make a 浪漫

早起きの特権


よく星が見えるほどの寒さになってきた。それでもこうして早朝、開店前に焼きたてのパンを店へ並べる為にきっちり起きる炭治郎には感服せざるを得ない。朝は得意だと話していたけれど、起きれたとしても寒くて布団から出たくない、という気持ちは炭治郎の中で湧き上がらないのかと疑問に思う。
ベッドから私を飛び越えて降りた炭治郎は薄くオレンジ色の明かりをつけて一人モコモコとした寝間着を脱いで着替え始める。意外、と言ったら失礼だろうか、程よく引き締まっているのでいつも顔とのそのギャップにどきりとしてしまう。ただ、今は起きたばかりでそんなに頭も働いていないのだけれど。

「…………」
「…………」
「よし」

着替え終わった後、暫し沈黙が流れて微動だにしないなと思えば、多分自分の中で漸く頭を覚醒させたのだろう。重そうだった瞼が上がっていて、そのまま隣の部屋へと移動しそっちの電気をつけた。明かりはこちらまでは届かないけど、眩しさに一瞬目を細くする。今日の天気は、と限りなく小さく耳に届いた声で炭治郎がテレビもつけたのだと察した。
早番の時は向こうで食べるから、と朝はいつも家ではあまり食べない。今日も炬燵に足を入れてテレビを見ながらスープを飲んでいる。

「っ……、ふぅ」

思ったより熱かったのか、眉を顰めて肩を落としていた。
私といる時は、頼りになる世話好きな人だという印象が植え付けられているけど、だからこそたまにこうして一人の時を観察していると面白い。いつでも瞳に光が反射しキラキラとしているわけではないし、いたって普通の一人の男の人なのだ。その表情に喜怒哀楽はなく、ただただスープを飲みながらテレビを眺めているだけ。テレビの向こうでじゃんけんを始めたけれど、それさえも無だ。私が隣にいるときは一緒にじゃんけんをするけど一人だとしないらしい。頭の中ではしているのかもしれないけれど。
スープを飲み終わり、一度ぐぐ、と身体を伸ばしてから炭治郎は立ち上がった。視界から消えて、キッチンで水を流す音がしてから今度は歯を磨いている音が聞こえてきた。テレビはつけたままだから、歯を磨きながらまた私の視界に炭治郎が映り朝のニュースを眺めている。不穏なニュースに目を細めていた。それから視線は斜め下、次に流れるように私へと移動した。

「、!」
「……」
「おひてたのは」

まさか目が合うとは思っていなかったのか、炭治郎は歯ブラシを咥えながらあからさまに肩を揺らして目を丸くさせていた。まるでお化けでも見たかのようなリアクションだ。

「おはよう」
「ん、おはよう」

一言私に告げてから、洗面所に戻り口をゆすいでいた。私は未だにその寒さのせいで布団から出ることはできない。着替えたとはいえ、炭治郎はよくこの寒さに平気な顔をしていられるのか、さすがは人間カイロだと思った。

「起こしちゃったか?ごめんな」
「ううん。炭治郎が起きる前から起きてたよ」
「寝れなかったのか?」
「たまたま起きちゃっただけ」
「なら、いいけど」

横になっている私に幾らかさっぱりしたような炭治郎が心配そうに歩み寄る。髪を整えたからか爽やかな匂いがした。

「炭治郎、寒くないの?」
「寒いよ、多少は」
「よく起きられるね、いつも」
「朝は得意だからな!」

今の今まで、その瞳に光は宿っていないように見えたのに、今はいつもの炭治郎だ。その瞳の奥にジト目で布団を口元まで被り炭治郎を見据えている私が映っている。

「じゃあ行ってくるな」
「うん、ねえ、」
「?」
「耳貸して」

ベッドに腰掛ける炭治郎が立ち上がる前に、布団から片手を出してちょいちょいと手招きをする。
首を傾げつつもその通りに私へ耳を近付けたので、そのまま少し起き上がって頬へと口付けた。枕に頭を戻し、うっすらと笑いかけながら瞬きを繰り返す炭治郎へ目尻を下げた。

「おはようと、いってらっしゃいの、」

チューだよ、と、その言葉は最後まで発することはできずに炭治郎に飲み込まれた。