アマサヒカエメの最終定理

すっかり日没も早くなってしまった今日この頃。学生の一大イベントも無事に終え、そろそろ本格的に悩まなければいけない時期に差し掛かっていた。

「不死川せーんせ!」
「……てめェ今何時だと思ってやがる」

唸るような低い声を出す先生に私はにこりと口角を上げ片目を閉じた。物陰に潜んでいたので誰にも見つかっていない。私は今日、先生に大事な話があってずっとこの駐車場で待っていたのだ。

「それはこっちのセリフですよ!」
「いやこっちのセリフに間違いねェわ、何時だっつってんだろォ」
「えーと……、22:53と表示されておりますね!」
「補導されんぞ」

冷たい風に全身力が入る中、私はあったかいミルクティーを飲みながら談笑していた。そう、談笑しながら待っていたのだ。
車の鍵を出して今にも乗り込もうとしていた先生は車の陰から出てきた私にこめかみに青筋を走らせる。

「先生とドライブデートがしたくて」
「てめェ」
「大丈夫です!」
「何が大丈夫だ」
「サプライズゲストをお呼びしました!」

じゃーん、と私がいた物陰に向けて手を広げる。私はここに一人で待っていたわけではない。二人で待っていたのだ。一人だったら多分、怖いし寂しいし寒いしで凍え死んでいたと思う。この兄弟は本当に優しくて、心から感謝している。

「ごめん兄貴……」
「……」

物陰からおずおずと身を出したのは、紛れもない先生の弟、私の友達、不死川玄弥くんである。最初は絶対怒られるからやめよう、と止められたのだけれど、お兄ちゃんが喜ぶところを見たくないの、等色々と言いくるめて半ば強制的に連れてきたのだ。

「二人きりじゃないし、これならきっともし誰かに見つかっても適当に言い訳できますよ!」
「……」
「私だって色々調べてるんですからね!流石にこの時間に二人で車に乗ってるところが誰かに見られたらまずいですからね」

と、言いつつ、多分誰も何も思わないと思うけど。多分、”あいつまた不死川先生に何かしてるよ”と、噂される程度で。私が周りに不死川先生を好きと公言していることはこうして外堀を埋めることにも繋がっている。最初は何も考えていなかったけど。
先生が小さく息を吐いた後、ピ、と小さく音が鳴る。車の鍵を開けたらしい。

「今日だけだからなァ、次やっても送らねェ。親に連絡する」
「やった!!」

後ろに、と続ける先生の声を無視し、私は助手席のドアを開け迅速に乗り込んだ。
多分玄弥がいなかったら最初から親に連絡されていただろう。玄弥を乗せていくついでに私も乗せていってくれる、というわけだ。玄弥は弟だけど、生徒でもあるから等しく生徒を送り届ける、と不死川先生は考えると思って。
勝率5割くらいで考えていたけど、上手く事が運んだので内心しめしめと口元を手で抑えていた。私も先生に近付いてきたかもしれない。

「先生、今日は何の日でしょう!」
「……」

車を発進させて、学校の校門を通り抜ける。街灯がポツポツと並ぶ道を走る中、先生に人差し指を立てた。
わかっているくせに、先生は答えない。わかってないわけはきっとない。さっき玄弥と話している中で、今日兄貴は家に帰ってくる、と言っていたから。

「ハッピーバースデー!」

赤信号になり車が停まったところで、私は鞄に忍ばせていたラッピングしたクッキーを取り出した。
私はこれを渡したくて、これまであの寒空の下、待機していたのだ。ドライブ中にお誕生日を祝われることに私は大人なイメージがあった。高級なものを贈ったりはできないけれど、隣に並びたい、という気持ちが伝わって欲しかった。
先生は横目でちらりと見て、空気を読まない信号が青に変わりアクセルを踏む。

