ポンポンとどこかから太鼓の音が聞こえるのは開けた場所で盆踊りが始まったからか、屋台が立ち並ぶ通りに私は一人、携帯を構えてお祭りの風景を写真に撮りながら思った。
結局、先生が一緒に来てくれないのであれば私は他の誰かと行く気にもなれず、しかしSNSで善逸たちが明日の夏祭り行く人~なんて載せているのを見れば私も浴衣を着て夏の風物詩を楽しみたいという思いに耐えられなくなり、単身乗り込んできた次第である。
かなり大きなお祭りで人がごった返している。
「あ…」
一応私は不死川先生と出くわすことはないだろうかとキョロキョロと周りを見回しながら歩いていると、不死川先生ではないが見知った顔を発見。
少し遠目で焼きそばを焼いている姿を見ていると不意に目が合った。
「!一人なのか?」
そういえば、確か炭治郎もSNSで焼きそばパン出すからみんな来て欲しい、だなんて珍しく載せていた気がする。
隣には禰豆子ちゃんが可愛らしい笑顔でお客さんをテキパキと捌いている。
お客さんに男性が多いのは気のせいではないと思った。
一先ずお客さんがはけたところで私は炭治郎たちの元へ下駄を鳴らし歩み寄った。
「あんまり一人って大声で言わないでくれます」
「ああ、ごめんごめん」
「一つ頂戴」
「買ってってくれるのか!」
「炭治郎んちのパン間違いないから」
「ありがとう!」
巾着袋からガマ口財布を取り出して、一つ分の小銭を出して禰豆子ちゃんに渡した。すぐには食べないのでラップに包んで竈門ベーカリーとロゴが入った紙袋に入れてもらう。
「ああ、そういえば」
「うん?」
それじゃあ頑張ってね、と一応記念写真を撮って人混みに紛れていこうとすれば、炭治郎は私を呼び止める。
振り返ると炭治郎は優しく微笑んだ。
「実弥先生来てたよ!」
「……そういえばの内容じゃない!そういうの先に言って!?どこで!?誰と!??」
カランカランと下駄を鳴らし私は鉄板越しに炭治郎に詰め寄った。隣の禰豆子ちゃんが目を丸くして見ているが、気にしない。
「いや、誰とはわからない。一人で歩いていた!」
「いつ!」
「ついさっき!」
「ついさっき!?この辺にいたの!?」
「うん!」
「どうして!早く!言わないの!!」
揚々と炭治郎は話すけれど、そんなテンションで私に話すことではないのだ、もっと焦って欲しい。私はすごく焦っている。
竈門ベーカリーに吸い込まれるように引き寄せられた結果、みすみす出くわすチャンスを逃してしまったのだ。
「探してくる!」
踵を返し、私は炭治郎に背を向け走り…はこの人混みでできないが、足早に、屋台を楽しむわけでもなくその人を探し人と人の間をすり抜けていく。
けれどもそう簡単に見つかるわけはなくて、歩き疲れた私は混雑した通りからは抜けて一つ隣の路地に入った。
「(お腹空いた…パン食べよう…)」
この際、不死川先生を見つけてくれた人に100ベリー、なんて懸賞金でもかけた捜索願でも載せてしまおうかと思ったけど、それはさすがに迷惑になるのでやめた。ただそれくらい、会いたい。
夏休みは全く会えないし。一応受験生なので勉強の毎日だし。
「もー、こんな可愛い子を置いて先生はどこにいるんだ……」
「せんせい?」
「そ、本当に家族と行ってるんですかって連絡は無視されて……ん?」
独り言のはずだった。なのに、横、いや下から帰ってきた言葉に無意識に反応して会話をしてしまった。
まさか、季節がらお化け…と胸をどくどくとさせながら柔らかい声がした方へ視線を向ければ、推定5歳くらいの男の子だった。男の子はこてんと首を傾げている。
可愛い、と母性本能が働いてしまったのか、私はパンに齧り付こうとしたのを止め、男の子に目線を合わせるよう屈んだ。
「名前は?」
「しらない人になまえはおしえちゃダメなんだよ」
「……」
笑顔でサラリと言って退けたその子に思わず私も笑顔のまま固まった。
そうかそうか、そうですか。私の浴衣の裾を掴んでいるものだからおそらく迷子なのだろうけど、妙に躾はされているらしい。
この子には是非とも知らない人に話しかけてはいけない、とも教えないとダメな気がするけれど、一先ず堪えて私は自分の名前を口にする。
「私はって言います」
「おなかすいちゃった」
「え?」
「ちょうだい」
私の自己紹介を無視して、その子は私が先ほど食べようとしていたパンを指差した。
もし私が悪い人だったらどうするのか。けれども無垢なその瞳に私は注意する気も更々起きず、仕方ないと香ばしい匂いをさせる焼きそばパンを手渡した。
両手で持って口一杯広げて頬張る姿がやはり可愛い。私がやばい人だったら持ち帰られてしまうような可愛さだ。
