「時透くんたちだ!写真撮ってもらおう!」
「ほんとだ!並んでるじゃん!」
校庭の木々が紅色に色付く頃、校内は他校の生徒や一般人で溢れかえっていた。
高校生の一年の中でも青春の一ページに刻むことができる今日、キメツ学園では盛大な文化祭が幕を開けていた。
お化け屋敷を開いている私たちのクラスからは悲鳴が聞こえている。そんな教室から休憩でお化けの格好をしたまま外をふらついていると、中庭で時透ツインズに群がる女の子たちがいた。
「人気だなあー……さすが」
「休憩かァ」
その様子を遠目から眺めていると、聞こえた大好きな声。
不死川先生は校内の見回りをしているらしい。ちなみに文化祭一緒に回りたいですと頼み込んだはいいものの、いつものように拒否された。こっちは仕事だ、と。
「先生!どうですか!」
腕を広げるように今見に纏っている衣服を不死川先生へ見せた。和風のお化け屋敷がコンセプトの私たちのクラスで、私は顔に血糊を塗りつつも格好は綺麗に着物を纏っていた。自前ではなく、借りたもの。
文化祭のしおりを丸めて持つ先生。
「……まあ、浴衣似合うよな、お前は」
「……!!」
これほどまでに、顔を血で染めたことを恨んだ日はない。顔を血で染める日自体、金輪際訪れないような気はするけれど。
私は手提げに入れていた携帯を取り出し、カメラを起動させた。
「先生!写真撮りましょう」
「撮らねェよ」
「まあまあそう言わずに……!あ、フィルター付けます?うさ耳はえますよ」
鬱陶しいと私に顔を顰める先生を他所に、私はどうにか先生に浴衣が似合うと言われた記念日に写真を撮ってもらおうと腕を掴んで内カメで先生が入るようにしぶとく食らいついた。
もしかしたら先生は夏祭りの時も私の浴衣姿が似合うと、そう思ってくれていたのかもしれない。そう思うと、頬がだらしなく緩んでしまう。
「あ、ねーちゃん!」
かしゃかしゃとブレては撮り直しブレては……、と格闘していると、陽気な声が聞こえてきた。周りに”ねーちゃん”と呼ばれるような生徒は沢山いるけれど、それでもその子が私を呼んだであろうことに確信を持てたのは見知った声だったからだ。
トタトタと一人かけてきたのは夏祭りぶり、就也くん。振り向く私に就也くんは立ち止まった。
「カオ、血……!」
「ああ、大丈夫大丈夫、これは、」
「ギャァアアア」
不死川先生から手を放して就也くんへ歩み寄ろうとすれば、就也くんは叫び声を上げて背を向けてかけて行ってしまった。明るい日の下なのに、小さい子からしたらそんなに怖いのかと口をポカンと開けながら後ろ姿を追っていれば、就也くんは誰かに抱え上げられた。
「こんにちは~、あなたがちゃん、かしら?」
鼻をすすり、しゃくり上げる就也くんの背中をぽんぽんと優しく叩きながらこちらへ歩み寄ってきたのは、とても物腰の柔らかそうな女の人だった。
多分、お母さんなのだろうと、就也くんの様子を見て理解した。就也くんのお母さんということは、つまり。
「初めましてお母様……!はい、私がです!」
「初めまして、実弥と玄弥と就也と、諸々の母です」
穏やかな雰囲気を醸し出すその人に目を奪われた。勝手な想像だけど、不死川先生のお母さんってこう、もっといけいけな感じかと思っていた。ギャルっぽい感じというか、かっこいい感じというか。
私の想像とは全く違い、度肝を抜かれた。先生は私のことなんて話さないだろうから、玄弥か就也くんがきっと私のことをお母様に話したのだろう。
不死川先生を横目でチラリと見れば、頬を引きつらせていた。
「さっき玄弥のクラスにも行ったのよ、あんたのクラスにも行くからね」
「はァ?俺は生徒でもなんでもねェし、つーかガキじゃねェんだからわざわざ、」
「何言ってるのよ!あんたも十分ガキでしょうが」
ぷく、と頬を膨らませるお母様の可愛らしさと、そんなお母様に言葉を詰まらせた不死川先生に思わず吹き出してしまった。
大人だと思っていたけれど、誰しも母親の前では子供に見えてしまうのだから不思議である。
「おい何笑ってんだァ」
「先生も子供ですね」
「はァ」
顔を顰める不死川先生、全く怖くない。
一先ず就也くんを泣き止ませてからまた来るというお母様に私は是非お化け屋敷へ、と声をかけたけど、おそらく来ないだろう。
「あ、そうだ先生!」
「あア」
「今日打ち上げあるんですようちのクラスで!先生来ませんか」
