「だから一緒には、」
「うっ、」
「……、」
が俺に恋をしてくれている。それと同じように、俺はに恋をしているわけではなかった。はっきりとそうとは言えなかった。
正直に伝えたが、艶々と目尻を光らせるに情けなくも狼狽えた。屋敷には療養中の隊士も数名いる。そもそもなほちゃんたちはみんな寝ている時間だろう。
「ぅあ、……っふ」
今にも泣き出してしまうだろうと危惧した俺は、その口を塞ぐように唇を重ねた。手で塞いだところで、喚いて止まらないと判断した故の手段だった。
勢いとは裏腹に押し付けるように合わせたそれが柔らかい。ゆっくりと離してから、目的を忘れ思わずもう一度触れたいと掻き立てられた衝動を抑えた。
驚きのあまりかは口を半開きにしている。泣き出してしまいそうな素振りも感じ取れない。
「今は、これで我慢してくれないか?」
つけるはずのなかった『今』という言葉が無意識にでてしまったことに自分で耳を疑った。
そんなことを付け加えてしまえば、この子を期待させてしまう。
はそのくりっとした瞳で真っ直ぐ俺を見据えてから、俺の羽織を掴んだ。
「じゃあこの前のやって」
「この前の?」
「うん。舌入れたでしょ、口の中に。そうしてくれたら我慢する!」
女の子が、嬉しそうに声に出す内容なのだろうか。自分がしたことを改めて言葉にされると、顔に熱が走る。
の頬に手を添えて少しだけ上を向かせる。ずっと瞳を輝かせているに控えめに顔を近付けてから、一度止まった。
「目、閉じてくれないか」
「どうして?」
「そういうものなんだ」
「……わかった」
どうして、どうして、とはいつも俺に疑問を投げかける。納得がいかないとさっきのようにしんと静まり帰った夜に似つかわしくない泣き声を上げようとするのだが、今からすることに期待をしているのかすんなりと言うことを聞いてくれた。
の瞳が閉じたのを確認してから、その唇へ、先程とは反対にそっと口付けた。ぴたりと合わせたそこから柔らかさと熱が伝わる。一度離してから舌を這わせればは口を開け侵入を許した。いつも俺の唇を舐めるそれに舌先が触れると、掴まれていた羽織がの方へ緩く引き寄せられる。
素直に求められているようで、猫であるからとか、いつかは戻ってしまうからとか、考えていたものは全て頭の中から抜けて舌を絡ませた。
「んっんん……、」
上顎をなぞるとびくりと身体を震わせるのまぶたがうっすらと開くが、焦点はどこにも合っていないようでその瞳は蕩けていた。その反応と合間で唇から漏れるの声が、俺の胸の中をぐつぐつと沸き立たせた。
頬に添えていた手はいつ頭の後ろに回したのかは自分でもわかっていない。
本能のままにの口内を貪り続け、の手が羽織から放されだらんと垂れたのを視界の隅で捉えてから、唇を離した。水音を立てていた液が糸のように繋がりの口元に垂れた。
うつろだった瞳でしっかりと俺を見据える。瞳が透き通って綺麗な分、そこに映る俺が憚られる気がした。
はそんな俺に構わずにこりと微笑みかけ、背中へ手を回し身を寄せる。
「炭治郎の汗の匂いも好きだし、今のも好き」
「……」
「もっと知りたい」
俺を見上げて目尻を下げるの頬は火照っている。俺がの頬に手を添えていたのを真似るようにも俺の頬に触れた。
その表情に身体の芯から沸き立つ何かをぐっと抑え生唾を飲み込み、近付くを遮るように口元に垂らしたままのそれを羽織で拭き取った。
「ふぐ、」
「今日はもう終わり。冷えるし風邪引くから、先に戻っててくれないか」
「風邪引かないよ?」
「わからないだろう。に辛い思いはさせたくない」
きっと、の言う通り引かないのだろうが。怪我もしたところですぐに治ってしまうし、鬼の体質を持ち合わせている今のにそういった類はおそらくない。
は諭す俺に面白くなさそうな顔はするが、わかったと小さく呟いた。
「あ!」
屋根の上を歩かせたくはないから、俺が降ろそうと腰に手を回した時、は何かに気付いたように声を上げた。俺が支える前には立ち上がり、す、と冷たい空気を吸い込んだ。
「しのぶ!」
屋敷で寝ている人たちを起こしてしまうのではないかという大声では外を歩いていたその人を呼んだ。
しのぶさんはの声に立ち止まり俺たちの方を見上げる。しのぶさんの手には薬草らしきものが握られていた。
「何してる、!」
「夜中に大声を出してはいけません」
の声を抑えるように、一瞬でしのぶさんは屋根の上、の目の前に現れ人差し指での口元を抑えた。
驚いて固まっているにしのぶさんは頭を撫で微笑んだ。
「しのぶさん、それは?」
「これですか?解熱剤に使える薬草です。数名、毒にやられて高熱が出てまして。だから、静かにしていてくださいね」
「はーい!」
気のいい返事をするを見ていると、先程までの空気感が一転する。おかげでどこか熱くなっていた胸が落ち着きを取り戻した。
回らなかった頭の中が正常に動き、しのぶさんが手にしている薬草を見てあることに気付く。
「その葉、もう残り少なかったんじゃないですか?」
「ええ、そうなんですよ。熱が下がるのがほんの少しずつで、今ある分はこれで最後です。なので明日にでもアオイやなほたちに採ってもらいに行くよう頼みます」
「なら俺が行きますよ!みんなは屋敷のことがあると思うので」
「あら、いいんですか?」
「はい!」
俺はこの屋敷では空いた時間があれば今日のように善逸と伊之助と手合わせをしているのみで、勿論それが大事だとはわかってはいるが、住まわせてもらっている以上この屋敷の人たちの役に立ちたい。
頷いた俺にしのぶさんは、ではお願いしますと承諾してくれた。
「私も行く!」
俺としのぶさんのやり取りに割って入るように、が俺の袖を掴む。
時間は決めてはいなかったが、朝起きて朝食を食べたらすぐに採りにいこうと思った。だから、禰豆子のように小さく箱の中に入って背負うこともできないを連れてはいけないのだが。
「は、太陽の下歩けないだろう?」
「歩けないけど……、夕方からじゃダメなの?」
「いいですよ。一先ずは足りているので」
「ほら!」
喜ぶにしのぶさんはくすくすと笑っている。が猫であった時よりも、しのぶさんとの中は良好に見える。その辺りは、人間の姿でいるにとってもしのぶさんにとっても好ましいことなのだろう。
こほん、と咳をしてからしのぶさんは鮮やかな羽織を靡かせ背を向ける。そのまま屋根から降りていくのかと思えば、顔だけ俺に振り向いた。
「炭治郎くん」
「はい!」
「言おうか迷ったのですが……」
「はい、?」
一度しのぶさんは目線を月に流してから、人差し指を立てて俺に向けた。さっき、の口元を抑えていた方の手だ。その指先には艶が走っている。
「屋敷ではほどほどにしてくださいね」
「…………はい、すみません」
何について程々に、と告げているのかはすぐに理解できて、見られてはいないものの俺は顔から火が出そうになった。二人でいたのはに声をかけられる前から気付いてはいたのだろうが、あの続きでもなんでもなく、夜中に大声を出してはいけないことを改めてに教え込もうと心に留めた。
しのぶさんがふわりと飛び立っていくのを見れずに、俺は俯いていた。