アマサヒカエメの最終定理

結局、例年通りクリスマスに会うことは叶わなかったけど、電話をすれば出てくれた。ほんの冗談で実は彼女といるんじゃないですか、なんて探りを入れたら高校三年の担任を舐めるなと一蹴されてしまった。
クリスマス当日は家族といたらしいけれど。就也くんには先生がサンタクロースになっているらしい。来年は私も不死川家のパーティーに是非とも家族として仲間入りを果たしたいところ。

「(是非ともお願いします……何卒、何卒……)」
まだ?行くわよ」

めでたく年も明けたお正月、雪の積もる神社で顔の前に手を合わせてこれでもかというほど欲張りに祈願してしまった。お母さんの呼ぶ声に慌てて人混みを掻き分け付いていく。
三が日なだけあって神社の周りには屋台も沢山立ち並んでいる。美味しそうだな、なんて眺めているとチョコバナナの屋台に並んでいる見知った後ろ姿を発見。

「炭治郎!」
「あ、

ちょっと話してくる、とお母さんに声をかけて、弟くんと手を繋いでいる炭治郎に駆け寄った。

もここの神社だったんだな」
「うん、毎年ここだよ」
「ねー誰ー!」
「ああ、学校の友達だよ」
「初めまして、っていいます」

目が炭治郎とそっくりなその子に目線を合わせる。禰豆子ちゃんと並んでいる時も思っていたけど、竈門家は本当に目が綺麗だと思う。
こんにちはーって舌ったらずな返事を返しているのが可愛い。礼儀正しい子だ。
昔はそうでもなかったけれど、夏祭りの一件以来自分は子供が割と好きなのかもしれないと気づき始めた。自分が高校三年という歳になったから、とはまだわからないけれど。
チョコバナナを屋台の人から受け取った炭治郎は弟くんにそれを渡す。

「ああ、そういえば」
「ん?」
「さっき実弥先生がいたよ」

サラリと放つ言葉に私は笑顔で固まった。デジャヴを感じるこのやり取り。ゆっくり、ギギギ、と首を傾けた。こめかみに青筋が浮かぶのがわかる。

「どこで」
「階段ですれ違った!」
「そういうことは最初に言って!!」

私が声をあげたことでチョコバナナを落としそうになっていた弟くんが視界の隅に映ったけれど、しっかり持っているから問題はない。また学校で、と炭治郎に背を向け人混みが緩やかになったところで私は不死川先生へ電話をかけた。
コール音が耳元で響く中、それはすぐに途切れた。

「もしもし!」
『あ、ねーちゃん!』
「!?」

不死川先生にかけたはずが、携帯の向こうから聞こえる声は思わぬ陽気な高い声で、一度耳元から携帯を離して画面を確認した。かけ間違いはしていない。先生だ。

「(幼児化した……!?)」
『勝手に出るんじゃねェ』
「先生!」

遠いところから先生の声が聞こえて、今の声は就也くんのものだったかと納得した。どうやら先生の携帯でゲームをやらせていたらしい。落ち着きを取り戻して私は先生に尋ねた。

「先生今どこにいるんですか?私も神社来てるんです」
「もう出てる」
「えええ!待ってください一眼見させてください!」

年明け早々に不死川先生に会えるなんて、それはそれは私としては縁起がよすぎることで。
先生たちは電車で来ていたのだろうか。家族多いから必然と遠出は電車になるのかな、なんて考えながら私は神社の石段を降りていく。

「いや、なら俺がそっち行く」
「……え!?いやいいです私が不死川家に合わせますだって将来のお嫁さんですからね!」
「……お前、馬鹿でけェ声出してんじゃねェよ」

人を抜かせないくらいの人混みに、流れに沿って歩いていればそんな声がため息交じりに聞こえた。もしかして、近くにいるのだろうか。辺りを見渡せばチラリと人と人の隙間から見えたその姿。
文化祭の時に見かけたお母さんに不死川先生は先に帰っててくれというような素振りで片手を上げていた。