「行くわけねェだろ、忙しいんだ」
「またそれだ」
先生は何かと忙しい忙しい、と、忙しいを理由にして断ることが多い。夏祭りの時は本当の理由を話してくれたけど。先生とはそんなにも忙しいものなのか、最近少し、純粋に私は気になっているのだ。
「片付け終わったら打ち上げしたさに生徒みんな帰りますよ?忙しいことあります?」
「生徒が帰ったら来週からの授業の準備だ」
しれっと、話しながら写真を撮ろうとしたけど払われた。残念。フィルターをかければ血だらけの私の顔だってなんとかなるくらいにアプリは有能なのに。
「先生と話してるとなんか、思ってたより先生って大変なんだなって思い直しました」
「楽だとでも思ってたのかよ」
「小学校とは違って見る教科が限られてるじゃないですか?だから。あと宇髄先生とかは暇ーってよく言ってますし、こないだなんて授業中に電話かけてきましたし」
「まあ、美術は授業も少ねェ……は」
甘く見ていたわけでは決してないけれど、先生という職業の偉大さを最近実感している。職員室はいつもコーヒーのいい匂いがして、ゆったりまったりお菓子でも食べながら談笑しているのかと思っていたけれど、実際はむしろそうでもしなければやっていられない、というのが実情なのかもしれない。
「あの先生が例外なだけですかね。でも煉獄先生も返信早いんですよ。授業中にしたら怒られるし学校いる間はみんなの人気者なので勿論帰ってからですけど」
「ちょっと待てェ」
「はい?」
こうして先生たちは私の連絡にきちんと返してくれているので、そんなに忙しくはないのかな…なんて疑念が生まれていたのだ。けれども伊黒先生なんかは無視が多いので、やはり先生個人によりけり、かとそんなことばかり頭の中で考え次々口にしようとする前に、不死川先生から制止の声がかかった。
「お前、誰の連絡先知ってんだよ」
「……?不死川先生と宇髄先生と、煉獄先生とカナエ先生と悲鳴嶼先生と……、あ、あとこの前珠世先生の連絡先も聞きました!」
「……」
連絡先を快く教えてくれた先生たちを指折り数える。私のように先生の連絡先を知っている人は何人もいるから、別段珍しいことではない。
「いつも連絡してんのか、宇髄と煉獄は」
「煉獄先生は割と!宇髄先生は私にかけてくる時はほぼいたずらだしからかってくるしで、あまり話さないです。不死川先生ネタを教えてやるって言われた時はでるけど……なんでですか?それってまずいですか?」
「……いや」
三年生になってから、家で勉強するようになって頻繁に連絡してしまっているのは煉獄先生だけど。私はおもに数学メインで勉強はしているものの、気になるものは気になってしまうタチなので根掘り葉掘り聞いてしまう。一時間くらい幕末の新撰組について語られた時は流石に身を削られたけど。
首を傾げる私に先生は目を逸らした。
「迷惑かけんなよ」
「はい!大丈夫です!授業のことしか聞いてません!」
「いや、宇髄は違ェだろうが、何だよ俺のネタって」
「たまにおはぎ持ってきて食べてることとか……?今日わかったんですけどそれってお母様の手作りですか!」
「あの野郎……ッ」
悪態を吐くけれど、先生たちはお互いを尊重しているのを知っている。生徒だけじゃなくて、この学校の一員として大切な仲間であると、私にもなんとなくわかる。そういうの、なんだかいいなあと、思っているのだ。
「先生って、どうして先生になったんですか?」
「はァ?んなもんこれくらいしかできることがなかったからだよ」
「……素敵ですね」
「馬鹿にしてんのかァ」
「いやいやなんでそうなるんですか!」
なぜだか私を睨む先生に私は慌てて首を横に振った。
「先生はよく生徒のことを私含め見てるし、それって誰もができることじゃないと思うんですよね。全然”これくらいしか”って言うようなことじゃないと思います。……まあ、私は先生じゃないからわからないんですけど」
「……」
人には向き不向きがある。でも不死川先生は、不死川先生のことを知れば知るほど先生に向いている人だと私は感じている。
「だから、そんな先生にお願いです。写真を、」
「撮らねェ」
「……チッ」
そーっとカメラを向ければそっぽを向かれてしまった。舌打ちをする私に人の真似をしてんじゃねェといいながら先生は背を向けて見回りに行ってしまった。