暖のとりかた
「た〜んじろ」
「うわっ」
秋のバゲットコンテストに向けてパン職人がその腕前を披露しているテレビを食い入るように観ていたその背中へのしかかった。
邪魔だろうと一時間くらいは炭治郎のその様子を眺めていたけどギブアップ。そんなに煩くしたりしないから、くっつくのだけは許してほしい。
「うわって酷い」
「突然だったから」
「三回呼んだよ」
私へ顔を向けて目をまん丸くさせる炭治郎。
嘘ではない。食後にデザートを一緒に食べたいと思って名前を呼んだのが一回目。まるで聞こえていなかったら諦めて先にお風呂入るね、と声をかけたのが二回目。そしてお風呂から上がって次どうぞ、と促したのが三回目。全く私の声に聞く耳持たずで炭治郎は目の前で織り成されている熟練の技に魅了されていた。
いいけど、いいんだけど、そうまで無視されてしまうとほんの少し寂しい。だから流石に反応してくれるだろうと後ろからのしかかってみた次第である。
「そんなに?ごめん」
「いいよ。どうぞ集中して。私はここであったまってるから」
腰に腕を回してギュッとくっついた。
意外と、と言えば本人的には不服だろうか、広くて逞しい背中が暖かくて心地良い。今日少し寒かったから、こうしていつだってお日様のように体温が高い炭治郎で温まりたかった。
目を瞑り顔を背中へ預けてテレビから流れるお洒落なカフェミュージックを耳にする。ナレーションを聞いていると、もうパンは作り終えて審査に入っているらしい。
「そろそろヒーターが欲しいな」
「まだこの湯たんぽで平気だよ」
「俺のことか?」
「うん」
寒くなると人肌が恋しくなる、とはよく言うけれど、炭治郎の場合だと尚更だ。だってこんなにもあったかい。
もぞもぞと服の中に手を入れ肌に直接触れると温かさが直に伝わる。あ、掴まれた。
「擽ったいよ」
「じゃあちゃんと触る」
「そういう問題じゃない」
ふわふわと手を滑らせていたから擽ったかったのだろう。だったらしっかり触りますよと掴まれてない方の手でそれを試みようとすればそっちも制止されてしまった。一度服の中から私の手は場外へ締め出され、両手首を纏められてしまった。
「湯たんぽが……」
「俺は湯たんぽじゃない」
「でもあったかいから」
「そうかもしれないけど……」
「寒くて凍死しちゃうよ」
手は動かなくなってしまったので、コツン、とおでこを背中へぶつけた。
寒いのはまだまだこれから先の季節なのだけど、今はまだこの炭治郎の体温さえあれば私は生きていけるのだ。
縋り付くようにぐりぐりと額を擦り付けていると、じゃあ、と口を開いた炭治郎が一度私の腕を離したかと思えば身体をこちらへ向け、再び手首を一纏めにする。テレビはもういいのだろうか、と揺れる耳飾りの奥に見える映像では優勝者が決まっていた。
テレビから炭治郎へ視線を移すと、……ああこの瞳は、あれだ。
「熱くなること、しようか」
「……ふっ、」
「あ、こら!」
稀に見る言動に、思わず吹き出してしまった。ムードもへったくれもないけれど、仕方ない。いつもの炭治郎だったらそんなこと絶対言わないもの。
「似合わないセリフ」
「言ってみただけだよ」
口を尖らせながらもそのままぐ、と私を押し倒す。少し怒っているのか、今日は腕はこのままらしい。
欲に染まる紅い瞳が降ってきて、寒さなんて忘れてしまうほど、あつい熱に溺れさせられた。