「当たり前だが、出会いがありゃ別れもある。ただこれも何かの縁だ。俺たちとお前らが世界の人口から算出して巡り会う確率は……」
「先生こんな時までいいですって」
「ていうか泣く、もうやだ」
「先生同窓会来てくださいよー!」
体育館での重々しい空気感での卒業式が終わり、最後のホームルーム、一年間陣取り続けたこの席で私は不死川先生らしい送る言葉を聞いていたけれど、どうやら長くなりそうで次々と口を挟まれた。
教室では素直に寂しいと泣いている女子もいれば、涙を堪えて無理やり笑顔を作って俺は泣かない、なんて言って意地張っている男子もいる。ちなみにさっきの卒業式までは前をはだけさせていなかったのに、今はもうボタンを開けている。
「いけたらなァ」
「それ来ない奴だ!」
最初こそ、私以外はほぼほぼ不死川先生が担任だなんて怖い、と愚痴を零している声も沢山聞いていたけど、今やそんなことを思う人の方が少なそうだ。嬉しいけど、少し複雑。
「せーんせい!第二ボタンくださーい!」
「はァ、やら、「先生の第二ボタンは私のものだから!!」
猫なで声を上げ、おそらく冗談半分だとは思うけれど先生へ歩み寄りボタンに手をかけようとするクラスメイトと先生の間に割って入った。先生の第二ボタン、いや第一ボタンも第三ボタンも絶対に渡さない。
「いーから席つけてめェら」
一度騒がしくなってしまった教室内、先生の指示で席に着く。先生はわかっているのだろうか。みんなホームルームが終わってほしくないことを。
「卒業おめでとう。もうお前らの面倒は見れねェし必要もねェから、しっかりやれよォ。じゃ、号令」
先生らしい言葉に、学級委員長が泣きながら号令をかける。さようなら、感謝の意も込めて、全員で頭を下げた。
それからは各々、卒業アルバムの白紙ページにメッセージを書き込んだり写真を撮りあったり。先生も今日だけは写真をおーいいぞ、なんて言いながら入ってくれている。
もう本当に終わりなんだなって、そんな風景を眺めながら思った。
「炭治郎さあん卒業しないでください~!!」
「え、俺は?俺も卒業してほしくないよね?ね!?」
「ご卒業おめでとうございます」
「そんなにドライだったっけ!?」
私もみんなと写真を撮って、メッセージも書いて、漸く落ち着いてきた頃に教室を出れば、廊下では中等部の子達が炭治郎の元で涙を流していた。それぞれ赤と青と緑の髪留めをしている。
善逸も出会った頃から変わらないな、なんてその光景を横目に校舎を出た。今日までに散々色々話したし、永遠の別れというわけでもないので、比較的ドライな類に入るのだと思う。不死川先生以外のことは、だけど。
一度家に帰り、クラスの集まりは19時からだったからそれまでに身支度を整え、少し早めにもう一度外へ出た。もう制服が着れないことにも心残りはない。
学校の最寄駅で降り、よく寄り道してアイスを食べていたコンビニを通り過ぎ、思い出の公園へ到着すると、大きな木の下で幹に背を預けて腕を組んで待っているその人がいた。
「先生、待っててくれたんですね」
「来ないとお前一生待ってそうだからなァ」
「またまた」
ぶっきらぼうな言い方だけど、その中に柔らかさがある。
バレンタインの日に私が書いた手紙の内容だった。『なかったことにしていなければ卒業式の日、18時に木の下で待っています』とだけ。ほぼほぼ先生が来てくれるとは、確信していた。けれど、実際にこうして来てくれたことに私は笑みが隠せない。
「優しいですね、先生はいつだって優しい。生徒思いで」
「違ェだろ」
いつもは、私から先生にこれでもかというほど付きまとい絡みくっついていた。先生からの手を引いてくれるなんてことはなかった。それでも私はそれに食らいついていった。いつか、先生が私に振り向いてくれると思って。
「好きだから」
手をふわりと掴まれ、そのまま先生の元へ抱き寄せられた。片手で私の頭を撫でるように包み込む。
胸の音が聞こえるその中を、暫くそのまま何も言葉を発さず堪能していた。車の中にいた時よりも、コーンポタージュを飲んでいた時よりも、どんな時よりも暖かった。
「いつからですか?」
随分とその温もりに浸ってから、顔を上げて先生に尋ねた。炭治郎や善逸は曖昧なことを言っていたけど、その瞬間があれば知りたかった。先生は少し考え込む面持ちを見せる。面倒くさい、とも言われないことに心が温かくなった。
「夏あたり……?」
「去年の?」
「いや今年」
「遅!」
思っていたよりも先生は私のことを長らく生徒の一人としか見ていなかったようで思わず目を丸くした。去年の夏休み前なんて、好きな女の子のタイプを聞いたら答えてくれたくらいだったのにまさかと思った。あの時花開く前、芽が出て来たくらいだったと思うことにしよう。
しかも、疑問形で答えているから先生自身もやっぱり気付いたら……、という感じだったのだろうか。それはそれで、じわじわと攻め続けた賜物だとは思うけど。
一度先生は私を放して、上着のポケットからがさっと何かを取り出した。
「ほら」
「……これは!」
先生が私の前に差し出したのは、透明な小さい袋に包まれた指輪だった。まさか、今日この日に用意してくれるとは流石に私は考えておらず、その指輪を受け取って中身を取り出した。先生につけてもらいたかったけれど、手渡したということは先生はその気は無いのだろう。あと、単純にそんなことも頭から抜けていて、その指輪を一刻も早く薬指にはめたかった。
「……あれ」
「何してんだァ」
「先生おかしいですよ、指輪が入りません。サイズが違います!」
「小指用だばか」
全く私の薬指にハマろうとせず、格闘していた私の手からその指輪を奪い先生は私の小指にはめた。ゴールドが輝くリングが指に映える。
勝手に早とちりをしたことは今更恥ずかしくはない。いつか絶対に先生のお嫁さんになってみせるのだから。
「ありがとうございます!ぴったり!小指用でもサイズ色々ありませんでした?」
「あー、祭りン時の指輪だよ」
「祭りの時の……ああ!」
目を逸らして零す先生を見て、思い出した。私が射的でゲットしたあの指輪。小指にぴったりだったのだ。三つの内の二つは持っているから、それを参考にしてくれたというわけだ。更にはあの時私の手元もしっかり見ていてくれたようで。
はめているのは薬指ではないにしても、私を想ってくれていることが伝わって来て胸の奥底から熱が込み上げてきた。
キラキラ眩しい小指から視線を外し、先生を見上げるとバチっと目が合う。そのまま、その瞳に吸い込まれるように私は踵を浮かせた。
「…………なんで」
周りには誰もいない。雰囲気だって申し分ない。だからこそ、絶好の機会だと思ったのに、背伸びして先生に顔を近づければ口元を覆われてしまった。もごもごとその中で喋れば手を放してくれた。
「まだ学生だろォ」
「卒業しました」
「三月いっぱいは高校生だ」
先生は、やっぱり先生だな、と、思い直した。そんな先生が、やっぱり私は大好きで。
肩を落とし、一つ息を吐いた私に先生は微笑んだ。
「春になったらな」
「……嫌です!!」
油断していたその隙に、もう一度背伸びをした。だって、もう一回しているし。
私の中ではもう、先生の恋人です。