贈り物
ふとした時に、炭治郎くんは戸棚の上に飾っている家族写真を見ては目を細めて懐かしんでいるようだった。
その様子をコーヒーを飲みながら横目で見ていると、気付かれた。

「禰豆子ちゃんと花子ちゃん、可愛いよね」

ふい、と目を逸らして私もその写真に視線を移す。最初に炭治郎くんの携帯の画面を見せられた時から可愛い子がいるな、とは思っていたけど、たまに炭治郎くんが見せてくれる写真はどの角度でも禰豆子ちゃんと花子ちゃんの二人は可愛かった。

「だろう?店でも評判なんだ」

謙遜もなく、得意げに笑う炭治郎くん。これは所謂シスコンという奴なのではないかと頭を過るけど、例えそうであっても何も不味いことはないし、兄妹仲がよくてとても羨ましい限りだ。
早く帰ってきて、と禰豆子ちゃんに言われているくらいだから、禰豆子ちゃんたちもこのお兄ちゃんが大好きなのだろう。今は私がこうして独り占めしてしまっていることがなんだか申し訳なくなってしまう。
夕方のニュースをソファーで座りながらぼうっと聞き流す。もう街は近々訪れるクリスマス一色だ。
屋台がずらりと並ぶクリスマスマーケットたるものも有名で、一緒にいれたらいいなと思うけど、きっとそれは難しい。
手にしていたマグカップをローテーブルにコト、と置いて隣に座る炭治郎くんに寄りかかれば、炭治郎くんは私の腰に腕を回した。

「パン屋さんってさ、忙しいよね」
「ん?」
「クリスマス」

目の前のテレビで流れる街の光景を眺めながら、ぽそりと呟いた。観光客向けなマーケットであるようだけど、クリスマスをパリで過ごしたことのない私はほぼ観光客と遜色がない。だから一緒にいれたら、とほんの少しだけ思ってはいるけど、おそらくそれは無理なことはわかっている。一応、一応聞いてみただけ。

「うちはケーキも置いてるからな」

はい、わかってました。きっと去年もさぞかし忙しかったのだろう。大体そろそろそういう時期なのにどうするか何も話が進んでいないから、本当に、ほんのりと淡い期待を抱いていただけ。
そうだよね、と呟きながら私も炭治郎くんの腰回りへ両腕を回しくっついた。暖かな匂いがとても落ち着く。

「でもクリスマスが終われば年末になるし、休みだから」

もう街が華やかに飾られる日は過ぎてしまうけど、年末年始はどこのお店もclosedの札がかけられる。炭治郎くんが働くベーカリーも私がバイトをしているカフェもそれは例外ではない。
見上げた先の炭治郎くんは優しい眼差しを私へ向け笑みを浮かべている。そのまま顔を寄せられたので瞳を閉じれば軽く唇が触れる。

「あ、そうだ」

離れた後に、炭治郎くんは私が回していた腕を優しく振り解いてソファーから立ち上がる。どこへ行くのか様子を見ていれば、写真が飾られている戸棚の引き出しからチャリ、と音を鳴らして何かを持って戻ってきた。もう一度私の隣に腰を降ろして私の手をとる。

「はいこれ」

言いながら手の平に置かれたのは、鍵だった。多分、この部屋の。言葉を出さない私の代わりに炭治郎くんは私の手をとったまま口を開く。

「いつでも来てくれて大丈夫だから」

クリスマスに一緒にいれないことに寂しさを感じたのが伝わってしまったのか、はたまた元々、近々渡してくれるつもりだったのかは定かではないけど、自分の部屋の鍵を渡してくれるなんて今までなかったから、信頼されているのだなと鼻の奥がツンとして、胸が和らいだ。

「あ、でもこれだとが一方的に来たいと思ってるような言い方だよな……。俺がにいてほしいって思ってるだけだから」

本当に、優しい人だ。炭治郎くんの言葉を聞いて、手の平に置かれた鍵をギュ、と握り締めた。
テレビで流れる恋人へのプレゼント特集を耳にしても、これだけで私はクリスマスなんて関係なしにこの人と一緒にいれたら全て解決するのだと、一瞬にして考えが一転してしまった。
私ばかり、優しくしてもらっている気がする。優しくしたいと本人は話していたけど、付き合っているのにとても一方的によくしてもらっているのを感じていた。
だから、聞き流していたプレゼント特集をちゃんと頭の中に留めておけばよかったと後になって後悔した。


「贈り物ですか?」
「はい。でも何がいいかわからなくて」

今日は予定があるから会えない、と連絡すればどこか行くのかと返された。正直に買い物、とだけ言ってしまおうものならきっと炭治郎くんは一緒に来てくれると思ったから、クラスメイトとお茶会、と嘘を吐いて、私は学校が終わった後、いくつものブティックが入るデパートへ足を運んでいた。
悩む私に声をかけてくれた店員さんに話した通り、色々と見て回って気付いた。私は炭治郎くんの好きなものを、まるで何も知らないことに。
炭治郎くんは私のことを色々と聞いてくれるけど、私は例えば、好きな食べ物はたらの芽の天ぷらだとか、家族が大好きであることとか、そういうことしか知らなかった。

