あまりもの

日が沈む前に一度藤の家へ立ち寄って荷物を纏めていた。最悪一ヶ月は世話になるかもしれないとは伝えてあるが、隊士でない人間が一人いる分それなりの金を渡せば、受け取れないと首を横に振られたが押し付けるように渡した。

の所為で一ヶ月は卵生活だよ?」

用意された部屋へ戻り襖に手をかけたと同時に聞こえた雪生の声。そういえば、後から追いかけて来た雪生は卵を大量に手にしていた。投げた分買いますと申し出たらしいが食べ物を粗末にしたことにブチ切れられたらしく、その日店で売っていた卵殆どを卵売りの親父の怒りを鎮める為に買って来たらしい。
藤の家の人間に食事はこれを使ってくださいと部屋に案内される前に手渡していた。

「絶対飽きるよ?卵料理ばっかりって。こっそり実弥さんのだけそうしてもら……、あ、実弥さん違いますよ今のはほんの冗談ですからね!」

気にせず襖を開け古い畳の匂いが霞む部屋に入り雪生を横目に座布団の上に腰を下ろす。藤の家の人間が用意していたらしい茶をが淹れ始めた。茶、というには香ばしい匂いが鼻を掠める。注がれたそれを飲んで一息付いた。
をどうするか、答えは決まらないままでいた。
部屋に湿った空気が流れる中で、ふと外から花火が上がるような音が何発か聞こえた。

「あ、祭りだ」
「祭り?」
「卵売ってた親父さんが今日は雪祭りがあるって言ってましたよ」

夏祭りのように色々な屋台が並んでいるみたいです、と同じく注がれた茶を飲みながら雪生は語る。何の聞き込みをしていたのかと問うのはもういつものことであり肝心なことは聞き出しているであろうからやめた。
そんなに賑やかなのであれば今日は鬼が出る心配はないだろう。薄々感じ取ってはいたが、はやはりその祭りに行きたそうに俺を見ていた。

「……行くか?」

頬を綻ばせて頷いた。行きたいのであれば一人で行けばいいとも思ったが、知らない土地で一人にさせることに抵抗があった。それも、今だけの話になりそうなのだが。
聞き込んだ情報を一旦整理して纏めてるので、と藤の家に残る雪生を置いて、再び薄暗くなった外へ出ると雪が降り始めていた。傘を持つほどではないが、大丈夫かとに確認すれば大丈夫だと頷いたのでそのまま太鼓の音や景気のいい声を張り上げている方へ足を運んだ。

「お、昼間の兄ちゃん」

声をかけたのは、昼間雪生が聞き込んでいた卵売りの親父だった。俺のこともしっかりその頭に焼き付けていたらしい。あれだけ騒ぎにしてしまえば当然だが。
立ち並ぶ屋台の中でその親父はヒヨコを売っていた。普段牛乳瓶が入っていそうな籠に何匹ものヒヨコが蠢いている。
雪生に卵をほぼ全部売りつけたかのように、俺にもそのヒヨコを売りつけるのかと思えばその読みは外れたようで、親父は愉快そうに笑い手招きした。

「昼間あのクソ親父が言ってて思い出したが……」
「クソ親父……」
「ああ、この辺じゃクソ親父で有名だ。もうこの町には住んでないがたまに来ていつも誰かに難癖つけてやがる」

籠の中のヒヨコを掬い掌に乗せて指の腹で撫でながらそう語る。
おそらく昼間俺を人殺しだと浴びせた男は元々そういう人間であることは理解できたが、俺の場合はれっきとした難癖つけられる理由があったから仕方ない以外の言葉がでない。

「確かに君、長屋で住んでた子だよな」
「……」
「でかくなったなあいつの間にかに。小せえ頃からよく働いて」

この親父に、俺は見覚えはなかった。だが、そんな表情を表に出していた俺に親父は目を細めて面白そうに笑った。評判良かったんだぞ、と、見透かしたように話した。

「俺んとこは万年人手不足だからな、手伝ってほしいもんだったよ。……嬢ちゃんは?これか?」
「あー、いや……」

親父はを見てから小指を立てた。に視線だけ向けると俺を見上げていた。目を逸らすと親父が吹き出した。

「でもなあ、食べ物を粗末にしちゃあいけねえよ?嬢ちゃん」
「、」
「わかればいい、わかれば」

俺は一つ思い違いをしていた。俺を知る長屋の連中は、俺のことを皆人殺しだと思っているに違いないと、そう思っていてもおかしくないと思っていた。だが実際そうではないらしい。
それならば、あてはいくつかあった。
頭を下げて謝るに親父はヒヨコを掌に乗せた。

