…非番だ。今は鬼の出現は減ってるからなァ」
「そうでしたか、それは何よりです」
「雪生はどうした」

ふふ、と口元を抑えて笑う女に疑問を投げかけた。町へ行くなり俺とを置いて足早に会いに行った筈なのだが。女は思い出したように話しだす。

「お店にいらっしゃいました。でも私、ぐいぐいとこう、迫られるのが少し苦手でして…」

聞けば、雪生はどうやら見事に玉砕したらしい。それから小さくなって店を出て行ったと。なら今頃どっかの店でくたびれてるだろうな、と安易に想像できた。ならそいつを探しに行くことを目的に町を歩けばいいか、とといる理由を無理やり作る中、女は背伸びして俺の耳元に顔を寄せた。

「私、自分から歩み寄りたい人間なんです」

秋風に髪を揺らしながら、女が囁いた。すっかりと頭から抜けていた。俺からしたら助けた時のことはまるで覚えていないが、この女に俺は惚れられているということを。

「もしよろしければ、この先に美味しいお団子を出す茶屋があるのですが、ご一緒しませんか?勿論お代は頂きません」

日傘の中で笑う顔は良くも悪くも綺麗だとは思った。ただ、それ以上でも以下でもない。俺はこの女に対して雪生のような感情を持ち合わせることはおそらくないだろう。
その誘いを断ろうとする前に、繋いだままだった左手を引っ張られた。ギュ、と強く握られる。気付いて、と言わんばかりに。俺に隠れて見えていなかったか、そもそも周りを意識して見ていないのか、女もに気付いて声をかける。

「妹様もいらしてたんですね、こんにちは」

女には首を横に振った。その様子に当然だが目を丸くして驚いている。女は俺とを見比べる。

「違ったのですか?」
「あァ、説明が面倒だから省いた」
「そうだったのですね。では、もしかしたら…」

女はその端正な顔をへ寄せた。急に寄ってきた女には顎を引き唇を噛み締めていた。そしてにこりと微笑む。

「好敵手、ですね」

小声だが、確かに俺にもそう聞こえた。ただ、がどう思っているのかは知らないが。
女はから離れ、と同じように空いている俺の右手を握った。

「仕事とは言えど、お礼がしたいのです」
「……」
「ただ、ちょっと歩くのでさんはお任せした方がいいかもしれません、うちの母が見ていますから」

礼だなんて口実だと言うのは明白だ。女が俺に惚れているならば。ただ、それならば尚更俺は一緒には行けない。もいる。

「(……だからなんでを)」

何の関係もないのに、なぜ引き合いに出すのか。俺とこの女の問題であるはずだ。
俺がこの誘いを断る理由は、至極単純なものである。

「いや、いい。町にも長居はしたくねェんだ」

ただそれだけのこと。右手を払って、俺はを連れて人混みの中へ逃げるように歩みを進めていく。この多通りのどこかの店に連れがいる筈だ。そいつを見つけて、とっとと平和ボケしそうなこの町からおいとまする。単純であるはずが妙に自分に言い訳を重ねているような理由を並べていた。この町についてから、無駄なことばかりを考えている気がする。だからか、

「やっと見つけた……」

俺達を見て、そんな声を零した奴がいるなんてことは知る由もなかった。


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