香り立つ焼き魚に炊きたての白米を前にする早朝。みんなで手を合わせて食べ始めると視線を感じそっちを見ると、善逸だった。ただし善逸は俺を見ているわけではなく、その目で捉えているのは俺にぴたりと腕を回してくっついているだった。
「なあ、炭治郎」
「うん……」
「朝からいい御身分だなあ??」
どこから出しているのか頭を捻る声で善逸は眉間に皺を寄せた。俺は苦笑いをすることしかできない。
花畑であった一件以来、は今まで以上に俺に執拗にくっつくようになった。こうして朝食を食べるときは隣でみんなの会話に混ざりながら話していたのに、それさえもせずに脇の下から身体を入れて俺に顔を擦り寄らせている。ただ、変わったことはそれだけではなく、なぜかここのところはくっつくだけで前のようにそれ以上のことはしなかった。
周りに人がいてもは御構い無しに俺へその柔らかい唇を押し付けていたのに、ある日を境にはたとそれはなくなった。
けれどそれは俺から『もうしないのか?』と聞けるような内容でもなく、俺の方が求めているように聞こえてしまう。勘違いさせては不味いと真意は聞かないままではあるが、ただ、気になることに変わりはなかった。
「」
「なに?食べ終わった?」
善逸の視線に居た堪れなくなり名前を呼ぶと、は瞳を輝かせる。これだけ顔が近いといつもはそのままの勢いで前触れもなく唇に触れたり、俺へ要求してくるのだが、そういった素振りは一切見せない。
一度お椀を置いてを俺から引き離した。
「邪魔だった?」
「え、?」
「嫌だったら嫌って言って。我儘言わないから」
人が食べている時に邪魔をしてはいけないと、今しがた#name1が口にしたことを告げようとしたが、からその言葉が出てきて言い淀んでしまった。
俺に回していた腕は膝の上に置いて拳を握り締めている。普通ならが今していたことは好ましくはないのだが、俺が嫌かそうでないかの二択を迫られれば、嫌ではない、というのが正直なところだ。
そもそも突然聞き分けがよくなろうとしていることにも疑問が募る。もしかすると、俺が怪我したから嫌われて、未だに捨てられてしまわないかと不安になっているのだろうか。
「嫌ではないけど……」
「じゃあくっついててもいい?しのぶに教えて貰ったよ。炭治郎が一緒にお風呂に入ってくれないって話したら、」
「お風呂!?」
「それは愛し合っている男女でしかできないことです、って。口に舌入れるのだって、」
「舌!?」
「本当はしちゃいけないんだって。だから、もう炭治郎が困ることはしないから、嫌だったら嫌って言って」
「炭治郎!?」
ぺらぺらとしのぶさんから教えて貰ったという男女のあり方と俺としたことを口にしたことで善逸は俺に米粒を飛ばす。なほちゃんたちはこの場にいなくてよかったと心底思った。伊之助もカナヲも任務に出ているから、俺と善逸と、しかこの場にはいない。
「お前!とどこまでやってんだ!最後までか!?最後までやっちゃったのか!?」
「善逸、」
「俺が任務に出てる間にお前はこんな可愛らしい子と一夜明かしたのか!!」
「一緒には寝てるけど、落ち着」
「一緒に寝ててそりゃ手がでないわけないよなあ!なあ炭治郎!!」
向かいに座っていた善逸が俺の元まで詰め寄り襟ぐりを掴んで物凄い剣幕で怒り散らす。
取り乱している善逸に聞こえるように俺も大声を上げると、部屋の襖が開いた音が耳に鳴る。振り向くと、しのぶさんが蔑んだ目でこちらを見下ろしていた。
「朝からそういう会話を大声でするのはやめていただけますか。野蛮です」
「「すみません……」」
ふう、と呆れた溜息を一つ吐くしのぶさんに俺も善逸もほぼ取っ組み合っている状態であった体制を立て直した。