「買ってくか?雄だから卵は産まねえが」
「いや、今は泊めさせてもらってるんで飼えねェ」
「そりゃ残念だ」

はヒヨコに頬を摺り寄せて柔らかい表情を見せる。それをずっと見ていると、決めなければいけない選択に余計な感情が大きくなっていきそうで、行くぞ、と声をかけ親父の元を後にした。
それからは、何かしたいのかと問えば射的がやりたいだのお面つけたいだの、前に町へ行った時とは別人のように自分のやりたいことの方へ俺を引っ張った。俺が出そうとしている答えに、勘付かれている気がした。俺自身、まだ決めかねているというのに。

「……

随分と雪が静かに降り頻る中、ひとしきり町を回った後、疲れただろうと足を休ませる為祭りで明るい通りから外れ、誰もいない広場の椅子へ座らせた。隣に座り声をかける。自分の声のはずなのに、妙に遠くから聞こえるような気がした。

「お前、色々終わったらここに残れ」
「……」

声に出したことで気付く。本当は口にしたくない選択であったことを。あの親父が言う通りなのであれば、を預けることができるあてはあるのだ。ここになら、置いていける。目線は下に、自分の足元を見据えながら伝える。

「戻せるなら、戻せる可能性がある方で暮らした方がいい」
「……、」
「このまま俺といて、ずっと声が戻らなければ俺は多分、後悔する」

と離れるか、声を犠牲にしてこのまま傍に置かせるか。もしが声を捨ててもいいと思っていたとしても、それは、俺が声を奪ったことになる。

「お前のためを思ってじゃねェんだ。俺に罪悪感が残る」

そのままを置いて俺がいなくなった時のことを考えると、ただでさえ何もしてやれないくせに残すどころか更に失くしてしまう。それを受け入れることができなかった。

「いいな?」

俺の問いに、は小さく頷いた。藤の家を出た時よりも雪は強くなり、羽織りを濡らしていく。頭かかるその雪を払うように手を伸ばせば、はその手を掴む。辺りの冷たい空気にそぐわずその手は熱い。久しぶりに、言葉をなぞられた気がする。

“目をとじてもらえますか”

真っ直ぐ、所々髪を雪で濡らしたは俺を見据える。逸らしたい瞳だった。ただ、逸らさずにその言葉通り、俺は目をゆっくりと閉じた。前と同じであった。頬が包み込まれるような感覚。鼻先に息がかかり前髪が触れる感覚。今度はそこで、何をされるのか察しても目を開けることはしなかった。ふわりと雪のように落とされた柔らかいそれに、離れたのがわかってから瞼を開いた。
頬を包み込まれた手はそのまま、自身の頬を染め上げると間近で瞳が交わる。その瞳を伏せて控えめに離れていこうとする
俺はの両目を左手で覆い、腕を掴んで離れていこうとするを引き寄せ同じように唇を重ねた。求めるように深く、長く、忘れないように、熱に溺れてしまえばいいと幾度も重ねた。

「……っ、」

夢中になっていたそれを漸く放せば、名残惜しいような糸が引く。両眼を覆っていた手も放し、俺は椅子から立ち上がった。身体から積もっていた雪がパラパラと落ちた。
特にそれ以上何かを話すこともなく、俺はと再びあの賑やかな通りを抜けて藤の家へ戻ろうとした。

「あら久しぶりだねえ」

聞き覚えのある声。景気の良さそうな出店が続いている中で妙な雰囲気を醸し出している声の主は、あの時同様机の上に花札を広げる占い師だった。あの町にしかいないと思っていたが、稼ぎ場所だと考えたのだろうか。
はだいぶその占い師に懐いているらしく、占い師の元へ駆け寄ったが、話をしたいのではなく占いをしてほしいと花札を指差していた。

「あんたも来てたのかい。また占うのかい?折角一番いい占い結果だったのに」
「(あんたも……?)」

毎度この占い師の前ではといたにも関わらず、そう口にした言葉にどこか引っかかりを覚えたが、すぐ近くで聞こえた爆発音に意識が持っていかれた。

「キャァアア!」
「!、、お前はすぐに帰ってろ、家からは出るな!」

女の叫ぶ声が聞こえて、俺はにそれだけ告げて爆発音がした場所へと人混みを掻き分け向かった。
まさか、それが囮だとも気付かずに。

「奪われないように見てないと、って言ったのにねえ」
「……、っ!?」
「ああ、見えた?あ、こらこら逃げないの。ほら暴れない。そんなに驚かないで。大丈夫」

考えてみれば、あの占い師はいつも物陰にいた。衣服も全身を覆うようなもので、日を避けているようだった。手を触れられそうになって、異様な嫌悪感があったのもそのせいだ。
刀鍛冶で鬼の気配が全くしなかったという話を聞いていたのに、失態だった。

「私はただの、上弦の伍ですからねえ。柱の大事なお嬢ちゃんに、お願いしたいことがありまして」


戻る