兄さんとデパートを歩いていると、聞き慣れた声に呼ばれ兄さんと同時に顔を向けた。
大きい通路の真ん中にあるオブジェを囲うような円形のベンチ。そこに荷物を沢山置いてこちらに手を振っているのは炭治郎だった。母さんが炭治郎の家のパンが好きなことと、同じクラスの禰豆子伝いで、会えば割と話す仲になっている。話すと言っても炭治郎や禰豆子がペラペラと一人で口を動かしていることがほぼなのだが。
「なんだよその荷物。買い込み過ぎだろ」
炭治郎の元へ歩み寄りながら兄さんはベンチに置かれた紙袋に視線を向けた。僕も思っていた。
どこかの服のブランドのお店なことが紙袋に印刷されたロゴから窺える。
「禰豆子と花子に付き合わされているんだ」
尋ねる兄さんに、炭治郎は眉を下げて笑みを零した。それを見て、長男というよりかは父親のようだと思った。
デパートでは確かにセールを其処彼処で開かれているからこうして買い込んでいるのが頷けた。
横目で兄さんを見ると、多分僕と同じことを思っているらしく、げんなりとした顔をしていた。
「時透くんたちはどうして?」
「こいつががいなくて暇そうにしてたから連れ出してきたんだよ」
「そうなんだ」
何がそうなんだ、なんだ。そんなことは聞いていない。
確かには今日用事があると言って、夏休みはほぼ毎日のように一緒にいたけど今日は朝からずっとテレビを眺めていた。
昼に素麺を食べ終えた後、兄さんが買い物に行きたいからついて来い、と口を開いたのだ。僕はそれについてきたまでだ。
いや、と僕が弁明しようとする前に炭治郎がそういえば、と口を開く。
「ちゃんもいたよ!」
「え、ここに?」
「うん」
目尻を下げて炭治郎は頷いた。普通、そういうことを最初に言うべきではないのだろうか。全くもってそういえばな内容ではない。
僕の代わりのように返事をする兄さんが僕を見て口元をにやつかせた。
「よかったな無一郎!会えるじゃん」
「……用事があるって言ってたから誰か友達と一緒なんでしょ」
「一人って言っていたぞ」
楽しそうに話す炭治郎を見て、だったら、会いたいと素直にそう思った。
人混みが嫌いだと知っているからあえて何も言わなかっただろうかと頭に過る。
連絡をしてみようとポケットに入れていた携帯を手に取った。
「そうだ、時透くん」
「「ん?」」
「今度の土曜日、夜うちにこないか?みんなで集まりたいって話していて」
今どこにいるの?とへメッセージを打っているところだった。炭治郎は僕たちを見ていつものように頬を綻ばせている。
大勢で集まるの、本当に好きなんだなとよく思う。周りに自然と人が集まってくるようなタイプではあるけど。
「その日は夏祭りへ行くんだ」
送信ボタンを押してへメッセージを飛ばした。
折角だが今度の土曜日、は、昨日予定が入ったのだ。そうでなければ多分と行ったと思うけど、生憎夜は空いていない。
「ああ、ちゃんとだよね?」
「え、うん」
「さっきちゃんにも聞いたんだ。時透くんと一緒に来ないかって。そうしたら、『花火が終わった後だから少し遅くなってもいいなら無一郎くんと行きたい』って言っていたぞ」
「……あ、そう」
先にへ聞いていたのか。まあ、がいいのなら別に僕はいいけど。
炭治郎から携帯の画面へ視線を落とすと、ショッピングモールにいるよ、と分かりきった返事が返ってきていた。
「あ、時透くんたちだ~!」
一応後でにも確認しておこうと思った時、近くのエスカレーターを下りながらこっちに手を降っている禰豆子の声が聞こえた。さっきの炭治郎と似ている。隣には花子もいた。
「お兄ちゃん!誘った?」
「ああ、今誘ったよ」
「わーい!絶対来てくださいね!」
荷物を更に増やして戻ってきた禰豆子は炭治郎に今話していたことを聞いて、花子は喜びながら兄さんへ腕を絡ませた。花子は兄さんのことがかなり気に入っているらしい。お兄ちゃんと違ってちょっとツンツンしているところがいい、とか言っているのを聞いた気がする。
「有一郎さん一緒に回りましょ~!」
「こら花子。無理強いはダメだぞ」
「ああ、いいよ別に」
「やったあ!」
僕を連れ出したくせに何を言っているのかと思ったけど、兄さんは僕を見て顎で携帯を示した。お前はのとこでも行ってろよ、と、そういうことだろうか。
兄さんの好意に甘えて、じゃあまた土曜日、と一言告げてその場を後にした。
へ電話をかけるとすぐに出て、どこにいるのか教えてもらえばが僕の方へ来ると言ったので分かりやすい場所を指定して待っていた。
色々な種類のアイスが置いてあるお店の前。すぐそこの扉から出れば椅子とテーブルが設置されていてそこで食べることができるようだった。それを見ていると、その扉からは現れた。
「珍しいね!一人でデパートにいるなんて」
「兄さんの付き添い」
「そっか」
「は何してたの?一人で」
誰か友達とふらつく、ということでなければ何か目的があってここに来たのだろう。
僕が尋ねると、は目線を泳がせた。
「えと……、あ、浴衣!土曜日の為に!あっそうそうその土曜日なんだけどね、」
「ああ、炭治郎のとこでしょ?聞いたよ。いいよ」
は目をほんの少し丸くさせた後、楽しみが増えたね、と首を傾けて笑った。
誘われたから行くだけだけど、僕にとっては楽しみだとか、そういう気持ちはなかったけど、がそう思うのであればそれは良かった。
「あ、ねえねえ、アイス食べようよ」
「ああ、そこの?」
「うん」
「いいけど」
は目の前のカラフルで涼しげなアイスクリームショップを指差した。ダブルを一つのカップで、二人で食べると安いんだよって、楽しそうにしている。
味はなんでも良かったからに二つ選ばせて、外のテラスのような場所へ出た。
大きいパラソルの下だから日陰にはなっているけど、辺りは眩しいし熱風がまだまだ暑さを示している。
は一口食べた後、僕にカップを差し出したので風のせいで揺れる髪を耳にかけた後、スプーンでサク、とさして口に含んだ。冷たくて甘い味が口の中に広がる。
「……無一郎くんって、髪結んだりしないの?」
後は好きなだけ食べなよ、とにカップを手渡すと、それを受け取った後には呟いた。
「あまりしないね」
「食べにくかったりしないの?」
「別に。慣れた」
「ふーん……」
パチパチと瞬きを繰り返しながら、はアイスへ視線を落としてスプーンで掬う。口に運ぶのかと思いきや、僕をまっすぐに見据えた。
「決めた!」
「は?」
「なんでもない!」
そう口にした後、ふへへとだらしなく笑うが手にしているアイスは、もう溶け始めている。
はよく、僕の考えていることがわからないと言うけれど、僕にとってはの方こそよくわからないことが多かった。
「夏はやっぱりアイスだよね~!」
水っぽくなってしまっているアイスを食べた後、は涼しげな顔を浮かばせた。
よくわからないことは沢山ある。沢山ある中で、きっと夏でしか見れない表情もあるのだろうと、額にじんわりと汗が滲むのを感じながらそう思った。