「最後までって、なに?服脱いでなんか動いてるやつのこと?」
部屋に小さく響いた細い声に、思わず固まった。その声の主は善逸に首を傾けながら伝えたようで、その後に俺を見据えた。
ちょっと待ってほしい。は、そういうことを知っているのだろうか。動物はそういうことは本能でやるものではあるが、知識があるというわけではないだろう。だとしたらしのぶさんが教えたのだろうか。
疑惑を持ってしのぶさんへ視線を向ければ、しのぶさんは首を横に振った。
「猫だった時に見たことあるよ、そういうの。細かいことはわからないけど……。あれも好き同士じゃないとできないこと?」
しのぶさんから視線を移した先のは、無垢な眼差しを俺に向け首を傾げていた。
の認識からすると、唇を合わせることの延長だとは思ってはいなかったようだ。ともあれ、朝に相応しくない会話であることには間違いなく、この話題を終わらせる為へ向き直った。
「、」
「だったら、私も炭治郎とそういうことしたい」
「あーもう過激!!朝から過激!!駄目よ!よくわかってないままそんなこと言っちゃ駄目!!め!!」
この話は後で、と俺が口を開く前にはさらりと声に出した。俺が反応する前に善逸が羽織での口を喚きながら塞いだ。
もがきながらは善逸から逃れ息を吸い込む。
「わかってるよ。だから炭治郎が私のことを好きになってくれるまでもう今までみたいなこともしない。私炭治郎に嫌われたくない」
眉を下げて、は口を噤んだ。
は何も間違ったことは言っていない。今までしてきていたことは、お互い想い合っている男女ができることであって、俺が許すとか許さないとか、そういう匙加減で決めるものではない。
だからが我慢できて、もう要求してこないのであればそういうことはしないという選択が正しい。
「でもくっつくのはいいでしょ?」
「……」
「それもダ「指令ー!!指令ー!!!」
おずおずと俺に顔を上げながら懇願するとの間に、大きな羽をばたつかせながら鎹鴉が割って入った。
「南西!南西ィイイ!!」
が人間の姿をして俺の前に現れてからは、初めての指令だった。
日没までに間に合うように目的地まで辿り着かねばならない。もっと言えば、なるべく早く着いて被害に遭った町の人たちの話も聞きたい。指令が入ればゆっくりご飯を食べている時間もないのだ。
「急ゲ!!」
「うん、」
「私も行く」
俺の頭に乗った鴉がゲシゲシと髪の毛を踏み均す。立ち上がりすぐに禰豆子を連れて出る準備をしようとした俺の腕をが掴んで止めた。
薬草を採りに行くときは急ぎではなかったから連れ出せたが、今回はそうも行かない。一度の隣に腰を下ろし、心配そうに俺を瞳に映すの髪の毛に触れた。
「今回は連れていけない」
「私何もできなくないよ。炭治郎の盾になれるよ、すぐ治るし」
「、」
「私が守りたいの」
揺らぎのない瞳を向けながら、を俺の腕を掴む力を強めた。確固たる思いがその瞳から、声から、手から痛いほどに伝わってくる。
それでも、俺はの意思には頷けず、頬を包み込むように触れた。
「ありがとう」
「うん!一緒に、」
「はここで、俺のことを待っていてくれないか?」
「……どうして」
一瞬、俺の言葉を肯定的に捉えて顔色を明るくさせただったが、再びその眉は下がり肩を落とす。
を盾に、なんてことは絶対にしたくない。だからと言って足手纏いになるからと置いていくわけでもなく、俺には俺ではここにいてほしい理由があった。
「が待っていると思うと、絶対に帰ってこようと思えるから」
その綺麗な瞳から涙がこぼれ落ちてしまう前に、気持ちを伝えた。
嘘偽りも、迷いさえない正直な気持ちだった。
の瞳の中で笑う俺に、は頬を赤らめて小さく頷いた。