夏模様
夏は嫌いだ。
日差しは燦燦と降り注ぎアスファルトの照り返しにさえ肌は焦げそうになって苛々する。
家の中にいたって、何もしていなくてもじんわりと身体中に汗は掻くし、扇風機の前から退きたくない。どうしてこの家にはエアコンがないのか。いや、あるとは言っていたな。
扇風機の風に靡く髪の毛越しにその本人を見ると、しかめっ面でシャーペンを握り締め辞書とノートを広げていた。まだ終わらないのか。
だったら、と気にせずここで僕は涼んでいようと顔を背けようとしたが、は僕の視線に気付き、何かを目で訴えてきた。

「……休憩する?」

さっきしたばかりだけど。仕方なしに呟くと、はわかりやすく目を見開き嬉々とした表情を見せた。

「する!」

椅子からガタッと立ち上がり、ソファーに座る僕の元まで犬のようにかけてくる。距離感なんてこの人間にはないようで、ぴとりと間を開けずに隣に座ってくるものだから一瞬眉間に皺を寄せてしまった。

「あ、今嫌な顔した」
「してないよ」
「したよ!ずっと見てるからね、私」
「その言い方怖いんだけど」

顔を近づけ口を尖らせるこの女の子、は一応僕の彼女だ。クラスが同じになって、一目惚れしましたとかなんだとか言われて、最初は意味がわからず適当にあしらっていた。けれどはめげずに僕に近付いてきて、去年の秋頃に仕方なく付き合い始めた。
ただ、仕方なく、と思っていたのはあくまでもその時だけで、今はそんなことはない。まあ、たまにこうして何もしなくても暑いのに暑苦しいことをしてくるから、素直に嫌な顔をすることはある。

「あーあ、夏休みあと一ヶ月しかないなんて」
「十分あるでしょ」

は部活には何も入っていないし、僕もわざわざ学校へ行って将棋をすることはない。そもそも兄さんと対局をしていれば事足りる話なのだ。
だから予定がない日はこうしてどちらかの家で何もしない、ひたすらに身のない日々を過ごしているけれど、まさかエアコンが壊れているとは聞いていなかった。
家に着いてから『言うの忘れてた!うち今エアコン壊れてて』とのほほんと言われ溜息を吐いた。暑いのは嫌いだと知っているのに。
は隣で足を上下にふらふらとさせながらえー、とくぐもった声を出した。

「いつも家にいるしさ、たまにはどこか行かない?」
「宿題終わってないよね」
「私は自分を追い込んで片付けるタイプだから!」
「計画性がないだけだよ、それ」

暇な毎日、とは言いつつやることは学校から課せられているのでそれに手をつけていた。もう僕はほぼ終わってはいるけど、集中力のなさからか、同じ時間に手をつけているのにも関わらずは全く終わっていない。
わからないところがあれば教える、と話しているけど、わからないフリをして一々僕に聞いているというのも少なからずあるのではないかと最近気付いた。

「そうだ、かき氷食べに行こうよ!ほら見てこれ」

楽しそうに、ポケットから携帯を取り出して何かの画面を僕へ見せた。画面に映るそれは、僕の知っているかき氷ではない。
透明の器こそ普通なものの、人の顔の大きさくらいはありそうな氷に甘ったるそうなシロップがかけてあったり、かたやフルーツが盛られていたり、小豆の存在感がすごいものもある。
顔を引きつらせる僕には気にする素振りはまるでない。

「人気なお店なんだって!」
「まあ、女子は好きそうだね」
「行こうよ!」
「勝手に行けば」
「ええ、無一郎くんと行くからいいんだよ、こういうのは」

正直なその気持ちは素直に嬉しい。とは言え、わざわざそんな氷の塊を食べに外に出るなんてことしたくはない。時間と体力とお金の無駄だ。
隣ではつまらなそうに眉を下げる。いじけた様に携帯を弄る様はさながら小さい子供のようだ。

「どうしても行かない?」
「行かない」
「……どうしても?」

最近気付いたことは、もう一つある。僕はにコントロールされているのではないかということ。
勿論そんなことはないと思いたいし、九割がた思い過しだろう。意識してやっているとは思えない。でも、そんなに悲しそうな表情を浮かべられると断りづらくなるのだ。
息を吐いての視線から逃れた。

「平日ならいいよ」
「!」
「土日は混んでるでしょ。夏休みなんて尚更」
「……うん!平日!」

ただ、一度断ってから誘いに乗ると、普通に頷いた時よりも反応がいいことも事実で、わざと断ってしまうこともあった。
わかりやすく、ぱあっと顔を明るくさせるが面白くて可愛くて。無意識に僕はといると笑みを零してしまっていることがあるらしい。前に兄さんに驚かれたことがある。
は僕に顔を寄せその丸い瞳に僕を目一杯映した。

「じゃあ明後日ね!あとついでに海にも行こう」
「それはついでの範疇超えてる」
「あでで、」

真近に迫っていたから顔を少しだけ離し。調子に乗るその頬を引っ張った。海なんてもろに人が多いし暑いし砂浜は眩しいし、嫌いな場所だ。

「でも、」
「!行ってくれるの?」
「行かないよ」

頬を放して呟いた僕には期待したらしいけど、行くつもりは更々ない。若干赤くなってしまった頬を撫でると口を噤んで大人しくなる。
そのままそっと顔を寄せれば瞳を閉じたので、軽く触れるだけのキスをした。
はにかんで笑うの瞳に映る自分は、普段鏡で見る自分とはまるで違って兄さんが驚くわけだと自分でも思ってしまった。

「じゃあスイカ割りしようよ。海の代わり!夏の醍醐味!英語の宿題にもそのこと書けるし」
「それ何が楽しいの」

夏=スイカ割り、とお気楽すぎるその思考に思わず呟いた。
ちなみに宿題は英文で書く日記だけど、二、三文でいいからわざわざスイカ割りなんてことをしなくたって書ける。例えば今日はかき氷を食べに行く予定を立てた、とでも書いておけばいいのだから。
怪訝な顔をする僕に、は一度目を丸くさせた後、目尻を下げて微笑んだ。

「好きな人がいるから楽しいんだよ」

もしかしたら。この子と行くのであればどこでも、自分の「嫌い」が覆されるのかもしれない。
でも、今のところそういう場所は嫌いだし、僕にとっては夏=暑い、ただそれだけの季節である。


8月1日 夏は嫌いだ。




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