横顔
まだまだこのカフェで働き始めて日数で言えばそんなに経っていないけれど、とてもよくしてもらっていて、常連さんの顔も覚えてきた。心の底からこのお店が好きで来てくれているのが伝わって、コーヒーやラテを出したときに笑顔を見るたび、私までもが嬉しくなる。
炭治郎くんが開店前にベーカリーへ並ぶお客さんに試食を配っていた時、あんなに笑顔だった理由がなんとなくわかってきた気がした。お店が好きで足を運んでくれるその気持ちだけでもとても心が温まるものだった。

「最近美味しいコーヒーいれるようになったわね、ちゃん」
「ありがとうございます」

全くの素人、ペーペーから始めたけれど、やっぱりカフェの雰囲気は好きだ。落ち着いていて少し大人な空間だけど、アットホームで居心地が良い。
冷たい空気が扉の方から流れ込み、カランコロンとお客さんが入る音がしてカウンター越しに注文を受ける。いつも決まった曜日に来る、小さな子供がいるママさんだった。決まっていつもカフェラテを頼んでくれるのだけれど、その子供が描いてほしい絵をリクエストするのだ。

「今日は何描いてほしい?」
「向日葵!」

私がカウンター越しに屈みながら聞けば、キラキラと瞳を輝かせてそう言った。前に、この子が何を描いてもらうか決めかねていると側でその様子を見ていたお母さんが『お姉さんに決めてもらう?』と私に委ね、全く季節外れの向日葵と答えてしまったら、どうやらそれが気に入ってしまったらしい。私はまだそれは描けないけど。
咄嗟に答えを求められると、いつも炭治郎くん絡みのことを口走ってしまうくらいには、炭治郎くんで頭の中がいっぱいになっている。
席でお待ちください、と声をかけてマリーさんへ注文を伝言すると、ちゃんが作ったら?と提案された。自分用でしか向日葵は描いたことがないのだけれど、いいのだろうか。

「失敗したら勿体ないです」
「大丈夫よ。ちゃんの好きなものなんだから。失敗しないわよ」

根拠が理屈になっていないけれど、穏やかな声にできる気がしてしまった。自分用ではなんとか描けているから大丈夫だとは思ったけど、丁寧に、それでも冷めないように、白いマグカップへピックを使って向日葵を描いていた。

「うん、いいじゃない」
「ありがとうございます」
「向日葵が好きなのって、炭治郎くんが好きだからだったのねえ」

頬に手をあて、楽しそうに首を傾ける。違います、とは言えるはずもなく、複雑な心境になりながらも小さく頭を下げてから向日葵が描かれたラテを読書をしているママさんへ出しにいった。とても喜んでくれて私も嬉しくなる。自分が作ったもので人を笑顔にできるのって、本当に素敵なことだなって学べた気がする。

「炭治郎くん、太陽みたいな男の子だものねえ。あ、でもそうしたら向日葵はちゃんになるわねえ」

カウンターに戻ってきた私にニコニコ話しかけるマリーさん。その話は終わらせられなかったみたいだ。
けど、私が向日葵だというのはどういう意味なのだろうか。あと、いつの間に炭治郎くんはマリーさんとそんなに仲良くなっているのだろう。私の連絡先を聞いた時あたりなのかな。それ以降やり取りしていたりするのだろうか。つくづく炭治郎くんのコミュニケーション能力の高さを実感する。
首を傾げる私にマリーさんは頬を綻ばせた。

「向日葵は太陽に向かって咲くでしょう?ちゃんにぴったりだわ」
「……?」
「お日様の光を沢山浴びたから笑顔のお花が咲いたのね」

自分では、気付かなかった。でも、多分その通りだと思った。炭治郎くんのことを考えているだけでも胸が温かくなる。考えていなくても無意識で炭治郎くんのことを思い浮かべてしまうくらいだ。随分と影響されてしまっている。前よりも。会えば会うほどどんどん好きになってしまう。
恥ずかしいので、炭治郎くんにはあまりそういうことは話さないでくださいね、とマリーさんに伝えて、今日の仕事を終えた。
次の日、学校終わりに時間が合わせることができたからいつもの公園で待ち合わせをしていた。
すっかり冷えているけど、池の周りには相変わらず地元の人や観光客で賑わっていた。その中で見つけた、池のすぐ側にいる向日葵もとい、太陽。
ただ、遠目で見つけた炭治郎くんは誰かと電話をしているようだった。私には気付いていない。声が聞こえる程度の距離まで歩くけど、話に夢中なようだった。
楽しそうに話すその横顔ですら、かっこいいと思ってしまっている自分がいた。時折くしゃっとした笑みが会話の中で溢れる。爽やかなお兄さんっていう最初の印象はなくなってはいないけれど、それだけではない何かが自分の中で沢山芽生えている。
近くでその様子を眺めていると、ふと目が合ってしまった。私としてはまだ眺めていたかったから電話を続けてくれてよかったのだけれど、また、と電話の相手へ告げてこちらへ歩み寄って来た。

