make a 浪漫

冷めても冷めない


すっかり辺りもみんな寝静まったこの時間、俺もそろそろ彼女へおやすみと連絡を返しつつ布団に篭ろうとしていた。が、音の無い部屋では前の道路で車やバイクが走っていたり、人が通ると、特にヒールの高い靴を履いている女の人の足音はまあまあ響く。今聞こえてきている足音は多分、だ。コツコツコツコツ、と、少し怒ったような歩き方をしているのは気のせいだろうか。
ガチャッ、と乱雑にドアノブが引かれ、鍵のかかった扉が音を鳴らした。足音でわかってはいたものの、一応覗き窓から本人であるかを確認し、鞄をゴソゴソと漁っている姿を目にしてから鍵を開けた。鍵を探さずとも開いたドアにジト、と俺を見据えている。

「……炭治郎」
「おかえり、どうした?今日は泊まってくるんじゃ、」
「炭治郎〜〜っ!!」

うわああ、と俺に飛びかかるようにして抱きついてきた身体を慌てて受け止めた。一先ず、泣き喚いているというわけではないが隣の部屋に迷惑がかかっていたらまずいので俺の胸元でぐすぐすとしているの背中をポンポンとあやしてから扉を閉める。
顔を顰めているが一度俺からそっと離れ沈黙が訪れるが、靴をぽいぽいと脱ぎ捨て再び俺に飛び掛かる。ほんのりとお酒の匂いがするけど、少し酔っているのだろうか。

「どうしたんだ?」
「かなしいことがありました」

すん、と深く俺の匂いを嗅いでから息を吐くへ尋ねると、小さくぽそりと呟いた。背中に回していた手を頭に移動しサラサラとした髪を撫でる。

「そっか、だから早く帰ってきたのか?」
「そう」
「俺に会いたくて?」

今日は友達とパジャマパーティーをするから、と嬉々として出て行った彼女を見送ったのは昼間。冷蔵庫の中が空になってきたし一緒に買い物に行きたいと思っていたのだが、それは後日に回して俺も久しぶりに善逸を家に招きご飯を食べていた。最近どうなの、仲は、とか、そういうことを聞かれると無性に彼女へ連絡を取りたくなってしまっていたのだが、久しぶりに会う友達との時間に水を差すような真似はできないと控えていたのに。喧嘩でもしたのだろうか。けど、に悲しいことがあった時に頼りにされるのは素直に嬉しい。それで一目散に俺の元へ帰ってきたのかと思うとこう、胸にくる。けど、尋ねた俺に対し、暫し沈黙が訪れた。

「…………うん」
「今の沈黙はなんだ」
「喧嘩したから帰ってきただけだけど、炭治郎に会いたいのは変わりないなとぐるぐる考えた上での沈黙」

こくりと頷いたに顔を顰めた。でも、ぬか喜びではなかったことにする。
ともあれ、気分が落ち着いてきたのであればそれでいい。俺が役に立てることがあるなら喧嘩について聞きたいけど、今日はもう疲れているだろうか。いつまでも玄関でこうしているわけにもいかないし、とりあえずシャワーを浴びて着替えてきたらどうかと提案しようとしたところ、低い音が耳に鳴った。

「……お腹空いた」

彼女のお腹の音だったらしい。依然として額を俺の胸元へ擦り付けたまま呟いた。お酒を飲み始めて、さあ食べよう、というところで喧嘩をして帰ってきたのかと察せる。

「今日泊まってくるって言ってたからなにもないぞ?明日一緒に買い物に行く約束だったし」

俺がそう伝えると、いそいそとキッチンへと歩いて行った。後ろをついて行くと、冷蔵庫を開けて何もないのか確認している。

「空っぽ……」
「うん、だから明日一緒に行こうって……、大丈夫か?」

どうやら、随分と傷心しているらしい。怒っているのかと思っていたけど、喧嘩したことに対して怒りが込み上げているというよりは単純にショックだったのだろう。
ピー、ピー、と鳴る冷蔵庫をのかわりに閉めれば、今度は棚を開け始める。普段はカップ麺が置いてある場所だ。滅多に買わないけど、これを買うとストラップが当たるとか、確かがそういうことを言いながら買い物籠に入れていた気がする。

