休み中は大会も何もない限り電車にも乗らないから終業式以来の電車だった。世間の通勤時間よりかは遅い時間だった為電車内は比較的空いている。
隣でが周りを気にせず鼻歌を歌っているくらいだ。
「けせないゆ~めも~……あ、」
「?」
今流行りのアニメの主題歌だとか言っていたけどのお粗末な鼻歌では本当にその曲なのかはわからなかった。途中からノリにノって普通にカラオケをしたおかげでおそらくそうかなと理解できたくらい。人が多ければ止めたけど、この車両には離れた場所におばあさんがいるくらいだったからそのままにした。愉快そうに歌っていたし。
ただ、は何かに気付いたらしく一人カラオケ大会を中断した。
「花火大会!今週の土曜日!知ってた?」
「いや、知らないけど」
は電車内に吊るされている広告を指して僕へ訪ねた。川沿いで開催される花火大会のポスターだった。
学校の近くのみんなが行くような祭りは知っていたけど、そうでなければ自分で花火大会の情報なんて調べないし、今が指差しているそれについては知らなかった。
「いこ、」
「行かない」
絶対に言うと予測できたから、被せるように拒否した。どうしてわざわざ人混みの凄いところへ行かなければならないのか。人混みが嫌いだということを知っているはずなのに、は僕をそういうところへ連れて行きたがる。
ポスターの花火大会を携帯で調べてみると、花火は確かに凄そうだけど、人も凄い。
「ええ~花火だよ?花火。空に打ち上がる花!日本の誇り!」
「惹かれない」
「浴衣着たい!」
なるほど、花火ではなく本当はそっちが目的か、と納得した。女子は本当にそういうのが好きだとつくづく思う。今から食べに行くかき氷然り。
「無一郎くんも浴衣着て行こうよ」
「嫌だよ。和装は将棋の時だけで十分」
どこか遠くから見るだけならいいけど、そんな穴場、この規模の花火大会ではないだろう。大体ネットで『ここは穴場スポット!』なんて掲載されている場所は穴場であるわけはない。載っている時点で人がそれなりに集まるだろう。
頑なに頷かない僕には諦めたらしい。一昨日の願いを聞いて今電車に乗っているわけだし、さすがに無理だと思ったのだろう。
目的の駅に着いて、は不穏な鼻歌を歌いだす。世にも奇妙な出来事が起こりそうだ。
「ん……?」
決して、奇妙な出来事が起こると本当にそう思っていたわけではない。けれど、階段を降りる僕たちの足元にゴロゴロと転がってきた。梨が。
「あら~!」
三つ四つ、ゴロゴロと階段を転がり改札前に放たれているにも関わらず、転がした主である人はそこまで焦っていないような声に聞こえた。後ろを振り向くとショッピングカートを持ち上げて階段を降りているおばあさんがいた。同じ車両に乗っていたおばあさんだ。
「はあれ持つの手伝ってあげて」
「あ、うん!」
梨をあのままコロコロと転がせているのは人があまりいないとしても好ましくない。
におばあさんを手伝うよう告げてから、階段を駆け下りて梨を拾い上げた。片腕に抱えられる数には限界があるけど、全部で何個あるのだろうか。
四つ目を拾ったところで階段にいるであろうとおばあさんへ顔を向けると、はそれで全部だって、と声を上げた。
「ありがとうねえ、エレベーターが試用運転中って書いてあってねえ」
と一緒に階段を降りてきたおばあさんへ梨を一つずつ手渡す。籠に詰め直しながらおばあさんはお礼を言った。
ここの駅、エレベーターは二つあるはずだけど気付かなかったのだろう。
「中学生?高校生?」
「中学二年です!」
「そう、恋人なの?」
「そうです!」
「あら、いいわねえ」
ふふふ、と二人で仲良く微笑んでいる。僕と違っては比較的誰とでもすぐに仲良くなる。僕と仲良くなるくらいだ、人に懐きやすい子であることは出会った頃から察していた。
先ほどまでの機嫌を損ねていたから少しだけおばあさんに感謝した。とは言っても、これから待ち受けるかき氷ではそんなことなど忘れてしまうのだろうけど。
「どこかへ行くの?」
「はい!かき氷を食べに」
ほら、美味しそうですよね、とは一昨日僕に見せたものと同じ画像をおばあさんへ見せる。
おばあさんは口元に手をあて上品に微笑んだ後、どこか儚げに遠い場所を見つめた。
「いいわねえ。思い出沢山作って、一日一日を大事にねえ」
そのおばあさんの瞳に映るのは、僕の後ろの改札を通り抜けた雑多な街ではない気がした。もっと殺風景な、熱くて冷たい世界。瞳の奥に映しているであろう景色を想像していると、おばあちゃーん、と少し離れたところから声が聞こえた。僕らと同い年くらいの子がこのおばあさんを迎えに来たらしい。
本当にありがとうね、とおばあさんは転がしていないであろう方の梨を一つ袋に入れて、僕へ手渡した。
「もらっちゃってよかったのかな?」
「……」
「?」
おばあさんからもらった梨に視線を落としながら呟いた。重みのある梨はさぞかし冷やして食べれば美味しいのだろう。
別に、おばあさんの言葉に感化されたわけではない。ただ、そう、気が変わっただけだ。
「花火大会、行ってもいいよ」
「……え!本当!?」
学生の内の夏休みは、と入れる時間は、限りあるものかもしれない。未来はわからないけど、折角今はと夏を過ごせているのだから、夏らしいことを一つでもしてあげようと、ふとそう思っただけだ。
「浴衣は?浴衣!」
「いいよ」
「やった!約束ね」
喜びながら、は僕へ小指を向けた。そんなことをしても破るつもりはないけど、これもしたいだけなのだろう。
今日ばかりは応えてやろうと、自分の小指を絡めると、は誰もが知る歌を口にした。
「その歌、歌詞怖いんだけど」
「じゃあ何かオリジナルの歌を作る?私歌のセンスあるからさ」
「いや、ないでしょ」
ええ!と言いながらも、改札を抜ける僕の後を嬉しそうにはついてくる。日向に出ると、やっぱり暑い。こんな日にはかき氷がぴったりかもしれない。