「……ん……?」
「おいしいー!」
嬉々として横取りしたパンを美味しそうに頂いているその姿をじっくり見ていると、どこか既視感があった。でも、この子が最初私に言った通り、知らない人だ。
何かテレビの番組で見たことがある、とか……?だとしたらこの子は子役か何かだろうか。可愛いから頷けるけど。髪も特徴的だし。
「ごちそうさま!」
「はいお粗末様でした」
「おれ就也!」
「うん、よろしく」
名前に聞き覚えはない。私が知っている子役でもないようだ。ならばこの既視感はどこでのことだろう、そもそも気のせいか、なんて考えていれば就也くんは私の手をとった。
「ねーあれやりたい!あれ!」
私を引っ張っていこうとする就也くんは通りの先に見える屋台を指差した。射的だ。
「にーちゃんみたいになりたいんだ!」
「お兄ちゃんいるの?」
「そう!」
「へえ……そのお兄ちゃんたちは?」
「……しらない」
ぷい、と私から視線を逸らしながら吐き捨てた。その様子に恐らく喧嘩をしたのだろうということが伺える。
兄弟喧嘩なんて可愛いものだ。迷子というのは変わりないと思うけど、自ら迷子になったような気がする。
「探してると思うよ?」
「いいの!ねーあれやりたいー!」
「じゃあ、一回やったら迷子センターいこう?ね?」
「……」
「やらせてあげないよ」
「わかった」
なんて、欲望に忠実なんだろうと思った。
可愛さに免じて、射的一回分くらいは許すけど終わったらちゃんと、知らない人にこんなこと頼んじゃいけないことを教えないと。
先生にも会えないし、短い間この子とのデートを楽しむことに決めた。が。
「すみませんもう一回!」
私は多分、不死川先生然り、一度深みに嵌ると抜け出せないタイプなのだと思った。
「ねーちゃんがんばって!」
「絶対取ってあげるから!」
私はやる気はなかったのだが、就也くんが何も得ず射的を終わらせたことに対し、お店の人に上手く私が乗せられて始めたら、もう何回目かわからない。
こんなに何度も引き金を引いているのに、奴は倒れない。たまに当たるけれども、全く倒れてくれないのだ。それが私の倒したいという欲を深くさせる。
「角をねらえばいいっていってたよ!」
「誰が!」
「にーちゃん!」
「あ、そう!ありがとう最初に言って欲しかった!」
射的がうまいらしいお兄さんのアドバイスを就也くん伝いに頭に入れ、私は超難題を解くとき並みの集中力で、何度目かの引き金を引いた。
パァン、と音を鳴らし、ついにそれは、狙い撃てた。
「や、やった……!」
「やったー!!」
思わず私は景品のことなど忘れて就也くんを抱き上げた。就也くんも一緒になって喜んでくれている。
短いデートのはずが随分と熱中してしまった。しかも私だけが楽しんだような、まるで大人気のない少年とのデートであった。
お店のおじさんから景品を受け取って、少し離れた場所で初めて景品の中身を気にした。暗闇で蛍光色に光る指輪だ。よくあるやつ。
私はいらないので、男の子ではあったが就也くんにそれを渡すと、意外にも受け取ってくれた。
「ねーちゃんにあげるんだ!」
「あ、え、お姉ちゃんもいるの?」
「いるよ!」
結構な大家族なのだろうか。お兄ちゃんとは絶賛喧嘩をしているようだけど、きっとこうして弟から慕われるくらい本来は仲がいいのだろう。そもそも仲が良くないとこのお祭りには来ない。
三つセットになった子供用の指輪を一つ取り出した。はい、と私に一つ差し出す。
「……くれるの?」
「いいよ!ふたつあればいいし!」
「ありがとう……!」
二つあればいい、ということはお姉ちゃんは二人だろうか。会話から家族構成がどんどんとわかってきて探偵みたいだな、なんて心の中で自分に笑ってしまった。
つけてほしそうな顔を私に向けていたので私はその通りに貰った指輪を小指につけた。他の指には入らなかった。
「わー……、ピカピ、」
「就也ァ!」
手を伸ばして子供じみたそれにしみじみと感傷に浸っていると、後ろからそんな雰囲気をぶち壊す怒号が耳に響いて肩を震わせた。
私の目の前にいる就也くんは私の後ろにいるその人を見て隠れるように私に抱きついた。
私は知っている。この声の主を。
「あーすみません、そいつ……」
「……」
「……」
知らない人だと思ったらしく敬語なんて使うその人へ顔だけそちらへ向ければ、私を目にして瞳を見開いていた。
私は確信した。
「就也くんって、キューピッドだったんだね……!」
「?」
既視感があったのは、不死川先生のデスクに飾ってある写真のおかげだったと、漸く気付いた。