夏模様
一昨日、駅で助けたおばあさんからもらった梨を三人で食べていた。兄さんは二人で食べればいいだろって遠慮していたけど、僕ももそんなことは気にしなかったし、梨も随分と大きいものだったから三人で梨を囲っていた。後、三人の中じゃ兄さんが一番上手く切れるから、というのもあったが。母さんは庭で手入れか何かをしているし。

「水々しくて美味しいね」
「これ食べ終わったら宿題再開ね」
「は、はーい」

このまま誤魔化そうとでも思っていたのか、バツが悪そうに返事をする。昨日も一昨日も宿題に手はつけていないのだろうし、そんなことをしていたら夏休みなんてあっという間に過ぎてしまう。

「あ、土曜日結構人呼んでるらしいぞ」

八等分された梨、兄さんは二つでいいと僕とに譲って食べ終えた後、携帯を弄りながら呟いた。
隣に座るは誰が来るの、と興味ありげにしている。

「炭治郎と善逸と伊之助と、あと胡蝶さんとこの人らと、なほたちと……」
「暇なんだね、みんな」
「、違うよ!」

携帯を見ながら雑に答える兄さんに耳を傾け、所謂いつものメンバーに思ったことをそのまま口にするとが唐突に割って入った。
瞳を揺らして口をぎゅっと噤んでいる。その様子に兄さんと瞬きを繰り返しているとは我に返ったような素振りを見せた。

「暇だから来るんじゃなくて、集まりたいから来るんだよ!」
「つまり暇ってことじゃないの?」
「全然違うよ、もう全然!」
「ふーん……」

結論、時間があるから集まることに違いはないのだと思うけど、からしたらその為に時間を作る、ということなのだろう。まあ、どっちでもいいやと残っていた最後の梨をフォークで刺して口元へ運んだ。果汁が口の中にじわりと広がっていく。食べるのはあまり好きではないけど、これならいくらでも食べられそうだと思った。

「あー……そう来たか」

梨も食べ終わったところで、改めては宿題を再開、僕は兄さんと将棋を始めたかったけど、兄さんはオンラインで絶賛誰かと対局をしているらしく、仕方なしに僕も顔の見えない誰かと対局を始めようとしたところだった。ちょうど兄さんは相手からの一手が返ってきて、自分の手番となったらしい。頭を悩ませている姿を見るのは珍しい。

「有一郎~!有一郎ちょっと来て~!」

真剣に悩んでいるというのに、それを知らず呑気な母さんの声が窓を隔てた庭から聞こえてきた。
姿は見えないが窓の方に視線を向けた後、兄さんを見ると眉間に皺を寄せていた。

「母さんいつも俺のこと呼ぶ……」
「有一郎~?早く~!」

僕からしてみれば、兄さんはなんでもできるし母さんに頼りにされるのも無理はないと思っている。日曜日も母さんは開口一番に兄さんを呼んで買い物に付き合わせたくらいだし。僕はといたから、というのもあると思うけど。
兄さんは少し面倒臭そうに溜息を吐いて僕を見た。

「俺今手離せないからお前行って」
「わかった」

手が離せない、というか頭が離せない、のだろうけど。気持ちはわかる。一度考え始めたことを中断されるのは気分が良くない。
まだアプリを立ち上げたばかりで誰とも対局を始めていなかった僕は椅子から立ち上がり、窓を開けて庭へ出た。頭上から照りつける太陽に目を細めた。
母さんは植わっている花に水をやりたかったらしいけど、散水ノズルをガチャガチャと弄っている。

「ああ、無一郎が来てくれたの」
「どうしたの?」

僕に気付いた母さんが一瞬こっちへ目を向けた後、ノズルを僕へ向ける。いつも水をやっている時に見るものではなく、新しく買ったものらしい。花もそういえば変わっているし、兄さんを連れて買い物に行った時に苗を沢山買って来たのだろう。

「さっきは水が止まらなくてね、付け方間違えちゃったのかしら、もう~」

新しく庭に植わってある花は若干水を浴びて水滴が吸い付いている。太陽に反射した煌めきもまた眩しかった。
そこから目を逸らし、眉を下げて口を尖らせている母さんへ尋ねた。

「説明書は?」
「あ、こうかしら!あ、」

なぜ説明書を見ずに取り付けるのだろうか。父さんはどちらかというと穏やかでしっかりしているけど、母さんはこうして能天気なところがある。
ともあれ説明書があるならばそれを見て僕が取り付けようとしたところ、何を思ったのか母さんは僕にノズルを向けたまま、カチャッと何かを弄った。

「ああ無一郎!ごめんね!」

バシュッと押し込められていた何かが噴出した音と共に、僕は一瞬で水飛沫を浴び全身びしょ濡れとなった。
暑いとは思ったけど、全身から水を浴びるほど干からびてはいない。めでたく花壇の花と同じ状況になった僕に母さんは慌てて家の中へ戻っていった。ノズルを放り投げて、水を出しっぱなしにして。
小さく溜息を吐いて水を止めようと、庭の地面を濡らしていくノズルを拾い上げた。

「どうしたの?大丈夫?」

母さんの叫びと、家の中に戻ってきた言動を見てか、窓からを顔を覗かせた。説明書がないとイマイチ止め方がわからず水はシャワーのように出しっぱなし。勢いも結構強いまま。
僕の姿を見たは一度驚いた表情を浮かべた後、何を思ったのかこっちに歩いて来ながら楽しそうに笑った。

「涼しげだね!」
「馬鹿にしてんの?」
「きゃあっあははっ」

だったら同じ目にあわせてやろうと、一寸の躊躇いもなく出しっぱなしの水をお見舞いしてやれば、嫌がるどころか喜んで浴びていた。馬鹿なのか。

「あっねえねえ虹できてるよ、虹」
「虹は前も見た」
「無一郎くんが作り出した虹だよ、レア!」

僕と同じく全身水浸しになったは僕の猛攻から逃れ、虹が出ている箇所を指差した。
雨が降った時に空にかかっていたような大きいものではないけど、色鮮やかな姿を見せていた。雨が降った時のような虹でなくて、こんなものでも喜ぶのか。
虹を見ているを見ていると瞳が交わる。また、その瞳に映る自分は鏡や窓に反射して映る自分とは違う人に見えた。
の瞳に映る時だけ、自分が自分でないようだ。

「あら二人とも風邪引くわよ~!有一郎!ちゃんに何かTシャツ貸してあげて!」
「結局俺かよ……着替え持ってない奴に水かけるなよな」

タオルを持ってきた母さんがまで濡れてしまっている様子に兄さんを呼んだ。
窓の向こうで、呆れながら椅子から立ち上がる兄さんが見えた。


8月5日 夏でなければ風邪を引いている。




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