「……ない……」
「ごめん、善逸が来たから今日なくなったんだ」
「……」

ぐう、と、まるで言葉を発さないの代わりにお腹の音で返事をされたように聞こえる。そうまでされると、こんな深夜に彼女を外に出歩かせたくはないし、俺が今から何か買ってこようかと頭を過るが、棚に一緒に入っているストックの調味料を見てあることを思い付く。

「お菓子食べる」
「ダメだ、こんな夜中に。いつも気にしてるじゃないか、肌が荒れるって」
「荒れてもいい、この時間なら何食べたって変わらないよ」

暴論のような気がするのだが。やけっぱちになっているがお菓子が入っている棚へも手を伸ばそうとしたのを止めた。

「俺が今から作るから、シャワー浴びてさっぱりしてきてくれ」
「……」
「な?」

扉が開いたぶりに目が合った気がする。唇をギュッと噛み締め、俺としてはいい案だと思うのには納得のいかなそうな表情を見せている。

「甘やかさないでよ。いいんです、私は深夜にお菓子を食べる系女子なんです」
「まあまあ、ほら」

口を尖らせるの背中を押しながら脱衣所へと連れて行く。何もないのに何を作るの、とぼやくへ上がってからのお楽しみ、と答えて扉を閉めた。
キッチンで水を流しながら準備をしていると、素直に言うことを聞いてシャワーを浴びている音が聞こえる。お風呂から上がってくるまでに間に合わせなければいけないので、いつもより手早く事を進めた。
キッチン台の上に置いた諸々を片付けながら焼き上がりを待っていると、ドライヤーをかけ終わった音が聞こえてくる。少し俺の方が遅かったかもしれない。

「……パン焼いてるの?」
「まさか」

確かに小麦粉さえあればパンは焼けるが、今お腹が空いているへ作るものではない。シャンプーの甘い香りを漂わせながら、幾らかさっぱりした顔で首を傾げる。と、同時にチン、と焼きあがった音が鳴る。俺の隣で手元を覗き込むが嬉々とした声を上げた。

「焼きおにぎり!味噌!」
「うん」

ついさっきまで萎れていたのに、俺がお皿に載せてそれを待っている表情が犬のようにも見えてくる。

「美味しいぞ」
「うん、いただきます!」
「召し上がれ」

テーブルに味噌焼きおにぎりを二つ載せたお皿を置く。向かいに座って一つ手にとって食べる姿に無意識に笑みが溢れてくる。
仲はどうなの、と聞かれた時に、めちゃくちゃいいぞ、と善逸に答えた。『普通に良い、とかじゃないのね』なんて返されてしまったのだが、普通よりも、きっと良いと思う。こうして彼女が美味しいものを食べて笑ってくれていたら俺はそれだけで心まで満たされる。
けれど、頬杖をついてじっとその姿を見据えていると、徐々に浮かない顔をし始めた。

「……喧嘩したことか?」
「……、うん。私は炭治郎がいるけど、向こうは一人なのかなって思ったら……」

その発言に幸せだと思っているのは俺だけでなくて良かったと思うと同時に、喧嘩した相手のことを思う彼女のことがやっぱり、好きだと思った。

「まだ起きてるんじゃないか?」

テーブルに肘をつけたまま、それとなく促してみると、幾らか考えた素振りを見せた後に、ちょっと待ってて、とスマホを持って隣の部屋へと行ってしまった。
それから、ごめんね、と謝る声が聞こえてくる。楽しそうにしている会話が聞こえてきたところで、少し長くなりそうだったからラップを取りにキッチンへ向かった。