「先生!あけましておめでとうございます!!」

電話を切らないまま、先生の右手を掴んで私は目を輝かせた。ここで会えたことも嬉しいけど、先生の首元には私がいそいそと二学期に編んでいたマフラーが巻かれていたからだ。
あまりきつくは巻かれていないので意味があるのかはわからないけれど。これが先月までの私のクマの原因の一つだったりした。私なりのクリスマスプレゼントを贈ろうと思って、お金はない為手編み。
先生は耳元から聞こえた電話越しの私の声に顔を顰めた。

「ちゃんと寝てんのかお前」
「はい!もうバッチリです!」
「ならいいけどよ」

電話を切って、先生は柔らかい笑みを私に向けた。その表情に私は胸がいっぱいになりそうだった。
そんな時に、私の携帯から着信音が入り、お母さんに何も言わずにここまで来てしまったことを思い出した。それに対しても先生は呆れたように笑うので、お母さんに謝りつつも私の心の中は陽だまりのようにポカポカとしていた。

「先生、絵馬書きましょう」

今日、一度登った石段を先生の腕にくっついて再び登る。さっきまでは先生に早く会いたくて、駆け足で下っていたけど今は人の流れがもっとゆっくりになればいいのになんて、自分都合になってしまう。
私の言う通り、先生は私に付き合って絵馬の置いてある場所まで歩いてくれる。
私が買うのに付き合ってくれるだけかとも思っていたけど、先生も何かを書くようだった。横目で見れば、全員合格、と書いてあった。

「先生は自分のこと祈らないんですか?」
「まあ、これが自分のことのようなもんだろォ」
「……じゃあ、私が先生のことを祈ろうっと」

先生のお嫁さん、といつも通りのことを書くつもりだった。けれど、先生が書いた言葉を見てやめた。

「“先生が幸せでありますように”」
「……」
「先生への愛故にですよ、愛故に!」
「じゃ、お前は絶対合格しろよ」
「勿論です!」

すでにびっしりと絵馬が埋め尽くされている中に、二つを並べる。記念に私は写真を撮って、ついでに先生も盗み撮ろうとしたけれど案の定遮られた。
帰るぞ、と歩き出す先生の隣を来た時のように腕を絡めて私も歩く。

「先生!どこからどう見てもカップルに見えると思うんですけど、どうですか」
「そりゃよかったなァ」

どうでもいい、と前は言っていたのに。
今年もきっと、素敵な一年になりそうだ。





シャーペン持った、消しゴム持った、受験票も持った。それでもまだ何か忘れているものはないかと確認してしまう。
今日は一世一代の大一番。センター試験の日である。
すっかり睡眠もとったし体調は万全なのだけれど、如何せん緊張は取れずに無駄に忘れ物を確認している。息を吐くと白い息が立ち上る。
頑張ってね、と背中を叩かれ送り出されて到着した試験会場。入り口に見えたその姿に私は緊張とはまた違う胸の高鳴りが聞こえた。

「先生、来てくれたんですか!」
「この会場が一番多いからなァ」

コートとマフラーに身を包んだ先生はポケットに手を突っ込んでいる。

「またまた、私に合わせてくれたんじゃないですか」
「どうだかな」
「……」

先生の姿を見て少し安心したのだけれど、やはり会場を目の前にすると緊張は途切れない。
手を握ってください、私がそう懇願しようとする前に先生は私の手首を掴みポケットから何かを取り出し私に握らせた。

「……あったかい」

コーンポタージュだった。いつしか、私が寒くて震えている時もこれをくれた。泣きたいほどにしんどかった時。
震えていた手を私はその缶を両手で持ち温まる。

「落ち着け、お前ならやれるから」
「……はい!」
「じゃあ行ってこい」
「はい!行ってきます!」

先生は、合格祈願をしてくれた。だからきっと、いや絶対やれる。そう信じて私は先生に背を向けた。