失ったものは取り戻すことはできない。だからこそ、守りたいものを守れるよう、誰よりも強くありたいと堅く決意し刀を振るってきた。けれど、そんなものは奴らにとっては見下し嘲笑う種の一つでしかないだろう。
「気持ちはどう?怖い?悲しい?情けない?今まで自分で沢山鬼の頸を斬ってたみたいだけど、自分の頸を斬るしかないとなったその気持ち、どう?ねえどうなの?」
俺が大事にしていたものはもう全て、失ったはずだった。強くなる理由は、鬼を討伐する為。堅気の人間からすれば暮らしを守る為の立派な理由だとでも称賛されるのだろう。けれどそれは、今となっては俺がそれしかできないからやっていることだった。
俺が大事にしていたものはもう全て、失ったはずだった。
「おい」
刀を握る手を微かに震わせている俺に、鬼は気色の悪い声で笑い上げていた。虫唾が走る。鬼から目は離さずに、顎を引いて花札を突き刺そうと構えるそいつを見据えた。
「に何をした」
花札の他の人間は、あんなに血に塗れていなかった。の花札だけが血が染み込んでいるように見えた。
俺がこいつの言うことを聞いたところで、その後こいつがその通りにする補償なんざどこにもない。むしろ、面白がって子供のお遊びのようにもう取り戻すことはできない人間にするだろう。
鬼は口元をニヤつかせた。
「最期だから教えてあげよう。どうせこの娘も来てるのなら、本当はお前をおびき寄せてもらう役割にしようと思ったんだけどねえ。大切な人に裏切られる気分を味わうのも最高でしょう?」
恐らく、がいなければいないで町の人間を人質にしたまま俺を喰うつもりだったのだろう。どいつもこいつも、平気な顔して人も、人の大事にしているものも非道に踏みにじる。
「でもね、首を横にしか降らないからさ、いらっとしちゃってねえ。人間って本当に弱、ああ動けばこの子は死ぬよ!」
俺が目を離した隙に、囮に騙されて一人にしたおかげで傷だらけでどれだけ恐怖と痛みに戦ったのか。自分の命が惜しくないのか。技を繰り出そうと構えた俺に鬼は声を張り上げた。
「お前はさ、何もできないんだよ」
「……」
「家族も守れない。唯一残った弟も守れない。この子の声すら取り戻すこともできない。なのに奪われる。もうねえ何もできてない。だからせめて、この子を守って、家族が死んだこの場所で死ねばいいさ。きっと天国に行けるはずだよ」
最高の死に舞台。そういうことかと不本意だが頭の中で納得した。考えようによっては皮肉なことだが確かにそうだ。守りたいものを守って俺はここで己の頸を切る。馬鹿みたいな話だが、俺という人間には合ってる願ったり叶ったりの死に方なのではないかと自嘲した。
「てめェが決めんな」
「……お前、これ以上生きてたって無駄だろう?痣が出てるじゃないか。見たところ生まれて二十数年、もう数えるほどすぐだ。そんなお前が何の為に生きるんだ」
「……」
「お前らは、私から無惨様を奪った」
声色が変わった。人間はまるでおもちゃの道具のように扱う癖して、崇拝しているものがあったらしいそいつは髪を重力に反し逆立てた。
「お前が死なないなら、私がお前から大事なものを奪ってやるよ」
纏められた一番上、が閉じ込められている花札だけ手に取り簪の先端をトントンと突き付けた。苦しませて死なせてやる、口角を上げて鬼はそう放つ。
「……汚ねェ手で触んじゃねェ」
「それは守れていないお前の所為だねえ」
言葉がでなかった。事実、その通りであったからだ。大事なものは失いたくないと思うばかりで、俺は奴の気配に明確に気付くことができなかった。守れなかった。
「生きる意味もないお前に、私はお前が生きてた理由を作ってやったんだよ。感謝しろ」
生きる理由。無惨を倒した後に鬼がまだ絶えていなかったことに、無理矢理生きる理由を見出していた。
しかし俺は今、少なからず生きていてよかったと思っている。がいたからだ。が俺の生きる理由になっていた。ならばやることは、一つしかないのだ。
「……ふふ、何か言い残して言ってもいいのよ?伝えておくわ」
技を繰り出す動きではないと判断できたらしい鬼は勝ち誇ったような笑みを浮かべながら口にした。
刀を頸元にあて、一切表情は変えずに張り詰めた空気の中声に出す。
「あるわけねェだろォ」
視線は真っ直ぐ鬼に向けながら、首筋にあたる刀を握る手を引いた。興奮したような鬼の表情は初めて見る。それもそのはずだ。鬼に負けたことなどなかったからだ。
「ふっ…あはは、あはははは!!笑っちゃう、柱ってこんなに簡単に殺れちゃうの?バッカみたい!」
意識を手放す俺に鬼は宙に浮かせていた花札も、手にしていたの花札も簪も放り血を流し倒れる俺に近付いた。屈んで倒れる俺に手を伸ばした時だった。
「これで柱、しかも稀血を食え、!?」
背後に忍び寄った殺気を感じたのだろう。倒れた俺に警戒を解いていたのも反応が遅れた理由の一つだ。馬鹿なのはどっちだと、その頸がこちらへ向き切る前に斬り落とした。
人間らしい血飛沫をあげ、その頸が宙に舞う。
「なん、おま、後ろ、そこで倒れてるのは……!?」
「俺が間合いに入った時から、てめェが見てたのは幻覚だ」
ゴトリと畳に鈍い音を鳴らし落ちた頸。その頭に貼られていた呪符が落ち鬼の視線はそれを追った。
「小賢しい真似をぉおっ、ぁがっ!!!」
どの口が言ってやがるんだと、俺はその口目掛けて刀を突き刺した。パラパラと塵の様に斬り落とした頸から滅んでいく。
を俺へ見せた時点で、鬼の算段なんて手にとるようにわかっていた。一度目、二度目の攻撃をやり過ごされ立て続けに技を仕掛けないとこいつを倒すことはできない。が、交換条件を先に持ちかけられたらおそらく一歩も動けなると見越し、先に間合いに入り花札を奪うフリをして懐に忍ばせていた呪符を貼り付けた。
それからは、頸を斬る機会を鬼の視界から外れ見計っていた。奴が油断しない限り、斬りかかろうとすれば殺気で気付かれ花札に手を下すことが目に見えていたからだ。
「何の為に生きるって聞いたなァ、お前」
「っが……、」
刀は鬼を貫き、畳へ刺さっている。ろくに話すこともできなくなった鬼へ、俺は奴が見ていた俺へ向けたような顔を見せた。
「自分の為に生きるに決まってんだろォ」
鬼のおかげ、とは死んでも口にしたくはないが、俺の生きる理由は、強くその胸に刻ませることができた。
誰かの為、何かの為ではない。俺は、俺の為に生きる。俺の為に、を守る。もう二度と手放したくないと、鬼の手中にあるを目の当たりにしてこの身に深く響かせた。
鬼が消えた瞬間、散らばっていた花札も塵になり閉じ込められていた人間が次々姿を現した。
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