make a 浪漫

不毛な争い


「炭治郎」
「ん?お、上手く焼けてる!」

今日は炭治郎の方が早く帰れる日だった。数時間前に交わしてしまった約束に後ろめたさを感じながら重い足取りで家に帰ると、魚の焼けるいい匂いが鼻を掠める。
ただいま、おかえり、といつも通りの返しの後に、私も炭治郎が用意してくれた夕食をテーブルへと並べるのを手伝いながら、おずおずと声をかけた。

「明日、ちょっと帰り遅くなる」
「そうなんだ!ご飯に行くのか?夕飯いるか?」
「あの、いらないと思う……」
「?わかった」

尻すぼみになってしまう私に炭治郎は首を傾げつつも、上手く焼けたという魚をテーブルへ置いてから向かいに座っていただきます、と手を合わせる。ただ友達とご飯、というわけではないからちゃんと言わなければならないのだけれど、どうにも罪悪感で胸がいっぱいになり言い出せずにいる。

「そういえば今日な、善逸から連絡があったんだ。同棲生活どうだーって。最近連絡してなかったから久しぶりに声が聞けたけど相変わらずだったよ」
「へえ、元気そうでよかった」
「うん。明日合コン行くらしいぞ」

『合コン』。その言葉にピクリと身体が跳ねる。私がずっと後ろめたさを感じている元兇。
今日の夕方、友達から久しぶりに高校の友達から連絡があった。最初はただの『元気してる?』と軽いノリのあれだったけれど、その子が連絡してきた意図が会話を続けている内にわかった。結論から言えば、明日合コンがあるんだけど数合わせでいいから来てくれないか、という内容だった。勿論最初は断った。友達も、私が炭治郎と付き合って同棲していることは知っているはずだけど、他に誰もあてがいなくて最終的に私に連絡を寄越してきたらしい。

「いい出会いがあるといいけど、合コンってどんな感じなんだろうな」
「た、炭治郎」
「いい人がいたら連絡先を交換するんだろうか。2.3時間でそういうのってわかるものなのか?」
「合コン、行く」
「うん、善逸は張り切ってたよ。確かに誰かと話すきっかけの場があるっていうのは大事だよな!」
「私が、行くの」
「相手も可愛い子達揃いって言ってて……、ん?」

私が口数少なく返してもペラペラといつも通り饒舌に話し始める炭治郎。このトークスキルこそ合コンで活かされるようなものだとふわりと頭を過るが、漸くことの意味を理解してくれた炭治郎が焼き魚から私へと視線を移した。合わせる顔がなく、おもむろに私は視線を炭治郎の後ろのキッチンへと流す。

「明日、合コンに、行ってきます」
「…………俺のことが」
「嫌いになってないよ!好きだよ!大好き!」
「じゃあ、どうして」
「友達が、人数足りなくて数合わせでもいいから参加してほしいって言われて。他に頼める人もいなくてどうしてもってお願いされて、断れなくて……ごめんなさい」

視線を泳がせながらも最終的に唇を噤んでいる炭治郎の瞳を見て謝った。
いいよね、炭治郎くんとずっとラブラブで、なんて言われてしまい断り辛い雰囲気でもあった。けれど、やっぱり恋人がいるのに合コンに参加だなんて罪悪感で潰されそうになってしまう。本当は断れたらよかったのだけれど、あまりにも切羽詰まっているようで私にはNOと言うことができなかった。

「……そっか」
「うん、ごめんね……」
「いや、大丈夫。ちゃんと教えてくれてありがとう」
「連絡先も交換しないし最初に用事があるから早めに帰るって伝えるし、それから……ちょ、炭治郎!?」

元々数合わせなのだから、場の雰囲気を悪くさえしなければ連絡先を交換しないことも用事があるから早めに帰ることも特に何も咎められないだろう。むしろ、あの女は特に惹かれる要素はないから帰ってくれて構わないわ、なんてことになるはず。しっかり何事もなく埋め合わせの役割だけ終えて帰ることを伝えていれば、真正面で炭治郎はグラスになみなみお茶を注ぎゴポゴポと溢れ出させていた。