「そんなことの為に、」
「はい仰ると思いました!そんなことじゃないです!なので風邪を引いても本望です!」

続く先生の言葉を遮った。ほら、私もこうして段々と先生の思考が理解できるようになってきたんです。これは類稀なる私の努力の成果だ。こんなことを口走ってしまえば先生は何の努力をしてるんだって呆れるだろうけど。

「紅茶飲みましょう、紅茶!コンビニ寄りましょう」
「寄らねェよ」
「……これ、今日一度家帰って焼いてまた戻ってきたんですよ?なるべく焼きたてを食べて欲しいから」

冷たく放つ一言に、私も静かに呟く。実際このクッキーは、今日不死川先生に”お誕生日おめでとうございます!”ってお菓子を献上している生徒と同じくして昼間に渡せようと思えば渡せた。
けれど私はそれと同じは嫌だった。
外にいたせいで温もりは失いかけているけれど、サクサクなのは今の内なのである。
隣から溜息が一つ聞こえてきた。この溜息は、多分、良い方だ。

「随分と計画性があるじゃねェか」
「ありがとうございます」
「褒めてねェよ」

言いながら、一際明るい光を放つ建物が見えてきて、ハンドルを切ってそこへ入る。
先生は、なんだかんだ付き合ってくれる。そして私はそれに甘えてしまうのだ。

「俺買ってくるよ、二人とも、何が良い?」
「甘いの!何でも!」
「いつもの」
「いつものって何ですか!?」

兄弟に嫉妬する私に先生は御構い無しに玄弥にお金だけ渡す。いつものが私はとても気になるのだけれど、それはもうすぐわかるとするのでよしとしよう。やっぱりまだまだ家族の近さには負ける。
車を出て自動ドアが開き中に入っていく玄弥を目で追っていた。先生は隣で携帯を弄っている。

「先生」
「あア」
「実は今日はもう一つ要件がございまして」
「なんだよ」

今日のメインイベントは勿論先生の誕生日なのだけれど、私にはもう一つ確認というか、お願いしたいことがあったのだ。
もう十一月も終わってしまう。早めに申し出ておかないときっと何かしらの予定が入ってしまうだろう。

「クリスマス、デートしてください」
「……お前は先生というものについて色々調べたんじゃねェのかよ」
「ちょっと遠いところなら誰にもバレませんって」

携帯の画面から目を離さないまま、先生は遠回しに誘いを断る。
去年もさらりと断られた。でも今年は、今年こそは先生と一緒にいたい。クリスマス当日は家族とって玄弥が言っていたから、イブの日に。聖なる夜に、二人でいたいのだ。女の子の憧れなのだから仕方ない。

「あ、旅行でも行っちゃいます?23日、24日で…」
「いい加減にしろォ、受験勉強してろ」

ぐ、とつらつらと口にしていた言葉を喉奥で止めた。
先生は、どうしてそんなに先生と生徒であることに隔たりを持つのか。私は、一人の女の人として見てほしいだけなのに。

「……先生は、どうしたら私のことを好きになってくれるんですか」

視界の隅で、玄弥がレジに並ぶのが見えた。そろそろ戻ってきそうだ。
玄弥が買ってくる、と言ってアシストをしてくれたのも実は計画したものだったのだけれど、これじゃあ折角手伝ってもらったのにまた去年と同じになってしまう。

「……」
「無視しないでください」
「やることをちゃんとやれ」
「……わかりました!」

子供を叱りつけるような言い方に、頭が沸き立ってしまった。これで情緒を取り乱しているのだから子供である。けれど、その衝動は抑えきれなかった。
やることをちゃんとやれ?ええわかりましたとも、そう自分の中で勝手な解釈をし、私はシートベルトを外してずっと目を合わせてくれなかった先生に顔を寄せ、こちらに顔を向けた瞬間、構わず唇を押し付けた。

「子供じゃないんです、ちゃんと見てください」

絞り出した声に、先生は何も言わなかった。車内に静寂が訪れる中、沈黙を破る玄弥の声に、何事もなかったかのように先生は微糖とかかれたコーヒーを受け取った。