洋燈の橙色の灯りがぼんやりと室内を包み込む中で、とある人へ筆を走らせていた。
すやすやと寝息を立てて無防備に寝ているのことについてだ。
数日この子と暮らしていて、わかったことを書き綴りつつ、何か知っている情報がないかと助け船を求めていた。
鬼を人間に戻すことよりも、可能性が低いことはわかってはいる。の場合、戻すのではなく、鬼を倒したままそのままでいることを求めているからだ。
「……炭治郎」
「、起きたのか」
布の擦り切れる音が耳に鳴り、朧げな声に振り向くとが目を擦りながら上体を起こしていた。
「寝てなかったの?」
いつも、俺と一緒に寝ているしは俺が何か、例えば鍛錬をしていたら一緒に床につくまで待っていた。この手紙を書くのもきっと隣で待っていただろう。ただ、内容はには見せたくはなかった。
だから一度を寝かせてから、を起こさないよう布団から抜け出し仄かに部屋を照らして書き綴っていた。
「なにしてるの?」
案の定、は俺が何かをしていることが気になったらしく、俺の隣へぴたりと距離を詰めて座り、俺が折り畳んでいる手紙へ視線を落とした。起きたのが書き終えた後でよかったと安堵した。
「手紙だよ」
「手紙?誰に?」
「珠世さん」
禰豆子を人間に戻す為に、倒した鬼の血を都度送ったり、とても世話になっているが、またもう一つ珠世さん頼みの事案が増えてしまった。心苦しく思いつつも、がこのままでいることはできないだろうかと、少しでもいいから可能性が欲しかった。
についてわかったことは、数日だがかなりある。
まず今のように人並みに睡魔が訪れること。鬼は人を喰らう分休息を必要としないはずだが、は鬼ではないし、鬼の力で人間の姿をしているだけであるから普通の動物と同じなのだろう。だが、食事は取らなくても大丈夫のようだった。太陽の下は歩けない、怪我はすぐに元通りになるといったことは鬼そのものなのに、節々で人間のようなことが必要となるから、まさしく人であり人でないような“失敗作”なのだろうと知れば知るほど肌で感じた。
「珠世さんって?」
「すごくお世話になってる人なんだ。のことも紹介したよ」
「私のこと?なんて!」
立ち上がり、折り畳んだ手紙を烏の足へ結ぶ為窓を開けて呼んだ。満月が夜空で一番の存在感を示している。
夜風でピアスが揺れて肌に当たるのを感じながら俺の元へ来た烏の足へ手紙を結び、飛び立たせた。
その様子をそばで見ていたへ振り返る。
「“可愛い子と暮らしています”って」
俺を見上げるの頭を撫でながら笑いかけた。正確に言えば、もっと細かいことを書き連ねているのだが、それは言えない。
俺の言葉にはふわふわの髪を風で横に流しながら、表情を明るくさせて俺の胸元へ飛び込んだ。先程までの眠気はすっかり飛んでしまったらしい。
「ねえ炭治郎」
「うん」
「好き」
えへへ、と胸元に擦り付けていた顔を上げ、頬を綻ばせた。
好きだと思われているのは、素直に嬉しい。嬉しいのだが、俺自身は、どうなのだろうか。ここ数日で何度も頭を悩ませているが、答えは出ない。
それはそうだ。この子は人間ではなく猫なのだから。だから、俺が唇を合わせるのも許しているのは、を一人の女性として見ているわけではない。
「もう遅いから、今日は寝よう」
「まだこうしてたい」
「朝起きれなくなるぞ」
開けた窓の戸に手をかけ、片側だけ閉める。は俺の背中に腕を回しくっついて離れない。
俺は今まで、これほどまでに女の子に好きだとあからさまに求められたことはない。あからさまでなければある、というわけでもないのだが。中身は猫だとわかっていても、時々それを忘れてしまいそうになるほどにはは“人”であった。
「とくとく言ってる」
を俺から離そうと、小さい肩に手を置いたところ、は背中に回していた手を放し、自分から距離を取るのかと思えば俺の胸に手を当て顔を横にして耳をくっつけた。
「うん、みんなそうだよ」
「猫だった時と違うよ?」
「違うって?」
「早いの」
俺の胸の音に耳を澄ませているようで、それはが猫だった時に俺が抱えていた時のものとは違うらしい。それは自分でもわかっていた。
その理由は、にはわからないだろう。ただあの時と違う、という事実を口にしているだけで。これは、一種の自然現象のようなもので、誰だって血の繋がらない女の子に好きだと言われながらこうされたら、胸の音くらい早くなる。
「」
「ん、わっ」
もしかしたら、それは言い訳なのかもしれないが。
心の片隅で予防線を張っているのかもしれない。俺は、この子がずっとこの姿でいることができる未来を、想像できなかったから。
このままでは埒が明かないと、俺の胸元に耳を立てるを抱え上げ、布団まで運んだ。
「、こらっ」
「えへへ、離れたくないの~」
を先程まで寝ていた温もりが残る布団の上へ降ろしたが、横抱きにしていたの腕が俺の首に回され離さない。反動での顔に近付いてしまい、既のところで頭の横に手をつき触れそうになるのを堪えた。はそんな俺に瞬きを繰り返した後、にこりと微笑んでから俺に回す腕に力を入れて頭を持ち上げいつものように唇を舐めた。
いつもいつも、されるがままの俺も俺なのだが、断る理由だって思い当たらなかったのだ。この子が本当の人間の女の子だったら、今こそ無理矢理でも肩を押し返していただろう。そうしないのは、この子が本当は猫であるからで、この子なりの愛情表現だからであって。
徐々に徐々に、俺もの方へ顔を寄せ、の頭は枕元に戻る。側から見れば俺が押し倒しているように見えるだろう。
舌を這わせるに合わせて、俺も舌を出せば先がぶつかった。
「!、」
そのまま、無意識にの口の中へ舌を入れ込めば、は肩を震わせ唇を離した。その反応に、慌てて俺は力が緩んでいるの腕から逃れ距離をとった。
起き上がらないでくれ、そのまま眠ってくれと俺の願いも虚しく、は上体を起こし首を傾げた。
「今のなに?」
「なにって……」
君が普段、やっていることなのだが。でも、そういえば口の中に舌を入れられたことはない。いや、あるにはあるが、一番初めにされた時の一瞬だ。
いらない知識を教えてしまったのかと焦燥感に駆られた。
「もう一回して」
「もうしない」
「どうして、もっとしたい」
「どうしても。ほら、もう寝よう」
小さい子供の探究心のように、素直に知りたいと顔を近付けるの肩を押し返し今度こそ本当に布団へ押し沈めた。
不満気に口を尖らせるが、わかった、と言うことを聞いてくれたので胸を撫で下ろす。
閉め忘れていた窓の片方の戸を閉じるため、月に向かって歩く。窓から覗くその大きい月には全てを見られてしまったように感じながら、戸に手をかけ月明かりを遮った。