どうして禰豆子は太陽の下を歩けるのか、私と同じだと思っていたのに違くて、不思議だった。
きっと禰豆子が頑張ったから太陽の下を歩けるようになったんだと、炭治郎に見つからないように、私も頑張って部屋の窓から溢れる日差しに手をかざしてみたりした。でも、ずっと浴びてしまうとこのまま焼け焦げて手が戻らなくなってしまいそうで、熱さに耐えられなくなって太陽から手を隠した。じわじわと焦げた手が徐々に戻っていくのを何度も見た。何度もそればっかり繰り返しているけど、日の光に身体は慣れてくれない。
私もその内、禰豆子のように昼間に外を歩けるようになりたいのだけれど、それよりも、私が一番嫌なことを聞いてしまった。
「いいのですか?伝えないままで」
「……」
「いつか、は猫に戻ります。必ず」
目が覚めて、炭治郎が部屋から出て行ってしまうのがぼやけた視界の中に映った。
またすぐ炭治郎はどこかへ行って戻ってこなくなってしまうから、追いかけるように後を追った先でしのぶと話しているのを耳にした。
私は、猫に戻ってしまうらしい。胸が痛くなった。
折角炭治郎と同じように隣を歩けるように人間の姿になれたのに、太陽の下を歩けるようになるどころか、猫に戻ってしまう。
本当、なのかな。
「悲しませたくないんです。は、猫に戻ることは望んでいないから」
廊下の奥で聞こえた炭治郎の声に胸がちくりとした。炭治郎は知っていたんだ。私がいつか必ず猫に戻ってしまうって。
だから炭治郎は、いつも悲しい顔をしていたのかもしれない。
「その分、炭治郎くんが苦しいんじゃないですか」
私を悲しませない為に、そのことは言わないでくれて、代わりに炭治郎が苦しんでいたのかな。
困らせてしまっていた。私がちゃんとした人間になれなかったから。
「俺は、大丈夫です」
「大丈夫なようには見えませんが……」
苦しそうな声だった。きっと、しのぶの言う通り大丈夫なんかじゃない表情をしている。
もし私が太陽の下もちゃんと歩けて、人間に戻らないということがわかっていれば、炭治郎は私に眉を下げることはなかったのかな。
「元に戻ればの記憶もないのでしょう。炭治郎くんだけ残されてしまいます」
「わかってます」
「……炭治郎くんも、痛いほどわかっているでしょう。残されるのがどれほど辛くて悲しいことなのか」
胸が、痛くて苦しくなった。
消えてしまう私を好きになっても、仕方のないことだから。でも、炭治郎は優しいから私のわがままを聞いてくれていた。私が悲しむからって、炭治郎は本当のことは黙ってくれていた。詳しいことはわからないけど、それが本当なのは、炭治郎が私に見せる笑顔を思い返せば、きっと真実なんだなって思えた。
炭治郎は、私が人間になってからよりも、猫だったときの方が私によく笑いかけてくれていた。
ふらふらとした足取りでその場を離れた。日を遮るように、屋敷の奥へと逃げるように。
「……嫌だな」
炭治郎は、私のことを考えて沢山苦しんでいたのに、それでも私は猫に戻りたくなんてなかった。じくじくと胸が内側から張り裂けそうになる。炭治郎はずっと、こうして胸を痛めていたのかな。
私のせいで炭治郎を困らせるのは、もっと胸が痛くなる。
私は、どうしたらいいんだろう。戻った方が炭治郎は笑ってくれるのかな。でも、嫌だな。嫌だけど。
炭治郎は私に、どうしてほしいのか考えてみた。頭の中で想像してみた炭治郎は、私にきっとこう言ってくれる。
『はどうもしなくていいよ』
って。ううん、絶対こう言ってくれる。優しいから。本当に、優しくて、そんな炭治郎が大好きだなってぽかぽかとした。
だから、一人で考えなくちゃいけない。私がなんとかしなくちゃいけない。
「」
壁に身体を預けて冷たさに目を瞑りながら考えていれば、柔らかい声がした。瞼を上げて目の前を見ると禰豆子がふわっと笑いながらこっちまで歩いてきた。
「おは、よ!」
「おはよう」
禰豆子とは、目が似ているとよく言われていたって炭治郎が話していた。今は似つかないけど、禰豆子が元に戻ったらきっと、炭治郎とそっくりな綺麗な瞳になるんだろう。
私には、よくわからないけど炭治郎にはそうして禰豆子のこともあって、すごく大事にしていて。
私のことも炭治郎は心配してくれるけど、優しいからみんなのことを心配しているだけで。そんな炭治郎が私も好きで。
「……私、炭治郎が好き」
「うん、うん!」
猫には戻りたくない。でもこのままだと炭治郎は困ってしまう。ずっと胸が痛いままになってしまう。それも嫌だ。炭治郎が苦しむのは、私も苦しい。
戻りたくないけど、このままずっと炭治郎といると気持ちも抑えられない。
「何してるんだ?二人で」
後ろから聞こえた声に肩を揺らした。目の前にいた禰豆子が私を横切って炭治郎の元へ駆けていく。
振り向くと、炭治郎は禰豆子の頭を撫でながら私のことを見て心配そうに見つめていた。
「?」
「あのね炭治郎」
困らせたくない。もう苦しんでほしくない。胸を痛めていた炭治郎に気付けなくてごめんなさい。
何度謝ったってきっと足りないけど、今、私が決めたことの前に、炭治郎とやりたいことがあった。
「どこか行こうかって、前に言ってくれたでしょ?」
「うん……」
「私、炭治郎と星を観に行きたい」
笑顔って、作った笑顔もあるんだなって自分がしてみて初めてわかった。多分、炭治郎が私に見せていた笑顔はこれがほとんどだったのだとなんとなく思った。
精一杯笑顔を見せてから、頷いてくれた炭治郎の手を取った。
きっと、一人よりも二人で願えば叶うと思うから。