「俺の部屋に、米が沢山届いたんだが……」
クリスマス当日、ケーキと一緒に購入されていくパンをひたすらに捏ねて焼いていた。疲弊しながらも終わった後は達成感。シャンパン飲んでいけよと誘われたが、去年飲んだらあまりにも度数が高くて、飲み慣れていないのもあってか途中からの記憶がないほどに酔っ払ってしまった。後から聞けば、俺は酔うとかなり面倒臭いタイプの人間だったらしい。俺は長男ですから、と何度も繰り返しながら普段行儀が悪いと思っていた人に対し注意をしたり。粗相という粗相はなかったらしいものの、自分で覚えていないことがことさら申し訳なくなった。みんなにはそれが今となっては面白いエピソードとしてたまに掘り返されるが、その度に恥ずかしさと情けなさが入り混じる。
若い時に失敗はしておくものだと言われたけど、もう同じ過ちは犯さない為に、シャンパンだけ断って小さな慰労会で軽く食事を済ませ店を後にした。
明日明後日は休みで、
と約束をしている。
明日の為にすぐに寝ようと部屋へ帰った後、明かりを決してすぐだった。部屋のベルが鳴って、こんな時間に誰かと思えば宅配便、それもかなり大きいダンボールで重さもかなりあった。
わざわざ家にいるであろう時間を指定して送ってきてくれたことには感謝をするべきだけど、中に入っていたものはあまりにも予想外な贈り物だった。
「……ごめんなさい」
送り主は
だった。明日聞こうかとも思ったけど、この際声が聞きたいというのもあったし電話をかければすぐに出た。
聞けば、俺が甘露寺さんと一緒にいるのを見た後、クリスマスプレゼントにと日付と時間を指定して送りつけたらしい。そのことがすっかり頭から抜けていたようだった。30キロ分はあるけど、一人でここを出るまでには消費できないだろう。
「
を怒らせたらいけないということはわかった!姑息な嫌がらせだな」
「違うよ、必要だと思って。何か残るものをプレゼントしようとも思わなかったし。あの時は……」
「
も消費するの手伝ってくれ。朝でも、夜でもいつでもいいから」
折角合鍵も渡しているんだから、自由に使ってほしい。隠すものも特に何もないし、後、もっと一緒にいたいと思っている。
俺がそう話すと少し間が開いた後、小さく頷く声が聞こえた。それに自然と笑みが溢れて、疲弊していたはずがそれだけで少し和らぐ気がした。
「じゃあまた明日!おやすみ」
「おやすみ」
けれど、電話はしたらしたですぐにでも会いたくなってしまうし、一長一短だと思った。名残惜しさもあったけど電話を切って、今度こそ明かりを消してベッドへ横になった。
翌日、クリスマスのイルミネーションはもう街を彩ってはいないけど、いつもの街並みが逆に変に意識もせずプレゼントを渡せると思った。
甘露寺さんに教えてもらったお店で昼食をとってから、いつものベンチで隣へ座る
へ差し出した。
「今開けてもいい?」
「ああ、そうしてほしい」
頷くと、
は綺麗にラッピングされた包装を丁寧に剥がして、中身を取り出した。
それを見て、一瞬固まった後、髪を靡かせながら俺の方を向いた。
「なんで」
「ん?ピアスか?よく俺のピアスを見てたから」
「いや、そうじゃなくて、向日葵……」
「好きだって聞いた!」
が何が好きなのか、いつも持っているものだけでは判断できなかったし、サプライズになればいいなとも思って、
のことをよく知る人に相談していた。
が向日葵を好きだと言っていたらしく、俺はそのことを知らなかったからきっと驚かせることができると思って、向日葵モチーフのピアスに決めた。
結構探したけど、見つかってよかった。でも、
は俺を見上げて口を噤んでいる。もしかして、好きでなかったのかと不安が過ったが、頬をほんのりと赤くしてから瞳を伏せた。
「どこまで聞いたの」
「どこまで?」
「その、向日葵が好きな理由、とか……」
「いや、それは聞いてない。どうして好きなんだ?」
「教えません」
ふい、と顔を逸らされた。聞かれたらまずいことなのだろうか。人が何かを好きになった理由って、俺は素敵なエピソードだと思うから聞きたいけど、それは話してくれそうもない。
「ありがとう、大切にします。私何もなくてごめんね。お米でバイト代が……」
「はは、でもそのお陰で
ともっと一緒にいれる理由ができた」
別に、わざわざ理由なんていらないけど。多分
は、そういうのがあった方が迷うこともきっとないだろうと思った。
笑みを零す俺に
は横目でちらりと見た後、小さく息を吐いた。
「そういうのなんて言うか知ってる?」
「……最高のプレゼント?」
「安上がりって言うんだよ」
「そんなことない」
呟く
に、俺はベンチから立ち上がり手を差しのべた。もう冷えるから帰ろう、と。
は俺の手をとって隣を歩く。相変わらず
の手はひんやりとしている。でも、こうしてずっと繋いでいると温かくなって、体温が伝わっていくのを肌で感じるのが嬉しかった。