「恋人へですか?」
「そうです……」
「でしたら、お財布とかキーケースとか、マフラーも人気ですよ。後は女性からペアアクセサリーを贈るのも素敵だと思います」
「なるほど」

色々と無知な私へ提案をしてくれるけど、喜んでくれるのだろうか。いや、多分何を贈っても炭治郎くんは喜んでくれるとは思う。変化球でない限り。ただ、好きな色も知らないし、今使っているものがお気に入りのものだったら私が財布やキーケースを贈ったところで少し困ってしまうだろう。
完全なるリサーチ不足を実感した。店員さんへまた来ます、と会釈をしてガラス張りのお店を後にした。
外を歩くと日はすっかりと沈んでいて、お店の前に飾られたツリーや輝くイルミネーションに心が踊る。クリスマスではないにしろ、一緒に歩きたいなと考えて、また自分本位であると考えを振り払った。
どうしようと頭を悩ませながら歩いていると、甘い香りが鼻を掠める。お菓子の匂いではなくて、温かみを含んだ匂いで、辺りを見渡せば小さい出店のような場所でお花が売られていた。一輪挿しも花束も、小さい植木も色とりどりに並んでいる。

「どうぞ~見て行ってください」

じ、と眺めていると私に気付いた花屋の女の人が手招きをする。吸い寄せられるようにそちらまで近寄ると独特な香りが強くなって、お花畑にいるような感覚に包まれた。

「いい香りでしょう」
「はい」

穏やかに笑いながらそう零す店員さんへ頷いた。そろそろ店仕舞いなのか、エプロンはもう外している。

「自分用にもいいし、贈り物にもいいのよねえ、お花って」
「ああ、お祝い事はお花がいいですよね」
「それだけじゃないわ。誕生日や記念日だけじゃなくて、ちょっとした日頃のお礼とか、あとは謝りたい時とか。全部にぴったりだわ」

頬に手をあてながら話すその人は、心から花が好きなのだろうと汲み取れた。お花を贈る、というのは、私の中ではお祝い事の時の認識だった。お花か、それもきっと、炭治郎くんは喜んでくれるだろう。笑顔でありがとうと眩しい笑顔を見せてくれるのが容易に想像できる。
考えすぎて何がいいのか、わからなくなってきた。好きな色くらい聞いておくべきだろうか。
一度連絡を取ってみようと鞄から携帯を取り出し、画面を明るくすると連絡が一件。炭治郎くんか、マリーさんか、叔母さんかと思ったけどどれでもなくて、久しぶり、と入っていた連絡は無視をした。私には、日本にこういう、もう連絡を取りたくないような人が沢山いる。だから帰りたくない。会いたい人は特にいないけど、会いたくない人は沢山いる。
たまに、春に帰ってしまう炭治郎くんのことを思うととてつもなく寂しくなる。私が帰りたくないと思っている日本に炭治郎くんは喜んで帰っていくのだろうと。考えたってどうしようもないことだけど。

「大丈夫ですか?」
「あ、はい!」

虚ろな私を不思議に思ってか、店員さんに声をかけられ我に返った。
炭治郎くんが何を好きなのか、聞こうとメッセージを送ろうとしたけど、如何にもな思いも感じてしまって指が止まる。
どうしようかと吐いた息は白くなり消えていく。
本当に好きな人ができたのは、多分初めてで。こんなに何かを贈る時に悩むことなんてなかった。
恋愛というものの難しさが身に沁みる。でも、それを教えてくれたのが炭治郎くんでよかったとも心底思う。
ほんのりと、遠回しにリサーチをしてみようかとメッセージの内容を考えながら眩い光で照らされた街並みを見ていると、あるものが目に入って、思わず手にしていた携帯を落としそうになった。

「……なんで」
「?」

道の向こう側にいるのは、紛れもない炭治郎くんだった。ただ、一人ではなかった。
誰かと、女の人と楽しそうに話しながら隣を歩いていた。
炭治郎くんは、人脈が広いから仲がいい女の子が沢山いたってそれは不思議なことではないと思っていた。けど、誰かと二人で会うのに、黙っているような人だとは思っていなかった。
目で追っていると、通りに面したワッフルのお店で炭治郎くんがその人へ買ってあげていた。美味しそうに食べているその光景を見て、自分と比べてしまい、それにまた胸が締め付けられた。朗らかに自然な、可愛らしい笑顔を見せる、私には正反対のような人で、炭治郎くんと並んでいる姿がとても絵になっていた。
連絡をしようとした携帯を鞄に入れ、私はその場を後にした。
炭治郎くんが嫌になったわけではない。
なんでもなにもない。ただ、私は元々、こういう人間だったじゃないかと思い直した。
恋愛の難しさが息苦しかった。
贈り物