「溢してる!溢してるよ!!」
「えっうわ!すまない!」

慌ててポットを持つ炭治郎の手を止めてからキッチンから布巾を持ち出しテーブルを拭いた。下には溢れずに済んでいる。
大丈夫と言葉では返してくれたけどこの動揺っぷりにあからさまに気にしているのがひしひしと伝わってきた。……気にされなさすぎるのも私としては不本意なのではあるけれど。

「行きたいって思ってるわけじゃないからね?」
「うん、わかってる!大丈夫だ!信頼してるから!」

むんっと拳を握り、幾度となく見てきた『長男だから我慢できる』の表情に胸が痛くなった。明日は本当に、早く帰ろうとテーブルを拭きながら心に留めた。
夕食も済ませ、炭治郎が作ってくれた代わりに洗い物をしながら明日のプランを考えていた。まずはじめに自己紹介をした後に、予定があって二時間で切り上げると伝える。早めに、だと曖昧になってしまうから明確に時間を伝えることが大事だ。それからあまり相手に質問はしない。とにかく聞き役に徹することで相手は私よりも他の子たちへと会話に花を咲かせるだろう。それからそうだ、席は一番端っこで……

「なあ、やっぱり……」

ぐるぐると頭の中でシミュレーションを繰り返している側で聞こえた声に振り返る。お風呂から上がって髪がしっとりしている炭治郎がすぐ隣に立っていた。
水を飲むだろうかとグラスに手を伸ばした手はパシッと掴まれる。

「ダメだ。行かないでくれ」

弱々しい声で呟いた炭治郎は顔を顰め、瞳の奥を揺らしていた。
なんだかいつもよりお風呂から上がるのが遅いなとは思ってはいたけれど、ずっとこのことを考えさせてしまっていたのだろうかと心苦しくなる。

「ご、ごめん。なんか、向こうの感触がすでに結構いいらしくて、人数減ると印象悪くなっちゃうから、って。長居はしないからさ」
「ダメだ」

掴まれている手首にキュ、と力が込められた。そこで気づいた。これは多分、もう何を言っても聞かないスイッチが入ってしまっている気がする。

にその気がなくても、相手はどうかはわからない。最初からそういう対象として見ているんだから可能性はゼロじゃない」
「でも、もしそうだとしても連絡先は交換しないし、充電切れたことにする」
「ダメだ。友達伝いで知られることだってある。彼氏がいると周りに言えない場所になんて、連れて行きたくない」
「でも、私の友情に亀裂が……」

反対の手で私の肩を掴み、私を諭すかのように詰めてくる。その瞳を直視できなくて視線から逃れてしまう。
初対面で私のことをもっと知りたいなんて思う人、絶対にいないと思うからその辺りは安心してほしいのだけれど、どうにも炭治郎は一度決めたら揺らぐことなく自分の意見を曲げないから厄介であった。気持ちは本当にすごく嬉しくて、悪いのは勿論私なのだけれど。

「俺とは亀裂が入ってもいいのか?」
「は、入るの?」
「……口を、効かなくする」
「……どれくらい?」

恐る恐る、逃げ出していた視線を炭治郎へ向けると、非常に悩ましい表情をしていた。幾らか沈黙が流れた後に、納得がいかなそうにおもむろに呟いた。

「一日くらい……」

それは多分、炭治郎の限界でもあるのだろう。私と口を効かなくするのは一日が限界だと、そう思ってくれているのだろうけど、それなら後ろめたさを感じつつも明日の合コンに行かないという理由にはハードルが低かった。

