悪戯よりお菓子をあげる
食べるのが勿体無い、と思いつつもジャックオランタンの顔が描かれたパンを頬張ったのは数時間前。
毎年炭治郎の家のベーカリーでは季節やイベントごとに合わせてパンを出しているけど、ハロウィンの時期も然り。タダでそれが食べられるのは炭治郎と一緒に暮らしているからこその特権だ。炭治郎的には朝も昼も夜もきちんとしっかり食べるのならお米が良いとのことで、たまにではあるけれど。
「そうだ、今日これ貰ってきたんだ」
ハロウィンだから、と、何か特別なことをするわけではない。
当日だって、こうして渋谷で繰り広げられている毎年恒例のイベントをテレビ越しに見ている。その中で、お風呂から上がった炭治郎がガサゴソと何かを紙袋から取り出しながら歩み寄ってきた。
隣に座った炭治郎の手にはテレビ伝いに何人もの女の子がつけていたのを見たそれと同じものがある。
「……誰に?」
「近くの高校に通ってる女の子に」
「弄られてる……?」
「違うよ、『彼氏と渋谷に行こうと思ったのに昨日別れたからお兄さんに上げる』って」
猫耳のカチューシャだった。300円ショップとかその辺りに売ってそうなやつ。花子ちゃんとかにあげたらいいのに、と思ったけどそれは炭治郎も考えたらしい。けれど『もうそんな歳じゃない』としかめっつらをされたとか。
「俺にとってはいつまでも可愛い妹なんだけどな……これだって似合うと思うんだ。いくつになったって」
「それは私もそう思うけど」
「も!」
「ん?」
「も似合うと思う」
今日は口を尖らせる炭治郎を慰める日かなと思っていた矢先、俯きがちだった顔を思い切り私の方へ向けられ肩が跳ねる。
「つ「つけない」……」
言いたいことを即座に理解した私は炭治郎が言い切る前に遮った。猫耳カチューシャって、それこそ高校生大学生くらいの子たちが渋谷とかその辺りで仮装しにいくようなものでしょう。どうして私が、しかも家で一人で寂しくそんなことをしなければならないのか。気持ち的に恥ずかしい。
「炭治郎の方が似合いそうだよ」
「何を言っているんだ君は」
「髪ふわふわしてるし。ほら、貸して」
え、と困惑している炭治郎の手からするっとカチューシャを抜き取り、お風呂上がりのシャンプーの香りが漂うそのふわっふわな髪へと装着させた。
「うん、可愛い!」
「あまり嬉しくないな……」
夢の国のテーマパークへ行った時とかしかこういうのはつけないから、部屋で見るそれはやっぱり新鮮。私とは反対に炭治郎は不服そうではあるけれど。耳が生えていたら萎れていたに違いない。……生えてはいるけど。
「……ん?」
「あ、いや」
じぃ、と膨れている炭治郎を見ていると視線に気づかれる。首を傾げて目をぱちぱちとしている。
こうして、素直に萎れるところとか、思っていることが全部顔や態度に出るところとか、猫というよりはどちらかというと、
「犬みたいだなって」
「……それもあまり嬉しくないぞ」
「あはは、そういうところ」
あからさまに眉間に皺を寄せて納得がいかなそうな表情を浮かべる炭治郎。大型犬を飼っているようだ。
よしよし、とそのふわふわな頭を両手で撫でる。よく炭治郎は私の頭を撫でてくれるけど、人の頭を撫でるのって気持ちがいい。好きな人だから、炭治郎だから、というのもあると思う。炭治郎も私にそう思ってくれていたら嬉しいけれど。
「犬でもいいけど……」
渋々私に撫でられ続けている炭治郎の両手が漸く私の手を止める。
「犬っていうよりかは」
「?やっぱり猫?っ、」
「狼なら自覚はある」
ぽすん、と背中が柔らかいソファーに沈み込む。
見上げた先の表情は猫とか犬とか、そういった可愛らしいものではなかった。和らげな表情を私に向けてくれる炭治郎も大好きだけど、たまにするこの勝ち気な表情に、私は弱いのだ。
「……今から私は食べられるのでしょうか」
「うん、あ」
「?」
「トリックオアトリート。お菓子をくれるか悪戯されるか、今なら選べるぞ」
一応ハロウィンだから、と、自分がつけていた猫耳を私に着けながら。もう食べられることなんて決まっているのに。それでもハロウィンにかこつけて一応聞いてきたのは、炭治郎の優しさだろうか。いや、言わせるあたりは優しくはないのかもしれない。
一度視線を泳がせた後に再び炭治郎と目を合わせると、ほら、今にも食べられそう。
「お菓子をあげる」
「、そんなに空気が読めない子だったか……?」
「違うよ」
一度狼になっていたのに、すぐその表情は犬に戻った。その頬へ手を伸ばし掌で触れる。
「私がお菓子」
「……」
「お気に召さない?」
「いいや、大好物だよ」
目の前でふっと小さく笑みを浮かばせた後、私の頬も暖かい手に包み込まれた。