あまりもの

「も、戻った……!」
「生きてるの?私たち……信じられない……!!」
「あぁ鬼狩り様……なんとお礼を申し上げたら良いのか」

狭い部屋の中、花札から戻った人間達が次々と各々漸く解放された悦びを口にしていた。その中で、ただ一人今にも息絶えそうな血を流すその姿に町の人間達を押し退け駆け寄った。

!」

返事はなかった。身体を支えるように慎重に抱えると、頭から血を流していた。纏っている衣服は血塗れ。それでも体温は暖かく、薄っすらと呼吸があることに少なからず安堵した。

「こりゃあ大変だ!誰か、手当てをするから部屋に包帯や裁縫道具があるか探してくれ!」

幸いなことに、捉えられていた町の人間の中には医者がいたらしく、周りに声をかけ部屋の隅々を探し出てきたありったけの使えそうな小道具を用いて応急処置を始めた。
固唾を呑んで見守っていると、不意にの瞼が微かに動く。おもむろにその瞳が開かれて、焦点の定まりそうにない黒目が俺を捉えた。

「……、……」

そっと、小さな手が俺の頬を撫で、温もりが伝わる。暖かくて、柔らかかった。喉を鳴らし見守るだけの俺に、は穏やかに微笑みかけた。それほど、俺が心配そうな表情を見せていたからだろう。の手に自分の手を重ねて包み込んだ。

「後で、話したいことがある」
「……」
「だから今は、ゆっくり休め」

ここでの任務が終わった今、話さなければいけないことだった。いや、話さなければいけないことになった、だ。まさか自分が、とそんな思いにもう何度も目を背けていた。
俺が静かにそう告げると、は小さく頷き、再び目を閉じた。

医者の言うところでは、脈拍も弱まっていることはなく命に別状はないらしい。意識も一瞬だが取り戻していたから傷が開かないよう安静に寝かせていれば問題はないと伝えられた。礼を言うと滅相もないと両手を前に首を横に振った。助けて貰ったのはこっちの方だ、と。

「実弥さーん!」

頭に包帯を巻かれたを抱え、長屋の外を歩き藤の家へ向かう。
雪で霞む視界の中、雪生が前方から駆けてくるのが目に入った。ひとしきりこの町にいた鬼も討伐したらしい。聞けば、鬼は上弦に上手く唆され爆発騒ぎを起こしたらしい。柱はおろか鬼殺隊がいることすら知らなかったようだ。同情するわけでは決してないが、消滅して尚、鬼の非人道的である様に虫唾が走った。

、生きてますよね?」
「あァ」
「……どうします?」

あの時、最初にを薄暗い山奥拾った時のことを思い出した。あの時も、かろうじて一命を取り留めていたを抱えていた。
口にしたあの時と同じ言葉は、白い息と共に雪の中へ混ざり消えていった。

の件がなければ、すぐにでも藤の家を出ていたことだろう。怪我を負わせておいてそういうわけにもいかず、出会った頃と変わらずが目覚めるのを待っていた。
次の日の昼前、目を覚まして身体を起こしたは自分で歩けないほどではないがやはり節々が痛むようで苦しげに顔を強張らせていた。一ヶ月、とまではいかないまでも、数日は世話になりそうだと藤の家の旦那に伝え、なんとなく、話をするまでと同じ部屋で過ごしたくなかった俺は夕食後、少し出てくると二人に伝え屋敷の屋根に登った。
満月を時折隠す雲が緩やかに流れる夜空を眺めた後、瞼を閉じ深く息を吸った。冷たい空気の中に仄かに香る藤の花の匂い。昨日の騒ぎなど嘘のように町は穏やかだった。

「安静にしとけって言っただろォ」

この町のように、穏やかに眠っていればいいものの、そいつは俺の後ろから忍び寄っていた。顔だけ向ければは困ったような笑顔を見せ眉を下げる。寝静まるのを待っていたというのに、構わずには俺の隣へのそのそと歩み寄ってくるものだから、俺は手を差し出した。一瞬固まっただが、その手を素直に握る。そのまま、足を滑らせないよう支え隣に座らせた。

「寒くねェのか」
「……」

は少し考えて、親指と人差し指で何かを摘めるくらいの形を作った。多少寒いのかとありのまま伝えるそれに笑みを零せばも俺を見て微笑んだ。
その後、は繋いだままの俺の左手へ文字をなぞる。

「別に、かけてねェだろォ」

“めいわくをかけてごめんなさい”。それは、鬼に捕まったことなのか、今までのことなのか。のことだからどちらの想いも込められているだろうと察したが、俺にとっては迷惑でもなんでもなかった。は、あの時出した俺の選択を、受け入れようとしている。

「……お前、なぜ鬼の言う通りにしなかった。殺されるかもしれなかったんだぞ」

自分で聞いておきながら、愚問だと思った。が、聞かないわけにはいかなかった。は伏せていた瞼をこちらに向け、真っ直ぐとその瞳に俺を映す。それが答えだと思った。嘘偽りのないこの眼差しに、俺はずっと逃げていた。
一度吐いた白い息が夜風に吹かれた。

「迷惑かけたのは俺だろォ」
「……」

そもそも、俺といなければこんなことにはならなかったのだ。それが、中途半端に突き放すことも受け入れることもできずにいた割に、記憶を辿られただけで大事なものだと認識される程には、俺の頭の中はでいっぱいだった。

「けど、俺はお前と離れたくないと思ってる」
「……」
「お前にしてやれることも一緒にいること以外にはおそらくない。残された人間の苦しみも痛いほどにわかっている。そんな、お前にとっちゃ何の意味もなさねェ事だとわかってるのに、俺はお前を手放したくないと思っちまってる」

俺がいなくなる時、の声が戻らないことに罪悪感を感じてしまうことはきっと確かだ。けれど、俺はそれ以上にこのまま、この先の人生、といたかった。もう二度と大事なものを、手放したくなかった。

「だから今から言うことは、俺の勝手な押し付け、我儘であることに違いねェ」

やけに心臓の音が煩く聞こえるのを感じ取りながら、俺の手を緩く握ったままの手を包み込んだ。冷たい冬の空気を吸い込む。

「このままずっと、俺の傍にいてほしい」

胸の奥底で芽生えて育ち、いつの間にかそれは蕾となり、与えられる水も満足に浴びず放っておいたはずが、摂理に反し枯れることなく花開いていた。
初めて声に出した言葉は、無理やり絞り出した今までのどの言葉よりも自身に浸透していた。
は目を丸くさせながら、その瞳に今にも溢れそうな涙を溜めた後、深く頷いた。下を向いたことで零れてしまったそれは月明かりに反射し、眩かった。
紅く染めた頬に伝う涙を掬う。もうその想いに蓋をせず、俺はそのままに顔を寄せ、口付けた。


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