「本当にごめん!明日は行かせて」
「嫌だ!」
「絶対何もないから!」
「ダメだ!」
「お願い!」
「許さない!」

まるで埒が明かない。炭治郎は私が頷くまで手も肩も放さないのだろうけど、私としても今更行くと行ってしまった合コンに、ごめんやっぱり……とは連絡がし辛い。
お互い声を荒げた後に気まずい沈黙がキッチンに流れる中、炭治郎がそれを破った。

「そんなに、数合わせが必要なら……」
「………」
「俺が代わりに行く」
「………………え?」

炭治郎が放った言葉に、一瞬で理解ができなかった。代わりに行くということは、私の代わりということで、でも数合わせは女の子が足りないから私が行くわけであって。炭治郎は男で。
固まっている私に炭治郎は真剣そのものの面持ちで大真面目に話し出した。

「俺が女性の格好をして君の代わりに行く!それなら何の問題もないだろう!」
「……いやいや、大有りだよ!確かに炭治郎ちょっと童顔だから行けなくもなさそうだけど、いや、無理でしょ!」
「無理じゃない!なんと言おうと俺が行く!この件はこれで解決だな!時間と場所は?」
「ええ……」

あまりにも一方的な解決の仕方に放心してしまう。もう何も問題はないと炭治郎は満足したように手も肩も放し、私が取ろうとしたグラスに手を伸ばしていた。
女装って、服はどうするの、私のを着ていけるわけもないし、ボーイッシュな女の子で貫き通すのか、いや、コポコポとグラスに水を注ぐこの横顔を見ている限り頭に血が登っているだけでこれは深くは考えていない。何も解決してないよ、炭治郎。
やっぱり明日は、と素っ頓狂な考えを改めるよう出しかけた声は私の携帯の着信音が部屋に鳴り響いたことで喉奥に留まった。一度頭が鉄のように硬い炭治郎は置いておいて、一先ず充電器に挿しっぱなしの携帯を手に取り通話ボタンを押した。

「もしもし……ああ、うん、大丈夫。……え?そうなの?……そっか、わかった。うん、はーい。おやすみ」

相手は、私を合コンに誘った友達からだった。要件だけで手短に済んだ会通話を終わらせ、横目で私を見ながら水を飲んでいる炭治郎に顔を向けた。

「明日、男側が一人少ないらしいから来なくていいよ、って」
「……本当か!?」
「うん、だから炭治郎が女装する必要もないよ」
「よかっ……」

子供がサンタさんからのプレゼントを見つけた時のようなわかりやすい笑顔を私に向け、グラスをキッチン台に置いて私に歩み寄った炭治郎だけど、今度は炭治郎の携帯の着信音が部屋に鳴り響き動作を止める。
ちょうど携帯の近くにいた私が炭治郎の携帯を手に取り差し出した。相手は善逸からだった。

「もしもし、善逸か?」
『炭治郎ぉおお数合わせに合コンきてくれよぉおおお』
「えっ合コン?いや、俺はだってが、」
『さっき話しただろう俺がどれだけこの合コンに掛けているのか!!それなのに急に一人欠けちゃったんだよお前しか頼める人間がいないんだよぉおお!!人数揃わないなんて印象悪すぎるだろうよおぉお!!』
「ええ……」
『お前はいいよな、ずっとラブラブラブラブしていてさ、俺は女の子の印象マイナスな合コンに行くことになるってのによ……助けてくれないか、なあおい炭治郎』

スピーカーにしていなくても、善逸の悲痛な叫びは私にも筒抜けだった。ちょくちょく炭治郎は目の前の私を見ながら困惑した素振りを見せていた。
それから卑屈な善逸の独り言を一頻り聞いた後に、小さく呟いた。

「わかった」

繰り広げられたやり取りに当然既視感を覚えるのだけれど、私の気持ちは、炭治郎と同じだった。
通話を終了させた後、息を小さく吐いた炭治郎は私へと口を開いた。

「明日、合コン……」
「ダメ」

その夜は珍しく、不毛な争いが続いた。