「そうだ、シャンパン飲めるか?」
「うん。あるの?」
「昨日貰ったんだ」
部屋に着いて、上着を脱ぎながら
に尋ねた。昨日俺がシャンパンを飲まずにいれば帰り際、飲めないわけではないだろうと丸々一本持たされた。
が頷いたので冷蔵庫に冷やしていたシャンパンを取り出した。その間に
はグラスをローテーブルへ用意してくれたので、ポン、と栓を抜いてそのグラスへ注いだ。グラスはお店で出てくるような背の高いものではなくて、クリスマスっぽさはない。でも、隣で
が美味しいと言いながら柔らかい表情を見せてくれているから安心した。
クリスマスは女の子にとって大事な日だと思うから、当日一緒にいれなかった分、笑顔にさせたかった。
「炭治郎くんは、何が欲しい?」
そろそろボトルが一本空きそうな時だった。明日はどこに行こうかと話している途中、グラスをテーブルに置いて俺に尋ねた。お金はお米のせいでほぼないと言っていたけど、後日何かを考えてくれるのだろうか。
「何がしたい?いつも私の我儘ばっかりな気がするから。明日は炭治郎くんに付き合いたい。お金はあまりないんだけど……」
もう前から気付いていることだけど、
はある程度酔が回ると、いつもより饒舌になるし、くっつきたがる。グラスを置いていない俺に両腕を回すものだから中身が溢れそうになって俺もテーブルへ置いた。まだ若干余っているけど、この部屋にシャンパンの蓋を閉めるコルクなんてものはない。
俺の胸の音を聞くように耳を寄せている
の頭を撫でると瞼を閉じる。
「そうだな……」
今は、こうして
から俺に手を伸ばしてくれるけど、普段は、些細なことがあれば、
は俺から歩み寄らないと離れてしまいそうだと思った。
部屋の隅に置いてあるお米だって、俺が春に帰らなければ普通に消費できる。
正直、一緒に連れて帰りたいという気持ちは前からある。気持ちだけではどうにもできない問題だから、言葉にはしないけど。
「……?」
考え込んで返答がない俺を
が見上げる。あまり顔に出るタイプではないと思うけど、瞳が少しだけぼんやりとしている。
「今、君が欲しいな」
首を傾げた
に、口角を上げながらそう口にした後、口付けた。するりと中に舌を入れ絡ませれば独特の甘さが伝わって、飲みやすい分こうして酔いが回るのだとうっすらと頭の中で考えた。
背中に回った
の腕が俺の服を握り締めたところで、一度離して目と鼻の先の
と視線を交わせば、その視線は俺のピアスへ移動する。
「私はいつでもあげられる」
「うん、ありがとう」
「だから、そういうことじゃなくてしたいことを」
「セックスがしたい」
遮るようにそう告げて、それでも違う、とごちゃごちゃ言っている
を抱えてベッドへ降ろした。起き上がろうとしていた
の肩を抑えて押し倒す。
「酔ってるでしょ」
「君に言われたくないな」
そうは言うものの、俺も大分酔いは回っていると思う。俺は多分、酔うと我慢の枷が外れる。だから普段は言わないようなことも言ってしまうし、してしまう。でもそれは多分、俺だけではなくてほとんどの人に共通することだろう。
だってこうしてわかりやすく誘ってきているのだから。
「貰ってもいいよな?」
「……許可取らないで」
ああ、確かに、いつでもあげられると今しがたそう言ったばかりだ。顔を背ける
の頬に触れ、こちらを向かせて唇に舌を這わせた。
「ん、ま、待ってシャワー浴びたい」
俺が服の中へ手を忍ばせると、
は思い出したように唇を離して俺を押し返そうとする。
いつもだったら、その願いは聞いていた。でも、今日はそれは無理そうだ。
俺の胸へ手を押し当てる
の片手をとって顔の横へ押さえつけた。
「なん、え」
今まで断ったことなんてなかったから、わかりやすく戸惑いの声を上げた。腕を動かそうとしているけど、ぐ、と少し力を入れただけで動かなくなって、自分の中にあったらしい征服欲が満たされる。
「ちょっ炭治郎くん、」
「待てない」
僅かながらに抵抗を試みようとするもう片方の手もベッドへと縫い付けて首筋に舌を這わせれば、くぐもった声が頭上から降ってくる。
服で隠れる場所をきつく吸い上げてから顔を上げれば、その瞳は揺らいでいて、もうすっかり手に力は入っていない。
「
」
「な、なに……」
「もっと嫌がっていいぞ」
「なにそれ、っ」
嫌がるところですら、可愛いと思ってしまう自分がいた。それは勿論、本当は嫌ではないことがわかっているからだけど。
いつでもそばにいれることは決して安上がりなんかではない。随分と俺は
に執着してしまっている。
だから、
も俺にもっと執着してほしい。離れないでほしい。どうしたら、もっと俺を求めて、染まってくれるだろうかと、薄らと思考を巡らせながら、月明かりも届かない暗闇の中で目一杯に募る愛を受け止めさせた。
champagne