羊を数えるよりも簡単なこと
髪をドライヤーで乾かした後、静まり返った部屋に戻ると電気は付いたまま、けれども炭治郎はすでにベッドで横になり壁際へと身体を寄せてこちらに背を向けていた。
睡眠は大事だと、二人でこれにしようとホームセンターのダブルベッドで横になりながら決めたそれは一人だと随分ともの寂しそうだった。ホームセンターでの買い物を思い出していると、同棲を始めることに心踊らせ喜々とした気持ちも蘇ってくるのだが、今日ばかりは炭治郎の暖かさに浸る気分ではない。
多少乱雑にパチっと部屋の明かりを消してからソファーに横になり、無造作に背もたれにかけられた薄手のブランケットを引っ張り身体にかけた。ベッドよりも寝心地は悪いし少し寒いけど、それよりも今日はあの頭カチコチ炭治郎と一緒に寝たくない。私は怒っている。まあ、向こうも怒っているから先に寝ちゃったんだと思うけど。
「……そっちで寝るのか?」
むかむかと今日のやり取りが頭から消えないことでイマイチ睡魔も襲ってこない。暗がりに慣れた目でぼうっと天井を眺めていると控えめに聞こえた声。まだ起きていたのか。と、いうか、電気がついていたし、私がお風呂から上がるのを頬を膨らませながらも待っていたのだろうか。その言動にほんの少しここで寝ようとした決意が揺らぎそうになってしまったけど、その迷いは頭から払拭し、寝たフリを決め込んだ。
「なあ、起きてるだろう」
「寝てます」
「返事してるじゃないか」
「寝言です」
ゴソゴソと炭治郎が起き上がったのが布団の擦り切れる音でわかる。
意識ははっきりとあるし話しかけられた手前反射的に返事をしてしまったけど、仰向けに寝ていた身体をソファーの背もたれに向けた。もう、今からしっかり寝るので話しかけないでほしい。私は私で一人で寝る。話ならまた明日することにして、炭治郎もそっちで一人で寝ればいいのだ。その方がお互い快適だ。話したところで私は謝る気はないのだけど。とは言え、『俺は間違っていない』『謝るのは君の方だ』と頑なに譲らない炭治郎の方から謝ってくれるのも想像ができないけど。
「そんなところで、ブランケット一枚で寝ていたら風邪引くぞ」
「私はそんなヤワじゃありませんので。炭治郎はすぐ風邪引いちゃうもんね。また熱出されても困るから譲ります」
「俺が軟弱だって言いたいのか?」
「…………」
「寝たフリをするな」
怒っている。炭治郎もまだ怒っているのだろう。怒っていなければ『あの時は看病してくれてありがとう』とか、いつもならそんな言葉が出てくるはず。不満気な声がベッドから聞こえてくるので、今日中の仲直りは無理そうだ。
「風邪引いたら辛いぞ」
「風邪引いたことは私だってあるよ、知ってるよ」
「最近冷え込んでるんだ。朝なんて、いつも俺が起こすまで布団から出ようとしないじゃないか」
それに関しては、ぐうの音も出ない。朝も寒いのも苦手な私は朝が得意な炭治郎にいつも起こされる。正確には、二度寝から起こされる、だけど。
目覚ましに一度目が覚めて、おはようと暖かいキスで一日が始まろうとする。実際、朝が始まっているのは炭治郎だけでその後私は再び眠気に襲われ家を出るギリギリまで寝息を立てているのだ。おまけに最近は急に冷え込んできて、余計布団から出たくないのである。
「明日は大丈夫」
「何を根拠にそんなことを言っているんだ」
「私」
「説得力に欠ける根拠だな」
「もーうるさいな!なんなの?私のお母さんなの!?」
口煩い母親のように聞こえて、喧嘩した時とは別の苛々も募ってきてしまった。お洒落をして出かけようとする娘の前に肩出しすぎじゃない?足出しすぎじゃない?風邪引くわよって心配をするお母さんのようだ。ただ、それは今日だけでなく、日常茶飯事ではあるのだけど。これは竈門炭治郎という人間における一つのアイデンティティーでもあるのだ。でも、心配してくれるのはそれはいつもなら嬉しいけど、今に限って言えば嬉しくない。改めて思うけど、今は話しかけてほしくないのだ。
「俺はの彼氏だ!」
「知ってるよ!頭の硬い彼氏でしたねそれではおやすみなさい」
ふんっと頭までブランケットを被り目を閉じた。全く眠気はないのだけれど、このまま頑張って寝るしかない。頭から被ったおかげでブランケットのサイズでは私の足元を覆ってくれずにひんやりとしてきたけどそれも仕方ない。
炭治郎にも、寝場所を決めたのは私だけど徐々に冷えてくる部屋にも居心地の悪さを感じる。寝れるだろうか。いや、でも、朝起きるのは苦手だけど、そもそもずっと起きていればそんな問題もないのではないのか。前向きに開き直る自分に頷きながら、頭の中で羊を数えようとした時だった。
「ああ、俺は頭が硬いよ」
「……、え?ちょっ、わ!」
部屋が静まり返ってしばらくして、もう寝たと思っていた炭治郎の声が後ろから聞こえた。まずそのことに私は肩をビクつかせたのに、何を考えているのか炭治郎は私の腰と膝裏に腕を回しブランケットごと抱え上げたのだ。
「だからは絶対にベッドで寝てもらう!」
「やめてよっ私はソファーでいいの!!」
「やめない!離さない!」
ボフンっとソファーに降ろされ、すかさず私は逃げようとするのだけどベッドに乗り込んできた炭治郎に身体を後ろから抱き寄せられて身動きが取れなかった。
「今日のことで俺は折れるつもりはない!でもに風邪を引かれたら困るし、ソファーは寝る場所でもない。ちゃんとこっちで寝ないと身体も痛める」
「……」
「絶対に離さないからな」
耳元で不満気な声色が混じりながらも呟かれた言葉に、未だ許せないながらも胸がどくりとしてしまった。
離さない、なんて普段の穏やかな炭治郎からは想像もできない台詞で、意味は違えどたまに怒らせてみるのもありだろうか、なんて頭を過ってしまった。
ブランケットよりも身体が暖まる布団と炭治郎から伝わる体温に心地の良さを覚えてしまう。ソファーで羊を数えているよりもこうしていることで迎えにきてくれる睡魔に、非常に納得がいかない。
「っ冷たい!」
「じゃあ離してよ」
「それは嫌だ!」
体温が上がっているのがバレないように、冷え切った足を炭治郎の脚へ絡ませれば、私にがっちりと回している腕の力が更に強くなってしまった。