「お疲れ様!声かけてくれたらよかったのに」
「いや、……邪魔しちゃ悪いなと思って」

本当は、ただあなたに見惚れていただけなんですけど、なんてそんなことは声に出せるはずもなく。
気まずさを感じながら目を逸らせば炭治郎くんが首を傾げたのが視界の端でわかった。

「友達?」
「ああ、善逸!」
「仲良しだね、ほんと。クラス一緒だったの?」
「いや、善逸は風紀委員で朝に服装検査をしていて。それでよく俺がつけてるピアスを見逃してもらってたんだ」

公園の整備された開けた道を歩きながら、懐かしむように炭治郎くんは話しはじめた。最初はただの風紀委員と校則違反常習犯という関係であったと。でも、ピアスを見逃してもらって、善逸くん自身も校則違反者であることで冨岡先生という生徒指導の先生によく呼び出されていて、そこから仲良くなったとか。制服を着崩す伊之助くんと共に。
それだけ聞くと、なんの不良トリオだという印象を受けそうだけど、人柄を知っているからそんなことは全く思わなかった。

「それでよく三人でいたんだ。朝呼び出しされる時も、昼休みご飯食べる時も……、あ、伊之助はすごく美味しそうに食べるんだよ。だから弁当を分けたくなって」
「ああ、パン美味しそうに食べてたね」
「?」
「アイコン」

炭治郎くんが写真を載せていたSNSのアイコンは三人が写っているものだった。携帯のロック画面は家族だし、アイコンは家族のような親友二人だし、みんなから炭治郎くんは愛されてるけど、炭治郎くんもみんなのことを愛しているから温かい人が周りに集まるのだろう。

「炭治郎くんは優しいよね」

美味しそうに食べるから分け与えたくなる、なんて、気持ちはわからなくはないけど、きっとしょっちゅうそういうことをしているのだろう。伊之助くんだけでなく、兄妹たちにも。見たことはないけど、容易に想像ができる。

「自分の為にもなるから」

隣を歩きながら、呟いた私に炭治郎くんは柔らかな声色でそう口にした。
炭治郎くんを見上げれば、私を見て目を細めて笑う。

「人に優しくするのが?」
「ああ!」

大きく頷く炭治郎くんは、やっぱり私には太陽だった。だったら私は向日葵なのだろうかと頭を過るけど、なんとなくそれはこそばゆくって。
目を逸らす私の手をとって、指を絡めながら炭治郎くんは続けた。

「例えば、多分俺が無愛想に試食渡したりしてたら、はそれを受け取ってもなかっただろう?」
「それは、そうかも……?」

それは時に残酷だけど。私はこうしてそれで炭治郎くんを好きになって、炭治郎くんも私のことを好きになってくれたからよかったけど、多分この人は、今まで自分の知らないところで女の子を泣かせてきた気がする。私の憶測だけど。善逸くんとか、そういうの知らないのかな。ちょっと話してみたい。

「人の為に何かをすれば、そうして自分の為にも繋がると思うんだ」
「……」
「それに、その人が喜んでる顔を見るのも嬉しいよ」

心の底から、優しさと温かさで溢れた人なのだろうって、改めて思った。
本当にこうして、会えば会うほど新しい一面を知ったり、もっと深く知れたり、好きって気持ちが大きくなる。
こういう人だから、自然と周りに人が集まって、みんながこの人のことを応援してくれるんだろうな。
私も炭治郎くんのようになれたらいいなと思いながら、繋がった手にキュ、と力を込めた。
それは、ただの願望だけど。憧れだけど。
炭治郎くんはその温かい手で握り返してくれたけど、欲深くなっている私は反対の手も炭治郎くんの腕へ絡ませた。

「それ歩き辛くないか?」
「歩き辛いけどその分温かくなれる」

もうすっかり冷えてきたから、なんて、寒空の下でなくてもこうして寄り添って歩いていたいと思うことに、きっと変わりはない。
呆れたように、でも柔らかい笑みを浮かべる炭治郎くんと、その季節もこうして隣にいれたらこの上ない幸せだと思った。
横顔